政務をこなす執務室で二人。
真なるオルベリス王こと、王が女性に姿を変じたお方。
ティアマト侍女長が、僕の前に仁王立ちしていました。
「考えを聞こう、我が道化」
僕は片膝をついてかしづきながら、答えます。
「考えられる可能性は、いくつかあります。我が王」
「元団長と聖女、二人の死体は確認したぞ、マクガフィン」
でしょうね。
でなければ、二人の捜索は今も続き、死亡扱いにはなっていない。
「死体に触れられましたか、我が王」
「いや? ……偽装か? 魔法でも使われたか?」
かも、しれませんね。
「あり得ます。土魔法か幻影魔法でも使えば、死体を模した土人形くらいはどなたか、作れるかも知れませんので」
その魔法自体を僕自身は確認していないので、何をどうされたかの詳細はわからないけれど。
「いずれにしても、可能性の話です。まだ何もわかりません。……場合によっては、陛下のように姿を変じたり、表に出られないお身体なのかも知れません」
「確かに。余の姿が女子に変じたのならば、いずこかの誰かが、二人の姿に変じて、代わりに死んでいた可能性もあるか」
可能性自体は、いくらでもある。
現に別人へと姿を変じた、『ティアマト侍女長』という人物が、この場にいるしね。
「……たぶん。あくまで、たぶん、なのですが」
僕はあくまで予想として、その可能性を口にします。
「――イリース姫かティアマト様の周りに。あるいは、市井に。これから、何かが起こります」
「……政変か?」
王の威圧に、僕は首を振ります。
「いえ、政権は脅かされません。そうであるならば、謀反の原因がどこかに生まれている。フェルリア嬢の婚姻成立などは、その対極に位置する慶事です。上手く進むはずがない」
「……公爵辺りが、反対意見を出して対立姿勢を示したりはしていない。だから、この国に混乱が起こるようなことは、考えにくい?」
そうです。
絶好の機会が一つ消えていますし、腐った貴族の企みなんかも上手く粛正できています。
今のところ良いことしか起こっていないので。
これから災害が起こる、というような不吉さは、考えにくいですねー。
「……何が……この国に、起こっている? マクガフィンよ?」
「わかりません、我が王。案外、元団長と聖女の二人は、変じた姿で身分を捨てて、どこかで幸せに暮らしているのかも知れませんし、ね」
ふぅ、とティアマト侍女長が、ため息をつかれます。
「……あり得ん話ではないのが、困ったところだ。あの二人も、なかなかに浮世離れしていたからな。余の想像の外で何かを起こしていても、不思議は無い」
厄介な方々だったんですねー。
僕自身はお二方とお会いしたことは無いので、お姿が変わっていても、二人と判じようが無いんですけど。
この少し先、『何か』が起こりそうな気配は、薄々と感じています。
まぁ、イリース姫とフェルリア嬢の婚姻式くらいまでに何も無ければ、ただの思い過ごしで終わる可能性もありますけど。
「なにも解決していないではないか、この道化師めが」
「しませんよ。解決するに足る材料が何も足りない。それに……僕は、道化師ですしね。おどけて場を引っかき回すのが、役割でございます」
こやつめ、とティアマト侍女長は、苦笑します。
助言はしますがね。
何より僕は、探偵ではなく『宮廷道化師』なので。
そう、なんでもかんでも解けると思われては、過分なご期待というものですよ。
ええ。本当に、ね?
「何を望む、マクガフィン? お前が必要な要素を、何と考える?」
僕は少し考え、答えます。
「さぁ……買い出しにでも、参りますか? 姫の市井の視察も含めて――城下町などの、『外の情報』を知りたく存じます」
「悪くない。考えておこう」
ありがたき幸せ。僕は一礼します。
これで、宰相辺りに話が通って、姫様がオルベリス王として王都城下町を見回る『行幸』の予定が、組み込まれるでしょう。
それで何かがわかるか、は、僕にもわかりません。
楽しみですね。
とてもとても、楽しみですね。
「頭の痛い話だな」
ティアマト侍女長は、腕を組みながら虚空を見上げます。
確かに、悪辣な貴族でも陥れたり、国難を解決したりする方が、英傑王としては気が楽でしょうね。
そこに『在る問題』を解決する能力において、叡智の英邁王、オルベリス王の右に出る者はいません。
が、そこが『オルベリス王』の限界でもあります。
未だ起こらぬこと。誰もが知り得ぬこと。
それを知るために――
「そのために、この『宮廷道化師』がおります。我が王よ」
「で、あるな」
ニヤリ、と口元をゆがめられ、ティアマト侍女長は僕を冷たく見下します。
この乙女ゲーム世界の知識。現代日本の知識。
それらでどうにかなればいいですけど、ね。
「やれやれ。考え事をしていたら、小腹が空いた」
「昼食時でございますしね。陛下の間食は机上に届いておりますので、召し上がられませ。僕も、厨房で何かいただいてきます」
話が終わったので、昼ご飯食べに行こー、と立ち上がる僕。
その僕を、ティアマト侍女長が呼び止められました。
「待て、マクガフィン。我が道化。褒美を取らすゆえ、厨房に参る必要は無い」
「はい?」
振り返る僕に、ティアマト侍女長は、執務机の上のバスケットを開きます。
バスケットの中身は、白パンとチーズ。それに葡萄酒。
姫の代わりに政務をしながら軽食で済ませる、ティアマト侍女長用の昼食ですね。
全部、ペンを走らせながら片手で食べられるメニューです。
「近う寄れ」
言われるままに、僕は彼女に近寄ります。
我が王の細く、白い華奢な女性の指が白いパンをむしり、もう片方の手が、僕の顎に伸びます。
「食せ。褒美だ」
顎を捕まれたまま、細い指に挟まれたパンの欠片を寄せられます。
「御意に」
僕は舌を伸ばし、その指を舐め取るかのようにパンの欠片を口に入れ、頬張ります。
ティアマト侍女長の両手の指が、咀嚼する僕の口元を薄くなぞり、
「良い。もっとやろう」
と、薄く微笑まれます。
ありがたく。
僕は与えられる者であり、ティアマト侍女長ことオルベリス王は、与える者。
ですので、僕は、その手から、その指から与えられるパンに舌を伸ばし、乞うばかりなのです。
愉しゅうございますか、陛下?
それは、光栄でございます。
もっと、この僕めに、与えて下さいませ、ね?