「では、話を聞こうか」
「オルステッド殿。なぜ、その少年をひざに乗せているのです?」
バレオス様がツッコんできます。
「気にするな。趣味だ」
抱きしめられて笑顔で頬をすりすりされています。
お戯れはおやめ下さい、姫様。人目があります。
その姿を、向かいの席に座るミシェルくんは、唖然と。
その隣のバレオス様は忌々しげに見ています。
それでは話が進まないので、僕は気にせず尋ねます。
「バレオス様は、お二人の死因をご存じですか? 葬儀で弔ったのは、司祭長ではなく貴方だとお聞きしましたが」
「事故死だ。建築資材の崩落に巻き込まれての昏倒死。遺体は綺麗なものだったよ」
僕は神妙な表情を作ります。
「お悼み申し上げます」
「はい……」
うなだれるミシェルくん。
まぁ、そう辛気くさい顔をしないで。
「弔いの代わりになるかはわかりませんが、アゼル嬢の幸せだった話を聞かせてはいただけませんか? たとえばどういう交友関係を持って、どういう方々と親交を持っていたか、とか」
幸せな話を語りましょう。
彼女の生きていた記憶と、記録を。
……そこに、何かのカギがある。
「ええ、ええ! そうですね。仲が良かったのは、そこのバレオスさんとか」
「良かったわけじゃない。彼女が『また来て』というから、ここに通っていただけだ」
ツンデレ眼鏡かな?
「貴族学院では、あまり友だちがいないと話していました。一人、二人との話はしていましたが。それよりは……お客さんのおじさんおばさんたちに、親しまれてましたね」
明るくサービス業としての、食堂の給仕をこなすアゼル嬢。
おおむね、ゲームの通りですね。
食堂や宿屋のお客さんに背を叩かれながら、身分を隠していた元団長との恋を進めるルート。
学友の中にも攻略キャラは一人か二人いたはずですけど。
だいたい、王太子時代のオルベリス王が輝きすぎて、近寄れなかったはずなんですよね。
たぶん、元団長とのカップリングが成立したなら、王宮ルート。
親密度を高めていたのは、共通ルートのミシェルくん以外には、たぶん、王宮組の三人くらいでしょう。
「そんな民衆から慕われていた『聖女』は、もっとこの国にたたえられるべき、とは?」
「思わんな」
バレオス様が即座に否定されます。
はて。なぜでしょう?
僕の視線を受け、バレオス様が続けられます。
「あの二人は懸命に生き、懸命に生き抜いた。騒がずに、そっと眠らせておくべきだ」
なるほど、なるほど。
ちらり、とミシェルくんに目を向けます。
「……そう、ですね」
ミシェルくんは、微妙に強ばった顔で、同意されます。
嘘がつけませんね。
その反応で、確定です。
だから、僕は尋ねました。
「では、お二人は現在どこにいて、今、『どんな状態』なのです?」
バレオス様の表情が、微かに歪みます。
「あの二人は死んだ。何を言ってる、道化師?」
ああ、やっぱり。
「動けないのですね。あるいは、監禁か保護・介護されている」
「妄想はいい加減にしろ」
たぶん、保護か介護、の方でしょう。
そして、バレオス様もミシェルくんも、その行方を知っている。
……が、別にその居場所を、正直に白状したりはしないでしょう。
この場でこれ以上聞くのは、諦めます。
「僕らは、お二人を好意的に見ていますよ。皆さんもそうでしょう。たとえば、バレオス様がこの食堂にこうしていらっしゃるのは……彼女のことを、偲んで、とか?」
「……ふん、余計なことを」
照れてらっしゃるご様子。
個別ルートとは違いますが、ヒロインに好意自体は抱いていたのでしょうね。
好ましくは、思っていたのでしょう。
そんな彼がかばう、ということは、たぶんですが。
お二人の状態も、深刻なことにはなっていないでしょう。
生きてはいます。バレオス様に悼むご様子がないので、それはほぼ確定。
ですが、人前には出られない。か、それを望んではいない。
特に、僕ら、もしくはオルベリス王の前には、現われないでしょう。
なぜ、それがわかるかって?
ティアマト侍女長に説明した通りです。
二人の遺体を偽装したのは、土魔法で骸を作ったか、幻影魔法で見かけを変えたか。
そんなところです。
そんな魔法だったら、宮廷魔術団長ともあろう方なら、容易いことですよね。
「では、ミシェルさん。バレオスさん。この宿の、他の名物料理はありますか? 最近のお薦めは?」
僕の話題替えに、ミシェルくんが嬉々としてお薦め料理を教えてくれます。
「それはもう! この国の一番の自慢は、小麦でしょう! パンや様々なパスタ、お客様にお出ししたクリーム煮にも小麦が使われて――」
夢中になって話す料理好きなミシェルくんに、僕らも微笑みを返します。
今はこれで充分。
「ふん。道化めが」
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「まさか、本当に同室で宿泊するとは」
「良いでしょ? マクガフィンの話は聞いておきたいし」
夜になって、宿屋『時の鳴き声亭』の一室。
男性同士として、姫様は本当に同室で部屋を取られました。
今夜、眠れるかな?
無理矢理にでも就寝しますけどね。
「それは良いんですけど。姫様、女性ものの下着で過ごすのはいかがと思いますよ? 一応、男性のていで部屋を取っているわけですし」
「堅苦しいことを言うな。衣類は意外と重いんだ。寝間着も用意していないし、いつも通り楽な姿で休ませろ」
な? と姫様は迫られます。下着姿で、僕に。
完全に下心が見えますけど。ここは売春宿でも連れ込み宿でもないので、色事はダメですよ。
僕がそう忠告すると、姫様はがっくりとうなだれました。
気づいてなかったんですね。
こういう宿では、お控え下さいね?
「で? 話を聞きましょうか。二人が生きている、とはどういうこと?」
口調を直した姫様が、脚を組んでベッドに腰掛けます。
ああ、そのことですか?
「簡単なことでして――」