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第9話


 政務をこなす執務室で二人。


 真なるオルベリス王こと、王が女性に姿を変じたお方。

 ティアマト侍女長が、僕の前に仁王立ちしていました。


「考えを聞こう、我が道化」


 僕は片膝をついてかしづきながら、答えます。


「考えられる可能性は、いくつかあります。我が王」


「元団長と聖女、二人の死体は確認したぞ、マクガフィン」


 でしょうね。

 でなければ、二人の捜索は今も続き、死亡扱いにはなっていない。


「死体に触れられましたか、我が王」


「いや? ……偽装か? 魔法でも使われたか?」


 かも、しれませんね。


「あり得ます。土魔法か幻影魔法でも使えば、死体を模した土人形くらいはどなたか、作れるかも知れませんので」


 その魔法自体を僕自身は確認していないので、何をどうされたかの詳細はわからないけれど。


「いずれにしても、可能性の話です。まだ何もわかりません。……場合によっては、陛下のように姿を変じたり、表に出られないお身体なのかも知れません」


「確かに。余の姿が女子に変じたのならば、いずこかの誰かが、二人の姿に変じて、代わりに死んでいた可能性もあるか」


 可能性自体は、いくらでもある。

 現に別人へと姿を変じた、『ティアマト侍女長』という人物が、この場にいるしね。


「……たぶん。あくまで、たぶん、なのですが」


 僕はあくまで予想として、その可能性を口にします。


「――イリース姫かティアマト様の周りに。あるいは、市井に。これから、何かが起こります」


「……政変か?」


 王の威圧に、僕は首を振ります。


「いえ、政権は脅かされません。そうであるならば、謀反の原因がどこかに生まれている。フェルリア嬢の婚姻成立などは、その対極に位置する慶事です。上手く進むはずがない」


「……公爵辺りが、反対意見を出して対立姿勢を示したりはしていない。だから、この国に混乱が起こるようなことは、考えにくい?」


 そうです。

 絶好の機会が一つ消えていますし、腐った貴族の企みなんかも上手く粛正できています。

 今のところ良いことしか起こっていないので。


 これから災害が起こる、というような不吉さは、考えにくいですねー。


「……何が……この国に、起こっている? マクガフィンよ?」


「わかりません、我が王。案外、元団長と聖女の二人は、変じた姿で身分を捨てて、どこかで幸せに暮らしているのかも知れませんし、ね」


 ふぅ、とティアマト侍女長が、ため息をつかれます。


「……あり得ん話ではないのが、困ったところだ。あの二人も、なかなかに浮世離れしていたからな。余の想像の外で何かを起こしていても、不思議は無い」


 厄介な方々だったんですねー。

 僕自身はお二方とお会いしたことは無いので、お姿が変わっていても、二人と判じようが無いんですけど。


 この少し先、『何か』が起こりそうな気配は、薄々と感じています。


 まぁ、イリース姫とフェルリア嬢の婚姻式くらいまでに何も無ければ、ただの思い過ごしで終わる可能性もありますけど。


「なにも解決していないではないか、この道化師めが」


「しませんよ。解決するに足る材料が何も足りない。それに……僕は、道化師ですしね。おどけて場を引っかき回すのが、役割でございます」


 こやつめ、とティアマト侍女長は、苦笑します。

 助言はしますがね。

 何より僕は、探偵ではなく『宮廷道化師』なので。

 そう、なんでもかんでも解けると思われては、過分なご期待というものですよ。


 ええ。本当に、ね?


「何を望む、マクガフィン? お前が必要な要素を、何と考える?」


 僕は少し考え、答えます。


「さぁ……買い出しにでも、参りますか? 姫の市井の視察も含めて――城下町などの、『外の情報』を知りたく存じます」


「悪くない。考えておこう」


 ありがたき幸せ。僕は一礼します。

 これで、宰相辺りに話が通って、姫様がオルベリス王として王都城下町を見回る『行幸』の予定が、組み込まれるでしょう。


 それで何かがわかるか、は、僕にもわかりません。

 楽しみですね。


 とてもとても、楽しみですね。


「頭の痛い話だな」


 ティアマト侍女長は、腕を組みながら虚空を見上げます。

 確かに、悪辣な貴族でも陥れたり、国難を解決したりする方が、英傑王としては気が楽でしょうね。


 そこに『在る問題』を解決する能力において、叡智の英邁王、オルベリス王の右に出る者はいません。

 が、そこが『オルベリス王』の限界でもあります。


 未だ起こらぬこと。誰もが知り得ぬこと。

 それを知るために――


「そのために、この『宮廷道化師』がおります。我が王よ」


「で、あるな」


 ニヤリ、と口元をゆがめられ、ティアマト侍女長は僕を冷たく見下します。


 この乙女ゲーム世界の知識。現代日本の知識。

 それらでどうにかなればいいですけど、ね。


「やれやれ。考え事をしていたら、小腹が空いた」


「昼食時でございますしね。陛下の間食は机上に届いておりますので、召し上がられませ。僕も、厨房で何かいただいてきます」


 話が終わったので、昼ご飯食べに行こー、と立ち上がる僕。


 その僕を、ティアマト侍女長が呼び止められました。


「待て、マクガフィン。我が道化。褒美を取らすゆえ、厨房に参る必要は無い」


「はい?」


 振り返る僕に、ティアマト侍女長は、執務机の上のバスケットを開きます。

 バスケットの中身は、白パンとチーズ。それに葡萄酒。


 姫の代わりに政務をしながら軽食で済ませる、ティアマト侍女長用の昼食ですね。

 全部、ペンを走らせながら片手で食べられるメニューです。


「近う寄れ」


 言われるままに、僕は彼女に近寄ります。

 我が王の細く、白い華奢な女性の指が白いパンをむしり、もう片方の手が、僕の顎に伸びます。


「食せ。褒美だ」


 顎を捕まれたまま、細い指に挟まれたパンの欠片を寄せられます。


「御意に」


 僕は舌を伸ばし、その指を舐め取るかのようにパンの欠片を口に入れ、頬張ります。

 ティアマト侍女長の両手の指が、咀嚼する僕の口元を薄くなぞり、


「良い。もっとやろう」


 と、薄く微笑まれます。

 ありがたく。


 僕は与えられる者であり、ティアマト侍女長ことオルベリス王は、与える者。


 ですので、僕は、その手から、その指から与えられるパンに舌を伸ばし、乞うばかりなのです。


 愉しゅうございますか、陛下?

 それは、光栄でございます。



 もっと、この僕めに、与えて下さいませ、ね?



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