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第14話



 そこには、毛深い全裸の獣人女性の姿がありました。


「改めて自己紹介しよう。今はこんな姿だが、騎士団長のガルド・レイオン本人だ」


 長身のムキムキマッチョ美人。

 腹筋はバキバキに割れていますが、胸部は大胸筋をはるかにしのぐ丸みを帯びています。

 白銀のショートボブに、整った顔立ち。ゲームの騎士団長のグラフィックとは似つきません。

 その頭には、狼の獣耳が二つ。人の耳と合わせて、四つの耳がありますね。


 下腹部からバキバキの太ももにかけては獣毛に覆われてはいるんですけど。


「服を着ろ、ガルドっ!」


 姫様が、ベッドのシーツを投げつけます。

 完全に全裸女性ですからね、ガルド騎士団長。


 それは良いとして。


「驚きました。狼の姿から、人の姿に変われるんですね」


「陽が隠れた『夜』の間だけな。しかもなぜか、女の姿だ。……ちなみに、アゼルは変われない。ずっと猫の姿のままだ」


 猫のアゼル様が、ぴょんぴょんと跳び上がってガルド様の下半身を隠そうとしています。

 フル全開で仁王立ちですからね、ガルド様。

 態度は男らしすぎるんですが、女性のアゼル様としては、気になるでしょう。


「獣人女性、ですか。王都では目立つ姿ですね」


「そうだ。だから、あまり表通りは歩けない。……ところで、イリース姫に仕える、きみの名を聞いても良いか?」


 僕はうやうやしく頭を下げます。

 僕がオルベリス王に拾われたのは、お二人が死亡した後。


 つまり、お二人と僕は初対面です。


「ご挨拶が遅れました。『宮廷道化師』マクガフィンと申します。オルベリス王の宣旨により、我が言葉は誰にも遮られず、誰にも聞き入れられず、の証をいただいております」


 つまりは、『この場にいない者』です、と付け加えます。

 ガルド騎士団長はそれで納得したのか、ふむ、とうなずかれました。


「つまりは、軍で言う参謀役か助言役の役割だな。貴族の意見に対しても、堂々ともの申せる立場なわけだ。務めご苦労」


「お褒めいただき、光栄に存じます」


 詳しく役割を話したのは、アゼル様に聞かせるためでしょうね。

 ガルド様の説明を聞いて、やっと理解できたように鳴かれていました。


「なぜ、そのようなお姿に?」


「理由はわかっていないが、一言で言えば、『悪しき女神の報復』だろうか。呪いを打ち払ってしばらくしたタイミングで、アゼルとオレは、この姿になった」


 ガルド騎士団長が教えて下さいます。

 シーツを、古代ギリシャのトーガみたいに身にまとった姿で仁王立ちしてらっしゃいます。

 姿は女性ですが、雄々しいですね。


「苦しみや痛み、苦痛はございますか、ガルド様?」


「打ち払った当初はあったが、この姿に変わってからは無くなった。呪いが安定した、とか何かかも知れない、とバレオスは言っていた」


 にゃん、とアゼル様が、ガルド様の腕の中で鳴かれます。

 体調は問題無いご様子。

 そこら辺は、ティアマト侍女長と同じですね。


 しかし、なぜ、動物の、獣人女性の姿に?


「バレオスは、最初からすべてを知っていたのね?」


 イリース姫様が訪ねられます。

 ガルド様は、厳かにうなずかれました。


「そうです。我々が元の姿に戻れなくなったとき、動いてくれたのが、宮廷魔術団長のバレオスです。彼は、土魔法で遺体を偽装し、我々二人の死亡を装ってくれました。そして、今でも何くれにつき、気にかけてくれています」


「マクガフィンの予想は、すべて当たりだった、ってことね……」


 と言うより、すべて、宰相様の誘導だった気さえもしますが。

 とりあえず、それはいいでしょう。


 しかし、悪しき女神。その呪いで姿を変じたのならば、オルベリス王と同じですが。

 なぜ、容姿が違う?


 ガルド騎士団長のお姿は美貌の獣人女性ですが、悪しき女神の面影を残したティアマト侍女長とはまた、姿が違う。


 なんだ、これ?


「……獣神、オルストラか?」


 僕は思い当たります。

 ゲーム『オルテナ・ストーリー』に出てくる女神オルテナ以外の、神様。

 西洋的世界観らしく、ギリシャ神話みたいに、この世界にも神様は確か複数存在したはずです。


 魔術とかスキルとかある世界ですしね。


「ガルド様。ガルド騎士団長は、武神メルヒドと獣神オルストラの『洗礼』を受けていませんでしたか?」


「あ? ああ、確かに、オレが洗礼を受け、スキルを得たのは、その二神からだが……」


 なるほど、と僕はひざを打ちます。

 それで解けました。


「たぶんですけど、僕の仮説を聞いていただけますか?」


「なに、マクガフィン?」


 僕は自分の考えを整理します。


「おそらく、騎士団長と聖女様の今の姿は、『悪しき女神の呪い』ではない、と思います。――逆に、その呪いの力に対抗するために、『獣神オルストラ』が、力を貸してくれてるんじゃないでしょうか?」


「これは、呪いではなく、『加護』ということか?」


 ガルド騎士団長が驚かれます。

 ここからは、僕の憶測なんですけど。


「というより、たぶん、『呪い』を打ち払った反動で、お二人の身体や生命に何らかの重大なダメージがあったんだと思います。その重篤な危険状態を何とかするために、獣神オルストラがそのお力で、何とか二人を動物の身体で生かしてる、ということかな……と」


 ふむ、とガルド騎士団長がうなずかれます。

 その腕の中で、アゼル様が、にゃあん、と鳴かれました。


 アゼル様は、神様の慈悲か何かを、感じてらっしゃるのかも知れませんね。


「しかし、なぜ、女の姿なんだ? 獣神オルストラの加護、なんだろう?」


「獣神オルストラは、女神ですよ? 武神メルヒドの伴侶となる、戦女神です」


 僕が教えた事実を、初耳だ、とガルド騎士団長が驚かれます。

 まぁ、ゲームの裏設定ですしね。この世界の人は知らないでしょう。


「マクガフィンと言ったか? なぜ、お前はそんな、神殿の人間も知らないようなことを知っているのだ?」


「さぁ……『道化』だから、としか言いようが……」


 道化師の叡智は、ときに天より『与えられた』者ともされます。

 僕の場合は、ただの前世のゲーム知識なんですけど。


 そも、『オルステッド』が男性名なんで、『オルストラ』って女性名じゃないですか。

 神々のお名前は、男性名や女性名は、あまり関係ないですけど。


「なるほど、オレたちは女神に生かされているのか。……ありがたいことだ」


「あった苦痛が無くなった、というのがその証左な気もします。きっと、お二人の功績に対する犠牲に、神々が心を痛められたのでしょう」


 僕の言葉に、その場の面々は、祈るように目を伏せました。

 イリース姫のみならず、ガルド様も、猫の姿のアゼル様も、真摯に目を閉じ、祈られておられました。


「そういうことならば、それを教えてくれたお前に礼をせねばならんな。感謝する、道化師」


「いえいえ。真に尊いのは、神々の御心ですので」


 うむむ、とガルド様は何事か考えた後、思いついたことを口にされました。


「オレは何も持ち合わせていないが、今の礼に、お前に『女』でも教えてやるか? ……今のオレならば、一応は可能だとは思うのだが。ぶっ」


 即座に、イリース姫が枕を投げつけられました。

 いくら着の身着のままだからって、なんちゅうこうと言うんですか、ガルド様。


「ガルド? あんたの尻から生えてるその尻尾、思い切り引っこ抜くわよ?」


「お、お許しを、イリース姫! 決して、姫とそのような関係にある者を、たぶらかそうと思ったわけではなく!」


 そのような関係。

 その一言に、イリース姫は真っ赤になられて、手に持った枕をガルド様にばしばし叩きつけます。


 今さらでしょ、イリース姫。ご自分の格好見たら。



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