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第17話


「で、なぜ、僕がメイドの姿をするのです?」


「似合ってるわ、マクガフィン」


 なぜ僕が、生足スカートを履かなきゃいけないのでしょう。

 しかも、微妙にスカートが短いし。


 貴族子女用の見習い衣装とは言え、あんまりな気がします。


「道化そのままの衣装で王宮内を歩いても目立つのよ。貴方の役割はそのままよ、マクガフィン」


 バレバレな気もしますけどね。

 よく声をかけてくれる侍女の皆さんが、僕の姿を見るたびに、すれ違いざまにクスクス微笑まれています。


「入るぞ、宰相」


「どうぞ、陛下」


 宰相の専用執務室から、返事が返ります。


 そこにおられるのは、執務机におわすマチス宰相。


「道化師だけでなく、ティアマト侍女長と、アゼルにガルドもお連れですか」


「ええ。やはり知っておられたのですね、宰相様」


 僕の確認に、宰相様はただ、目を伏せられます。

 そして、僕をチラリと見て。


「……その格好は何かね、道化師?」


「ここに来るまでに目立つのもどうか、ということらしいです。お構いなく。とりあえず、僕は『ここにいない者』で良いようです」


 なるほど、と宰相様はうなずかれました。

 そして一瞬だけ乱暴にがりがりと髪をかき、そして大きく息を吐かれました。


「では、すべて吐き出すか。そうだよ、二人のことも、王のことも、私はすべて把握していた。その上で、イリース姫の『行幸』を許可した」


「宰相様、僕の質問に答えていただいても?」


「構わんよ。お前は『ここにはおらぬ者』だ。すべては私の独白となる。陛下、それでよろしいですな」


 宰相様が視線を向けられます。

 イリース姫は一瞬戸惑った後、おれを受けて重々しくうなずきました。


 が、実際に視線を送ったのは、その背後の人物。

 オルベリス王こと、ティアマト侍女長も、静かに目を伏せられました。


 それを見て、採用様は話を始められます。


「うむ。……私が二人の容態を知ったのは、悪しき女神騒動のしばらく後、だな。一緒に騒動を解決したらしいバレオス宮廷魔術団長に相談された」


「その時点で、二人を王宮から隔離しようとされたわけですか?」


 ふむ、と宰相様は少し考えられて、答えられました。


「いや、そのときは、単純に二人を静養できる場所に、というのが主だったな。……まぁ、事態が私にはわからんので、感染症と同じ対策を取ったのは、確かだが」


 ああ、なるほど。感染症対策か。

 確かに、正体不明の病状が見えたなら、咄嗟の判断で感染症対策の隔離もあるか。

 ペストやコレラほどではありませんが、流行病は、この世界にもあります。


 宰相の目から見れば、最初は症状の原因が『呪い』かどうかもわからなかったわけですからね。

 それは、王宮から隔離もするか。


「騒動のすぐ後は、異変は無かったはずだわ。だからこそ兄様が、二人の関係を祝福する宣旨を出したわけだし」


「そうですな。だからこそ、二人の異変は、最初は単純に、病気なんだろうと私も思った次第です」


 まぁ、解いてみれば、単純な話。

 当たり前の対応をした結果、一時的な隔離が世間的には『失踪』となったわけです。


「なぜ、そのことを隠していたの?」


「女神の『呪い』は感染しておりません。であるならば、公表などして、不要に不安を煽る必要はありますまい?」


 そりゃそうです。

 犠牲者が複数増えて、告知の必要が出てきたときに事態を説明すれば良いだけ。

 ただ、その必要が無かっただけ、ですね。


「でも! 兄様は、現に姿を隠しておられるわ!」


 イリース姫の指摘に、宰相は言葉を濁されます。


 僕とティアマト様を順に見て、ティアマト様がうなずかれたことから、宰相様は口を開きました。


「王の所在は掴めております。ただ、人前に出られるお姿ではございません。それゆえ、現状は姫様にご負担を願うしかない状況なのです」


「そんな……兄様は!? どんな容態なの!?」


「命に、別状はございません。ただ、民衆にお姿を見せられない、とだけ」


 言葉を失うイリース姫。

 その反応を見て、自分が想われていることに興奮するティアマト様はどうかと思いますが。実際に、嘘ではありません。


「命に別状は無く、所在がわかるだけ、状況は好転しているとも言えます。姫様、落ち着かれて下さい」


「そ、そうね、マクガフィン」


 ひとまず呼吸を整える姫様。

 まさか、女性のお姿になっております、とは説明しようがないですね。


「宰相様については、とりあえず不思議な点は無いと思います。それよりは、むしろ、司祭長に……」


「司祭長? 司祭長がどうした?」


 宰相様が、戸惑うように尋ねられます。

 どうされたんでしょう?


「いえ、お二人の葬儀を実行されたのが司祭長だったので。なぜ、二人を社会的に葬儀することに同意されたのか、とお聞きしようかと」


「ふむ……まぁ、私にも、両家の事情は聞き及んでおるが。司祭長の真意は聞きようが無いな」


 なぜでしょう?

 宰相様は、そのまま言葉を続けられました。


「司祭長の行方がわからん。先日から、礼拝にも姿を現さず、確定はしていないが失踪状態だ」


「はあ!?」


 その事実に、思わず、その場にいた全員が驚愕の表情を見せました。


「し、失踪!? って!?」


「今はまだ、数日姿が見えん、というだけだが。見えなくなったのは、パレードのことを決めた当日辺りからだ。何かを感じて姿を消した、と言えばそうなのかもしれん」


 なんてこった。

 何かやましいことがあったのか?

 でも、三人が姿を変えたのは、神々のお力だ。人間の司祭長が何かをする余地なんて、無いはずだけど?


 どのみち、二人の死亡認定を取り消す権限を持つのは司祭長だから、二人の地位を元に戻すなら、会わなくてはいけないのは確かなんだけど。


 何を考えて、姿を消したんだ、司祭長?



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