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第10話


 この世界は、乙女ゲーム『アルテナ・ストーリー』と、うり二つの異世界です。


 ということは、順当に考えると、ヒロインが攻略する対象である、『ヒーローキャラ』がこの世界にも複数存在するわけで。


 当たり前なんですが、王宮内に留まってたら、それら他のサブルートキャラなんて、調査できないわけなんですよ。


 なので、なんだかんだの事実究明を求めるなら、口八丁ごまかして外に出なきゃ、話にならんわけです。


 僕の『宮廷道化師』って身分、文官武官みたいな公務職じゃないから、市井での身分証明ができないんですよね。悲しい。


「お出かけですねー」


「馬から落ちるなよ、マクガフィン」


 王都の石畳を、行列が進みます。

 我らがイリース姫扮するオルベリス王は、その行列の中心で騎乗しながら闊歩しております。

 その馬上で、オルベリス王の背後から腰にしがみつくのは、この道化師。

 王のご指示です。良い匂いする。


 なんで行列の中心か、ってのは説明の必要無いですね。

 王の護衛です。周りは親衛隊及び騎士団がガード中。


 街中の誰もが王に賛辞の目を向け、イリース姫は堂々と『王として』手を振り返してらっしゃいます。


 うん、まぁ、良いんですが。

 こういうのじゃ、ないんですよね。


 パレードしても、街中の調査とかできるわけないですね?

 もうちょっと街中に潜り込みたかったんですけど。


 宰相様から「先に顔は見せろ」と釘を刺されまして。


 お忍びできないじゃないですか、と申し返しはしたんですけど、なんでも王の『お忍び』の前に、まず庶民に顔を見せておかないと、逆に無用な諍いに遭遇するそうで。


 先に顔を見せて、民衆に忖度してもらいなさいね、護衛はつけるから。


 ということらしいです。それは確かにそう。

 護衛はつけるから城下の王都で『お忍び』自体は危険は少ないんだけど。

 住民に忖度してもらわないと、『住民の』首が飛びかねない事態になったら、取り返しがつかないわけで。


 万が一にそうなったら王の評判に傷がつくから、先にパレードするぞ、となりました。


 マジかー。

 理屈はわかるんだけど、えらく平民想いですよね、宰相様。

 たぶん、地球の中世とかだと、なんかあったら庶民なんて、貴族の横暴で切り捨て御免、がオチだと思うんですけど。


 まぁいいか。

 とりあえず、無用な被害は好まないので。姫様ともども、宰相様の仰せに従ってはみております。

 ……本当に大丈夫なんかいな?


「この行列、なんと考える、マクガフィン」


 ぼそり、と笑顔のままで視線を合わさず、姫様が僕に尋ねます。

 僕は思うままに答えます。


「素直に受け取れば、裏があります。狙いは……」


「余の暗殺か?」


 その可能性は、一応はあります。

 王の尊顔を民衆に晒して、この後に『お忍び』をするなら、誰かに狙わせる。


 ですが、宰相様が、せっかくの身代わりを失う意図を持つとは思えません。


「いえ。おそらく、『告知』でしょう。平民の中に、もめ事に巻き込まれては困る、宰相にとって守りたい人物がいる。その可能性があります」


「なるほどな」


 姫様は気にせず、民衆に笑顔を振りまきます。


 たぶん、僕の考えはそう大きく外れてはいないでしょう。

 あるいは、この行列を前にして、宰相の『守りたい人物』が姿をくらますことも考えられますが。


「では、この後に参るか」


「そうですね。たぶん、何かしらの収穫がある」


 僕の言葉に、姫様は小さくうなずかれます。


「それはそうと、マクガフィンの頼もしさに感じ入っちゃったから、さりげなくもっと下を撫でなさい」


 民衆の前で、しかも馬上で何させるんですか、姫様?



***********



 じゅる。じゅるり。


「ぷはぁ」


「気が済まれましたか、『オルス様』」


 王都の路地裏、その物陰で、僕は口元を拭います。


「良い。気が済んだ。では行こう」


 男装の麗人、イリース姫。扮するオルベリス王。

 の、さらに『お忍び』の姿、『オルステッド』様。


 ややこしいなぁ。何重扮装なんですかね。


 ともあれ、そこまで身分を隠して、ようやく王都の街中の『行幸』です。

 表向きの目的は、市井の生活状況を調べるため。


 もちろん、市民の服装をした近衛騎士や宮廷魔術士、果ては人に姿を見せない王国暗部組織の『隠者』なども、周囲でさりげなく護衛配置に着いています。

 そのはずです。


「全然わからんな」


「わかってしまったら、目立ちますしね」


 まったく見分けがつかないのはさすがですよ。

 目立つ目立たないで言ったら、姫様の美貌だけでも目立つんですけど。そこら辺は、周知の事実なので、大丈夫でしょう。


 というか、こうなってみると、本当に先に顔見せしておいた方が良かったかも知れない。

 この美貌で「一般市民です」は無理です。お忍びにならないわ。


「では、誰に会いに行けば良い? 求める者は、どこにいる? マクガフィン」


 髪を麻紐でくくった、市民姿の姫様が、同じく庶民の子供服を着た僕に尋ねかけます。


 ですが、姫様は気づいていません。僕ら二人の目的が違うことに。


「そうですね……」


 姫様は、オルベリス王の行方の手がかりを探しているつもりなのだと思います。

 ですが、オルベリス王の現在の所在は、ティアマト侍女長。


 その目的に乗じて、僕が探すのは、元騎士団長と聖女の死亡扱いの真相。


 いや、オルベリス王の、変化の呪いを解くことも考えれば、本物の王の行方を捜している、姫様と目的が同じと言えなくもないか?


 とりあえず、細かいことは良いでしょう。


「まずは、聖女が下宿して、生活費を稼ぐために働いていた『宿屋』ですかね」


 下級貴族であるヒロインは、ゲーム中では王都に滞在するため、下宿先に逗留していました。


 貴族なのに? と思われるかも知れませんが、下級貴族など、そんなものです。

 領地も村の一つや二つくらい、領民に混じって農地を耕す下級貴族など、珍しくもありません。


 そんな身分ですから、実家の懐事情もたかが知れています。

 娘を王都に逗留させるための邸宅はおろか、滞在費すら捻出できない場合があります。


 ヒロインは、そんな身分の苦労人、という設定でした。ゲームでは。

 でも、この世界の史実でも、大差なかったようです。


 そういう身分であるからこそ、いかにも「お貴族様!」な上級名家の出の元騎士団長とのカップリングで、社会的に揉めまくったわけですね。


「良いな、行こう。せっかくだから、宿泊だ」


「……日帰りのはずでは? それに、同室では問題がございます」


 僕が冷静にそう言うと、姫様は、妖しく微笑まれました。


「ふむ。『男同士』で同じ部屋を取ることに、何の問題がある?」


 ぞくっ。

 僕の背中を、猛獣に狙われたような悪寒が駆け抜けました。



 姫様。今の姫様は充分に、『麗しき獣』であらせられますよ。



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