「どうされますか、ティアマト様」
僕の質問に、ティアマト様は執務室の机にどかりと腰掛けられます。
珍しく、乱暴な仕草ですね。お怒りが見えます。
「どうもこうもならん。そもそもは、アゼルがレイオン家に認められねば、元の姿に戻っても命が狙われる。状況は何も好転しない。ならば、急ぐ必要も無い」
それはそうです。
ですが、僕の問題が一つ。僕は申し上げました。
「僕がこの王宮に招かれた理由は、『お二人の死の真相を解く』こと。これで、お役御免となりますか、我が王よ?」
「それは許さぬよ。お前には価値がある。イリースを王とすることもそうだが、それ以上にお前に『与えられた』ものには、大きな大きな価値がある。よって、我が下を離れるのは許さぬ」
そうでしょうね。
にやり、と僕の口元が歪むのを感じます。
ならばおどけましょう。
道化として、行き着く先まで、あなた方兄妹の下で。
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「とは言うものの、レイオン家の問題は、僕にはどうすることもできないんですよねー」
ベッドでもふもふ。
白い狼の姿のガルド様は、僕に撫でられてご満悦のようでした。
ガルド様のおそばでは、猫の姿のアゼル様がにゃんにゃん。
仲睦まじいお二人のようです。
「そこは、わたしと宰相が何とかすれば良い話なんだけど。二人の姿を元に戻すことはできるの、マクガフィン?」
男装姿のイリース姫が、ベッドに腰掛けられて尋ねます。
どうなんでしょうねー。
「変身魔法、というのは、実はこのゲー……世界には、無いはずなんですよね。幻影魔法だけのはずです。――実際に一度、姿が変わっている以上、元に戻る可能性自体はあるんですけど……」
「戻らないかも知れない、と」
イリース姫のその仮説に、ガルド様とアゼル様が、しゅん、とうなだれます。
「結局、二人はどうするの?」
「しばらくはこのまま、王宮に逗留していただくしかないでしょうね。誰も、二人の正体には気づかないでしょう。姫様は、王として二人を飼育する旨を告知して下さい」
僕の言葉に、姫様は疲れたようにため息を吐かれました。
「わかったわ。……でも、真実を明かしても、何も事態が好転しないなんて、辛いわね」
「好転すれば幸いですが。好転しないからこそ秘される真実もある、ということです。それに、しばらくはお二人のことばかりに構っているわけにもいきませんしね」
僕の言葉に、眉根を寄せるイリース姫。
大きな真実を前にして、現実を見失ってはいませんか?
「『謎』がどうあろうと、姫様は『王』としてこの国の政務をこなす必要があるのですよ。変わらずね。……それに」
「それに?」
忘れてませんか?
「フェルリア嬢との婚姻式も、待っています」
「ちょ! ちょっと待ってよ、兄様の居場所はわかってるんでしょう!? なんで、婚姻まで今さらわたしが代わる必要があるわけ!?」
お気持ちはわかるんですが、そう申されましても。
よく考えていただきたいです。
「王の居場所を把握していた宰相様が、姫様とフェルリア様の婚姻を推し進めていたのです。そうする必要があるくらい、王が融通の利かない状態にある、とお考え下さい」
「はぁ……結婚、しなきゃいけないのか……フェルリアと……」
女性同士の仮面夫婦、というのも、珍しい話ではあります。
「それも先の話ですね。まずは溜まった政務を片付け、謁見要請を終わらせないと」
「そ、そうね。そっちの方がまだ、気が紛れるわ……」
現状、姫様が視察に出てた間は、ティアマト様と宰相様がほとんどの政務をこなされていましたからね。
これ以上は、『王』に扮するイリース様が決済しなければいけない案件が多く残ってます。休んでいるヒマはありませんね。
僕も、『宮廷道化師』の本来の仕事をこなさないと。
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「その方の主張を聞こう」
王座に座るイリース姫が、オルベリス王として臣下をねめつけます。
黙し気味ではありますが、その表情はご機嫌斜めなご様子。
現状を考えれば、お気持ちはわからないでもありませんが。
それはさておき、此度の釈明は、食糧問題についてです。
穀倉地帯の大領主、ビーレン伯爵が、王様に輸出強化の嘆願にいらっしゃってます。
「であるからして、穀物の備蓄は十二分なれば、隣国への輸出による財政補填を許可していただきたく」
「とは言っても、穀倉地帯の権利は国有だ。ビーレン領への補填額など、割合的に微々たるものにしかならないが?」
この時期だと、ああ。隣国、というより隣国辺境の辺りにイベントがありましたね。
隣国の不作で、辺境領に飢餓が起こっているはずです。
隣国とはいえ他国。食糧支援要請があったが、国王の裁可を得られるめどがない。と考えるべきですね。
ということは、要請しているのは見返りを出せる隣国の中枢ではなく、半独立自治状態の、辺境領の独断ですか。
半独立状態の自治体に恩を売れるのは、悪くないですね。
だから僕は、おどけます。
「麦は国の礎、特にこの国は小麦が特産であれば。故に売りさばくのには抵抗がございましょう。……しかし我が国以外では、麦が不足しているとも聞きます。小麦の実りを分け与えれば、実る友誼もございましょう」
「ふむ……?」
イリース姫も、輸出許可の要請の裏に気づいたようです。
ビーレン伯もはらはらしたご様子。
そうでしょうね、表立って他国を支援したい、などと一領主が口にはできません。相手国次第では売国行為にもなりますし、実際、隣国本体への支援ならば、越権行為です。
イリース姫は、しばらく考えられた後、答えられました。
「良かろう。他国とは言え、民草の飢えは看過できぬ。ビーレン卿の利が、世の人々のためになるならば、女神様もその背を押されるであろう。特別に許可する」
隣国の辺境伯は、何度か王都の祝宴にも招かれていますからね。
ある程度の事情はイリース姫もご存じですし、たぶん、同じ着地点を考えたのでしょう。
ビーレン伯爵は感極まった様子で、胸をなで下ろされました。
王に感謝の一礼を示されます。
「感謝いたします、我が王よ。これで、我が友や民草の苦難を救うこともできましょう」
このイベントは本来ならば、王都の商会の跡取りになるキャラが、小麦を買い付けて配りに行くイベントだったんですけどね。
まぁ、そのキャラとも、いつか、どこかで会うこともあるでしょう。
ルートが違うので、微妙ですけど。
「では、次の謁見は……」
王の苦難も、救える友だちがいると良いんですけど。
王座の陰から、小さな鳴き声が聞こえます。
「にゃあん」
そのお友達が、今は猫ですからね。