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第15話


 窓の隙間から差し込む朝日に、目を覚まします。


 僕は床で寝たので、冷たい木の床の感触。が、あるはず。でした。

 代わりに感じたのは、自分を包む温かく、柔らかな感触。


「姫……?」


 下着姿のイリース姫が、僕に抱きついて手足を絡めていました。

 暖かい季節とは言え、風邪を引きますよ、イリース姫。


 ゆっくりと姫の抱擁から抜け出して、姫の寝姿に毛布を掛けます。


 ベッドは一つがカラで、一つには白い狼と猫がすやすやと寄り添って眠っています。

 ガルド様と、アゼル様です。


 二人部屋なので、二つあるベッドをお二人と姫様に譲って、僕は床で寝たのですが。

 なんか、姫様に寝込みを襲われてましたね。

 油断も隙もない。


 さて。これからどうするか。


「マクガフィン……?」


「姫様。目覚められましたか」


 姫様が、木の床から身を起こされます。

 毛布の隙間から白い肌が覗いていますが、元の姿が元の姿なんで、大差ないでしょう。


「服をお召し下さい。風邪を引かれますよ、姫様」


「貴方を一人、床でなんて寝かせられないわ」


 立ち上がる姫様。お美しい肢体ですが、このスタイルを見たガルド様たちお二人には、オルベリス王ではなくイリース姫だと、一目でわかってしまいますね。


 たぶん、部屋の中を見たときに気づかれたはずなので、バレオス様にはおそらく伝わってはいない、とは思いますが。

 宰相様たちとの繋がりがどうなっているか、確認が要ります。


「にゃあん」


 いつの間にか、ガルド様とアゼル様も、目を覚まされていました。


 僕は木製の窓を開き、朝の光を取り入れます。


「おはようございます、お二人とも。……ところで、お二人はこの後、どうされましょう。王宮へとお連れしても、よろしいですか?」


「にゃん」


 僕の確認に、お二人はこっくりとうなずかれます。

 では、お連れしますかね。


 懸念は一つ。

 宰相様が、お二人を王宮から、遠ざけたままにされていたことですが……



**********



 朝食の場にも、バレオス宮廷魔術団長はいらっしゃいました。

 庶民の服装で。

 たぶん、宿泊したんでしょうね。


 そして、ガルド様とアゼル様を引き連れて一階の食堂に降りた僕らを、一瞥しました。


 うろたえていたのは、バレオス様ではなく、ミシェルくんと女将さん。


「お、お客さん……その二人は……」

「すみません、この子たちにも食事をいただけますか」


 アゼル様と、彼女を抱いた僕を見比べるミシェルくんに、『姉』が一声かけました。

 にゃあん、と。


 それだけで、アゼルくんは厨房へと引っ込んでいきました。


「同席、良いですか。バレオス様」


「構わない。ガルドから、事情は聞いたか」


 彼の確認に、僕は小さくうなずきます。

 遅れて、男装のイリース姫も同じテーブルに着きます。


「二人を王宮に連れて行くのか、道化師?」


「はい。懸念はありますが」


 朝食のスープが運ばれてきて、バレオス様は静かに口を付けられました。


「王が呪われたら、何とする?」


「宰相閣下が懸念していたのは、そこですか? 感染する呪いの類いではありませんので、ご安心ください」


 そもそも、呪いではない。

 王に呪いが感染することを懸念するのなら、ティアマト侍女長こと本物のオルベリス王はすでに呪われて、その身を変化させている。


 同じくその身を変化させた三人が出会うことで、何かしらの反応があるかもしれないことは否定できないけれど。


 あるいは、王の呪いの悪化を恐れた宰相様が、二人を王宮から遠ざけていた可能性もあるか。ただ、どのみちこのままではらちがあかないし。

 そもそも、『時系列』が合いません。


 悪しき女神、獣神と武神。

 それぞれの影響を受ける三人を引き合わせることには、何かしらの意味はあるでしょう。


 とりあえず、お二人を保護することで、宰相様に本心を問うことにはなるだろう。

 ティアマト様が。


 その辺りはティアマト様の方が才に長けているので、任せるべきなんだけど。


「とりあえず、王宮にお連れして、ご相談を仰ごうと思います」


「宰相様か? あの人は、いい顔をしないと思うが」


 いいえ。宰相様に、ではありません。


「司祭長様に、です」


 バレオス様の目が見開かれます。

 気づいていないと、思いましたか?


 二人の遺体が偽装であるならば、葬儀を執り行った司祭長様が、気づいていないはずはないですよね?


 つまり、彼も何かしらの関わりがある。


 僕は、口元をニタリ、と持ち上げます。

 道化であるが故に。


 ――キーマンは、王宮にいる。


「この事件、もうちょっと深く入り組んでそうですね。バレオス様も、ご一緒に王宮に戻られますか?」


「……そうだな。そうしよう」


 うなずかれるバレオス様。

 はてさて。

 何も知らぬ味方であるか、とぼけたフリの仕組んだ側であるか。


 彼がどちらか、なのは反応からは読み取れません。

 予想も出来ません。


 ですが、彼が『興味を持った』のは、間違いないようです。

 僕の言葉に、というより、ガルド様とアゼル様の二人が何に巻き込まれたのか、に対して。


「道化よ。お前は、その二人を、何としたいのだ?」


 バレオス様が尋ねられます。

 僕は道化。道化師の言葉は、誰にも聞き入れられず。


 誰にも、遮られず。


「願わくば……誰もが、幸せに」


 小さな声が、僕の口から漏れ出ました。

 バレオス様が目を見開かれます。


 だから、僕はおどけるのです。


「僕は道化師。僕の言葉は、誰にも聞き入れられませんので。お聞き流しを」


 にこり、と笑います。

 バレオス様は、どこか痛ましげに、表情をゆがめられました。


 そんな僕に、隣でささやく人がいます。


「誰にも聞き入れられぬ言葉だが、誰かの耳に届くこともあろう。――その言葉は、天より『与えられた』ものであるので、な」


 イリース姫扮する、オルベリス王が僕に目もくれず、スープを口にします。

 バレオス様は、その言葉に、黙して胸に手を当て、席上で一礼されました。



 まぁ、どう転んでも、そう悪いことにはならないでしょう。

 ただの、道化師のささやかな願いですが。



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