目的の宿の名は『時の鳴き声亭』。雄鶏の看板が飾られた宿です。
ファンタジー世界の宿屋では良くあることですが、一回には食堂が併設されています。
宿泊客も、ここで食事を摂るわけですね。
もちろん、食事だけの利用も出来ます。
「とりあえず、食べてみますか?」
「良いな。庶民料理は嫌いではない」
僕の勧めに、素直にうなずくオルベリス王こと、イリース姫。
王宮の食事にもしょっちゅう出てきますからね、庶民料理。
というか、僕がいただいてる従卒用のまかないは、大半が庶民的な煮込みとかですけど。
「すまない、食事を二人分」
「あら、いらっしゃい」
扉をくぐって食堂に入ると、女将さんが迎えてくれます。
ヒロインの、王都での養い母役だったキャラですね。
作中では、濃いに悩むヒロインの背を押す役目をしていたはずです。
「ここは何の料理が美味しいんだ?」
「鶏のクリーム煮ですかねえ。小麦と乳、バターを使ったソースですよ」
堂に入った様子で席に座り、注文するイリース姫。
姫様自身、何度か街中にはお忍びされてらっしゃるでしょうからね。
やや置いて、僕らの後にも男女が入店し、食事を注文します。
護衛ですね。
宮中で見かけたことのある顔です。たぶん、近衛騎士。
とりあえず、こちらに支障はないので僕も姫様も、知らないフリをします。
「はい、お待ち」
「おお、これはこれは」
やがて届いた料理に、姫様は目を輝かせます。
大きな木皿に盛られた鶏のクリーム煮と茹で野菜。ブロッコリーぽいのもあります。
クリームシチューかと思ったら、フリカッセぽいですね。
シチューよりクリームの味が濃厚な奴です。
にんにくの匂いはしないので、シュクメルリではないかな。
たぶん、姫様の好きな味。
添え付けられたパンは白パンではなく、全粒粉のパンです。
ライ麦パンでも合うんだけどな、この料理。
ナイフなど使わず、一口大に切られたクリーム煮を、木のスプーンで食べます。
「美味しいですね、『オルス様』」
「そうだな、また来たくなる味だ」
喜ぶ姫様。ですが、ダメですね。
所作が上品すぎる。
他の席にも庶民の客が座っているのですが、姫様の食事作法を見た瞬間、顔を強ばらせて見ないフリをしています。
王、というより貴族以上の身分なことが明らかな作法です。
そこまでごまかせ、というのは姫様には無理ですが。
「……はむ」
それでも、姫様の艶めいた唇に白いソースをまとった肉が運ばれるたび、その艶めかしさに、他の食卓の女性たちが目を奪われていますね。
息を呑むような仕草が、そこかしこに見えます。
さもあらん。
「さて、マクガフィン。ここに何を望む?」
「美味しい食事だけでは物足りませんね。話を聞かなければいけないのは、二人」
この、人の多い食堂に二人。
接触しなければいけない人物がいます。
僕は、給仕をしていた女将さんに話しかけます。
「女将さん。料理人の方と、少しお話が出来ますか?」
「うん? 注文は作り終わったから大丈夫だけど……何の話だい?」
にこり、と僕は嘘をつきます。
「とても美味しい料理でしたので。僕の知る料理の知識と合わせて、お話が出来たら」
「へぇ。それは『あの子』も喜ぶだろうね、良いよ、呼んでこよう」
厨房へと向かう女将さん。ありがとうございます。
一人目は決まっています。
オルテナ・ストーリーの攻略キャラの一人。
王都にやってきたヒロインの下宿先の息子、『弟』役だった元少年。
「あ、あの……料理人の自分を、お呼びと聞いて」
「お忙しいところ、ありがとうございます。――ミシェル・ナバイさん」
細身の黒髪の少年。数年経った今は、『青年』とも言えますか。
なのに、鍋を振る腕だけは締まった細マッチョ型の攻略キャラですね。
「な、なんでも、料理の話を聞かせていただけると聞いたのですが!」
「それは嘘です。――ぬか喜びをさせてしまって、申し訳ありません」
料理好きなキャラなんだよね。
宿を支えるために、料理人を極めるルートの。
このキャラを攻略した場合、ヒロインは貴族籍を抜けて宿屋に嫁ぐわけなんだけど。
「お話を聞きたいんです。――貴方の『姉』代わりであった貴族、『アゼル・オリオン』について」
その名前を出した瞬間、ガタリ、とテーブルが揺れる音がしました。
僕は姫様に目配せして、思わず動いたその人物を、このテーブルに招いてもらいます。
「ついでだ。お前もこのテーブルに着け。――宮廷魔術団長、バレオス」
「……御意に」
小声でしたが、相手には確かに届いたようです。
少し離れたテーブルから、その人物が席を移します。
宮廷魔術団長、バレオス・イスタンブール。
ヒロインの攻略キャラである王宮関係者の一人。
王宮関係の攻略キャラは三人、オルベリス王と。
武官の元騎士団長、文官扱いの優男キャラ、このバレオス、の三人です。
文官、というよりは、インテリ眼鏡系のキャラ、ですかね。
眼鏡かけてますし。
「……道化め。街に降りて、何を探る?」
「お互いの身分は、ここでは無しにしましょう、バレオス様。貴方も、平民としてこの食堂に通ってらっしゃるのでしょう?」
僕を忌々しげに見つめるバレオス様の視線をスルー。
どう見られようとも、僕としては今さらですしね。
「あの、なぜ『お姉ちゃん』のことを……?」
「貴方の差し金ですか、へい……いえ」
「わたしのことはオルステッドと呼べ、バレオス」
二人が困惑した様子を見せます。
まぁ、そりゃそうですよね。
なんだって、死んだはずの人間のことを聞きたがるのか。
なので、僕は平然と建前を口にします。
「お二人は、アゼル・オリオン嬢が、この国を祟っていた、悪しき女神の呪いを祓った『聖女』であることをご存じないので?」
僕の言葉に、『弟』のミシェルくんは目を見開き、バレオス魔術団長は目を背けます。
「お姉ちゃんが……ですか?」
「マクガフィン、とお呼び下さい。ミシェルさん。確かな話なんですよ。なので、伝記でも編纂すべきか、と思って、普段暮らしていたことの聞き取りをしようかと」
「はぁ……なるほど。そう……なんです、か?」
いまいち事態を飲み込めていないミシェルくん。
実家の宿を手伝っていた下級貴族の優しい『お姉ちゃん』が『聖女』だとか言われたら、そうなるでしょうね。
ゲームでも、ミシェルくんのルートは宿屋の経営シミュレーション要素が主でしたし。
「アゼルのことを掘り起こしてどうする。国難があったことなどを、二人がこの国からいなくなった今、民衆に語るような真似は混乱を招くだけだ」
バレオス様が反対意見を口にします。
眼鏡を指であげる様子がサマになってますね。
「この国にいないんですか、バレオス様?」
「そうだろう。二人は死んだ。もういない」
ふむ、と僕は考えます。
もうちょっと、聞き出す必要がありそうです。