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第13話


 僕は語ります。道化の語りを。


「まず、騎士団長も聖女も『オルベリス王』も、三人ともまずご存命です」


「なんでそう思うの?」


 オルベリス王は、毎日会ってるからですが。そこは言わぬが華。

 バレオス様が、この食堂にいらっしゃったのは、幸運でした。


「バレオス様が故人を悼んでらっしゃらなかったから、まず騎士団長と聖女は死んでません。葬儀はおそらく形だけのものですし、遺体はほぼ確実に偽装です」


「ふぅん……」


 陽の落ちた室内。

 僕は燭台のろうそくに火をともし、窓を閉めます。


 にゃあん、と野良猫の声が、外から聞こえました。


 姫様が、そっと声をひそめて尋ねられます。

 おそらく、隣には護衛の騎士が部屋を取っているでしょうからね。


「この国にいない、というバレオス様の言葉ですが、宛てになりません。本当に国外にいることも考えられれば、国内に潜伏していることも、どちらもありえます。――が」


「マクガフィンの考えでは、国内にいる?」


 姫様の確認に、僕はうなずきます。


「それも、この近くにいます。……でなければ、バレオス宮廷魔術団長が、今もなおこの食堂に通っている理由が、ありません」


「なるほどね」


 この食堂の味のファン? そうかもしれませんね。

 元々は市井のこの店の上客で、従業員の聖女と仲良くなった。


 順序としては、その可能性もあるでしょう。

 でも、たぶん違いますね。


 ミシェルくんが、『吹っ切れ』すぎている。

 見逃しません。あれは、親しい者を亡くして沈んでいる人間の反応ではない。


 誰かに、聖女のことを『秘密にさせられている』戸惑い方です。


「たぶん、この近くに、他にも彼女のことを知っている――」


 こんこん。

 にゃあん。


 窓が叩かれ、猫の声がします。


 野良猫の物音? この部屋は、宿屋の三階なのですが。


「失礼します。姫様」


「構わん」


 立ち上がり、木製の窓を開きます。

 石の窓枠に、白い野良猫が座っていました。


「にゃあん」


 白い猫は、僕を見上げ、優しく鳴きます。


「よく登ってきたね。でもごめんね、エサは無いんだ……」


 ……っ!


 窓を閉めようとした僕は、気づきました。

 夜の月夜。星明かりと月の光に照らされた、隣の建物の屋根の上。


 屋根の上に、野良犬が座っていました。

 静かにたたずみ、こちらを見る白い犬。


 いえ、犬ではありませんね。


 ――白い、狼です。


 僕はその幻想的な光景に一瞬呆然とした後、気づきました。

 ああ、そうか。


 そういうことなんですね。


 僕は、窓枠に座った、目の前の白い猫に語りかけます。

 猫さん、白い猫さん。


「……お願いがあります。もしも、『貴女がアゼル様』であらせられるなら、僕の手に前脚をお乗せ下さい」


「――マクガフィン!?」


 姫様が慌てて立ち上がられますが、そんなことをよそに。


 僕の手に、白いうわふわの毛に包まれた、猫の肉球が、ぷにり、と乗せられます。

 僕の手に。


 僕は思わず微笑み、その場にひざまづきます。

 窓枠の白い野良猫に向かって。


「お迎えに上がりました。聖女アゼル・オリオン様。ガルド・レイオン騎士団長様」


 野良猫が、室内に入ってきます。

 白い狼が同時に、屋根を渡って窓枠から室内に入ってきます。


 僕はそっと、木製の窓を閉めました。

 この秘密が、外に漏れぬように。



*************



 さて。部屋の中には、白猫と白い狼が一匹ずつ。

 僕の考えが正しいなら、このお二人は死亡したはずの聖女と元騎士団長のお二人なんですけど。


 その推測に、下着姿の姫様が眉間にしわを寄せています。


「……猫と犬では?」


「確かに、そうは見えますけどね?」


 一回、聖女様に確認はしてるんだけどなぁ。

 仕方ない。もう一回お願いするか。


「お二人とも。もしお二人が聖女様と騎士団長様なら、それぞれ一度、その場で飛び跳ねていただいていいですか?」


 ぴょんっ。

 ぴょんっ。


 飛び跳ねる猫と狼。言葉は間違いなく通じてますし、お二人ともまずご本人ですね。

 その事実に、姫様が今度は、目を丸めてらっしゃいます。


「あ、あ、アゼルぅ!? なに、こんなに可愛くなっちゃったの!? ガルドまで!?」


「姫様、お静かに。隣の部屋の近衛騎士に聞かれます」


 姫様は、慌てて手で口を押さえられます。

 危ない、危ない。


 たぶんこの話、近衛騎士には知らされてないんですよね。

 まずもって、騎士団と近衛騎士は指揮系統が違いますし。

 そこら辺の末端まで知ってたら、僕らはこんなところにまで、探しに来てないわけで。


「……ああ、そうか。『逆』だったのか」


 僕は、今さらながらに思い当たりました。


「何が『逆』なの、マクガフィン?」


 姫様は気づいておられないようです。

 いや、こんなにも都合良く、僕らの宿泊する部屋にお二人が来られた理由を考えていたんですが。


「昼間のパレードが、ですね。あれは『告知』なんですけど、意味が逆で。――『僕らが、聖女様と騎士団長を探しに行ってますよ』ということを、お二人に伝えるためだったんですよ」


 そう、全部逆。宰相は逃がしたい、『守りたい人物』がいたわけじゃない。

 僕らが街中に姿を現す前に、『イリース姫が、オルベリス王に扮している』ということを、街中に潜むお二人に伝えるため、だったわけです。


 それを知った二人は、こうしてイリース姫と僕の前に、姿を現したわけで。


「……ということは、バレオス様を介して、宰相様も、お二人の現状をご存じですね?」


 僕の質問に、猫と狼の姿のお二人が、こっくりと大きくうなずかれます。

 なるほど。


 そうすると、新しい疑問も生まれます。

 お二人が王宮ではなく、こうして街中の宿屋に姿を隠していた理由は、たぶん……


「――事情は、オレが説明しようか」


 そのように、『女性』の声が、部屋の中に聞こえました。



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