窓の隙間から差し込む朝日に、目を覚まします。
僕は床で寝たので、冷たい木の床の感触。が、あるはず。でした。
代わりに感じたのは、自分を包む温かく、柔らかな感触。
「姫……?」
下着姿のイリース姫が、僕に抱きついて手足を絡めていました。
暖かい季節とは言え、風邪を引きますよ、イリース姫。
ゆっくりと姫の抱擁から抜け出して、姫の寝姿に毛布を掛けます。
ベッドは一つがカラで、一つには白い狼と猫がすやすやと寄り添って眠っています。
ガルド様と、アゼル様です。
二人部屋なので、二つあるベッドをお二人と姫様に譲って、僕は床で寝たのですが。
なんか、姫様に寝込みを襲われてましたね。
油断も隙もない。
さて。これからどうするか。
「マクガフィン……?」
「姫様。目覚められましたか」
姫様が、木の床から身を起こされます。
毛布の隙間から白い肌が覗いていますが、元の姿が元の姿なんで、大差ないでしょう。
「服をお召し下さい。風邪を引かれますよ、姫様」
「貴方を一人、床でなんて寝かせられないわ」
立ち上がる姫様。お美しい肢体ですが、このスタイルを見たガルド様たちお二人には、オルベリス王ではなくイリース姫だと、一目でわかってしまいますね。
たぶん、部屋の中を見たときに気づかれたはずなので、バレオス様にはおそらく伝わってはいない、とは思いますが。
宰相様たちとの繋がりがどうなっているか、確認が要ります。
「にゃあん」
いつの間にか、ガルド様とアゼル様も、目を覚まされていました。
僕は木製の窓を開き、朝の光を取り入れます。
「おはようございます、お二人とも。……ところで、お二人はこの後、どうされましょう。王宮へとお連れしても、よろしいですか?」
「にゃん」
僕の確認に、お二人はこっくりとうなずかれます。
では、お連れしますかね。
懸念は一つ。
宰相様が、お二人を王宮から、遠ざけたままにされていたことですが……
**********
朝食の場にも、バレオス宮廷魔術団長はいらっしゃいました。
庶民の服装で。
たぶん、宿泊したんでしょうね。
そして、ガルド様とアゼル様を引き連れて一階の食堂に降りた僕らを、一瞥しました。
うろたえていたのは、バレオス様ではなく、ミシェルくんと女将さん。
「お、お客さん……その二人は……」
「すみません、この子たちにも食事をいただけますか」
アゼル様と、彼女を抱いた僕を見比べるミシェルくんに、『姉』が一声かけました。
にゃあん、と。
それだけで、アゼルくんは厨房へと引っ込んでいきました。
「同席、良いですか。バレオス様」
「構わない。ガルドから、事情は聞いたか」
彼の確認に、僕は小さくうなずきます。
遅れて、男装のイリース姫も同じテーブルに着きます。
「二人を王宮に連れて行くのか、道化師?」
「はい。懸念はありますが」
朝食のスープが運ばれてきて、バレオス様は静かに口を付けられました。
「王が呪われたら、何とする?」
「宰相閣下が懸念していたのは、そこですか? 感染する呪いの類いではありませんので、ご安心ください」
そもそも、呪いではない。
王に呪いが感染することを懸念するのなら、ティアマト侍女長こと本物のオルベリス王はすでに呪われて、その身を変化させている。
同じくその身を変化させた三人が出会うことで、何かしらの反応があるかもしれないことは否定できないけれど。
あるいは、王の呪いの悪化を恐れた宰相様が、二人を王宮から遠ざけていた可能性もあるか。ただ、どのみちこのままではらちがあかないし。
そもそも、『時系列』が合いません。
悪しき女神、獣神と武神。
それぞれの影響を受ける三人を引き合わせることには、何かしらの意味はあるでしょう。
とりあえず、お二人を保護することで、宰相様に本心を問うことにはなるだろう。
ティアマト様が。
その辺りはティアマト様の方が才に長けているので、任せるべきなんだけど。
「とりあえず、王宮にお連れして、ご相談を仰ごうと思います」
「宰相様か? あの人は、いい顔をしないと思うが」
いいえ。宰相様に、ではありません。
「司祭長様に、です」
バレオス様の目が見開かれます。
気づいていないと、思いましたか?
二人の遺体が偽装であるならば、葬儀を執り行った司祭長様が、気づいていないはずはないですよね?
つまり、彼も何かしらの関わりがある。
僕は、口元をニタリ、と持ち上げます。
道化であるが故に。
――キーマンは、王宮にいる。
「この事件、もうちょっと深く入り組んでそうですね。バレオス様も、ご一緒に王宮に戻られますか?」
「……そうだな。そうしよう」
うなずかれるバレオス様。
はてさて。
何も知らぬ味方であるか、とぼけたフリの仕組んだ側であるか。
彼がどちらか、なのは反応からは読み取れません。
予想も出来ません。
ですが、彼が『興味を持った』のは、間違いないようです。
僕の言葉に、というより、ガルド様とアゼル様の二人が何に巻き込まれたのか、に対して。
「道化よ。お前は、その二人を、何としたいのだ?」
バレオス様が尋ねられます。
僕は道化。道化師の言葉は、誰にも聞き入れられず。
誰にも、遮られず。
「願わくば……誰もが、幸せに」
小さな声が、僕の口から漏れ出ました。
バレオス様が目を見開かれます。
だから、僕はおどけるのです。
「僕は道化師。僕の言葉は、誰にも聞き入れられませんので。お聞き流しを」
にこり、と笑います。
バレオス様は、どこか痛ましげに、表情をゆがめられました。
そんな僕に、隣でささやく人がいます。
「誰にも聞き入れられぬ言葉だが、誰かの耳に届くこともあろう。――その言葉は、天より『与えられた』ものであるので、な」
イリース姫扮する、オルベリス王が僕に目もくれず、スープを口にします。
バレオス様は、その言葉に、黙して胸に手を当て、席上で一礼されました。
まぁ、どう転んでも、そう悪いことにはならないでしょう。
ただの、道化師のささやかな願いですが。