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第11話


 目的の宿の名は『時の鳴き声亭』。雄鶏の看板が飾られた宿です。


 ファンタジー世界の宿屋では良くあることですが、一回には食堂が併設されています。

 宿泊客も、ここで食事を摂るわけですね。

 もちろん、食事だけの利用も出来ます。


「とりあえず、食べてみますか?」


「良いな。庶民料理は嫌いではない」


 僕の勧めに、素直にうなずくオルベリス王こと、イリース姫。

 王宮の食事にもしょっちゅう出てきますからね、庶民料理。


 というか、僕がいただいてる従卒用のまかないは、大半が庶民的な煮込みとかですけど。


「すまない、食事を二人分」


「あら、いらっしゃい」


 扉をくぐって食堂に入ると、女将さんが迎えてくれます。

 ヒロインの、王都での養い母役だったキャラですね。

 作中では、濃いに悩むヒロインの背を押す役目をしていたはずです。


「ここは何の料理が美味しいんだ?」


「鶏のクリーム煮ですかねえ。小麦と乳、バターを使ったソースですよ」


 堂に入った様子で席に座り、注文するイリース姫。

 姫様自身、何度か街中にはお忍びされてらっしゃるでしょうからね。


 やや置いて、僕らの後にも男女が入店し、食事を注文します。

 護衛ですね。


 宮中で見かけたことのある顔です。たぶん、近衛騎士。

 とりあえず、こちらに支障はないので僕も姫様も、知らないフリをします。


「はい、お待ち」


「おお、これはこれは」


 やがて届いた料理に、姫様は目を輝かせます。

 大きな木皿に盛られた鶏のクリーム煮と茹で野菜。ブロッコリーぽいのもあります。


 クリームシチューかと思ったら、フリカッセぽいですね。

 シチューよりクリームの味が濃厚な奴です。

 にんにくの匂いはしないので、シュクメルリではないかな。


 たぶん、姫様の好きな味。

 添え付けられたパンは白パンではなく、全粒粉のパンです。

 ライ麦パンでも合うんだけどな、この料理。


 ナイフなど使わず、一口大に切られたクリーム煮を、木のスプーンで食べます。


「美味しいですね、『オルス様』」


「そうだな、また来たくなる味だ」


 喜ぶ姫様。ですが、ダメですね。

 所作が上品すぎる。


 他の席にも庶民の客が座っているのですが、姫様の食事作法を見た瞬間、顔を強ばらせて見ないフリをしています。


 王、というより貴族以上の身分なことが明らかな作法です。

 そこまでごまかせ、というのは姫様には無理ですが。


「……はむ」


 それでも、姫様の艶めいた唇に白いソースをまとった肉が運ばれるたび、その艶めかしさに、他の食卓の女性たちが目を奪われていますね。

 息を呑むような仕草が、そこかしこに見えます。


 さもあらん。


「さて、マクガフィン。ここに何を望む?」


「美味しい食事だけでは物足りませんね。話を聞かなければいけないのは、二人」


 この、人の多い食堂に二人。

 接触しなければいけない人物がいます。


 僕は、給仕をしていた女将さんに話しかけます。


「女将さん。料理人の方と、少しお話が出来ますか?」


「うん? 注文は作り終わったから大丈夫だけど……何の話だい?」


 にこり、と僕は嘘をつきます。


「とても美味しい料理でしたので。僕の知る料理の知識と合わせて、お話が出来たら」


「へぇ。それは『あの子』も喜ぶだろうね、良いよ、呼んでこよう」


 厨房へと向かう女将さん。ありがとうございます。


 一人目は決まっています。

 オルテナ・ストーリーの攻略キャラの一人。

 王都にやってきたヒロインの下宿先の息子、『弟』役だった元少年。


「あ、あの……料理人の自分を、お呼びと聞いて」


「お忙しいところ、ありがとうございます。――ミシェル・ナバイさん」


 細身の黒髪の少年。数年経った今は、『青年』とも言えますか。

 なのに、鍋を振る腕だけは締まった細マッチョ型の攻略キャラですね。


「な、なんでも、料理の話を聞かせていただけると聞いたのですが!」


「それは嘘です。――ぬか喜びをさせてしまって、申し訳ありません」


 料理好きなキャラなんだよね。

 宿を支えるために、料理人を極めるルートの。

 このキャラを攻略した場合、ヒロインは貴族籍を抜けて宿屋に嫁ぐわけなんだけど。


「お話を聞きたいんです。――貴方の『姉』代わりであった貴族、『アゼル・オリオン』について」


 その名前を出した瞬間、ガタリ、とテーブルが揺れる音がしました。

 僕は姫様に目配せして、思わず動いたその人物を、このテーブルに招いてもらいます。


「ついでだ。お前もこのテーブルに着け。――宮廷魔術団長、バレオス」


「……御意に」


 小声でしたが、相手には確かに届いたようです。

 少し離れたテーブルから、その人物が席を移します。


 宮廷魔術団長、バレオス・イスタンブール。

 ヒロインの攻略キャラである王宮関係者の一人。


 王宮関係の攻略キャラは三人、オルベリス王と。

 武官の元騎士団長、文官扱いの優男キャラ、このバレオス、の三人です。


 文官、というよりは、インテリ眼鏡系のキャラ、ですかね。

 眼鏡かけてますし。


「……道化め。街に降りて、何を探る?」


「お互いの身分は、ここでは無しにしましょう、バレオス様。貴方も、平民としてこの食堂に通ってらっしゃるのでしょう?」


 僕を忌々しげに見つめるバレオス様の視線をスルー。

 どう見られようとも、僕としては今さらですしね。


「あの、なぜ『お姉ちゃん』のことを……?」


「貴方の差し金ですか、へい……いえ」


「わたしのことはオルステッドと呼べ、バレオス」


 二人が困惑した様子を見せます。

 まぁ、そりゃそうですよね。


 なんだって、死んだはずの人間のことを聞きたがるのか。


 なので、僕は平然と建前を口にします。


「お二人は、アゼル・オリオン嬢が、この国を祟っていた、悪しき女神の呪いを祓った『聖女』であることをご存じないので?」


 僕の言葉に、『弟』のミシェルくんは目を見開き、バレオス魔術団長は目を背けます。


「お姉ちゃんが……ですか?」


「マクガフィン、とお呼び下さい。ミシェルさん。確かな話なんですよ。なので、伝記でも編纂すべきか、と思って、普段暮らしていたことの聞き取りをしようかと」


「はぁ……なるほど。そう……なんです、か?」


 いまいち事態を飲み込めていないミシェルくん。

 実家の宿を手伝っていた下級貴族の優しい『お姉ちゃん』が『聖女』だとか言われたら、そうなるでしょうね。


 ゲームでも、ミシェルくんのルートは宿屋の経営シミュレーション要素が主でしたし。


「アゼルのことを掘り起こしてどうする。国難があったことなどを、二人がこの国からいなくなった今、民衆に語るような真似は混乱を招くだけだ」


 バレオス様が反対意見を口にします。

 眼鏡を指であげる様子がサマになってますね。


「この国にいないんですか、バレオス様?」


「そうだろう。二人は死んだ。もういない」


 ふむ、と僕は考えます。


 もうちょっと、聞き出す必要がありそうです。



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