陽が落ちて、夜。イリース姫を除いたお三方が、執務室に集まります。
つまり、ティアマト侍女長、ガルド・レイオン元騎士団長、聖女アゼルオリオン様です。
三人は、すでにご様子が不穏でした。
だから僕は、ティアマト様に尋ねます。
「我が王、本当に試しますか? すでにお加減が悪そうに見えますが」
ティアマト様は脂汗を滲ませながら、答えられました。
「いや、やろう。ガルドもアゼルも不安な気持ちは伝わってくるが、試さねばらちがあかぬ。すでにこの身の魔力が、暴れ出しそうなほどに高まってはいるが、な」
そして、ティアマト様は、ガルド様に命じられました。
「やれ、ガルド。獣神オルストラの姿に変わるがいい」
ガルド様は、狼の姿のまま、こくりとうなずかれました。
そして、光を放ち、その姿を獣神オルストラに似た、裸身の獣人女性へと変じられます。
「ぐ、ぐうぅ!」
「オルベリス王っ!」
途端に修羅の形相で胸を押さえ、ひざをつかれたティアマト様の姿に、僕とガルド様の声が重なります。
やはり無茶だったのでは……
この『夜』は、悪しき女神の呪いのみならず、獣神と武神の力も強まる時間帯。
そんな、強くなった神々の力がぶつかれば、お三方の身に何があってもおかしくありません。
ですが、ティアマト様は、それでも敢行するとおっしゃいました。
その結果が、これです。
しかし、変化がありました。
ティアマト様の身体から溢れる魔力が、僕にも見えるほど黒く色を持ち、そして固まりへと姿を変えていきました。
その変化の先に現われた女性の姿は、
「……オルトナイ、様……?」
「いかにも。わらわの名は『オルトナイ』。この国と王たちの身に呪いをかけた、女神三姉妹の長姉、主神オルテナの姉にして原初の女神。混沌の女神オルトナイである」
現われた女性は、そう名乗られました。
それは紛れもなく。中庭で夢うつつの中にお会いした、あの高貴な女性。
黒髪に白い肌のアラビアンな衣装に身を包まれた、オルトナイ様ご本人でした。
「悪しき女神……! いや、混沌の女神……?」
ティアマト様が、脂汗を落としながら、オルトナイ様をにらみつけます。
そうか。わかった。
僕が『わからなかった』、思い出せなかったのは、これだ。
見上げるティアマト様と、現われたオルトナイ様のお顔は、とてもよく似ています。
そして、それは僕の前世の記憶で見た設定画、とまったく同じ。
この国を呪い、聖女に打ち払われたオルテナ・ストーリーの最終ボスキャラ。
『悪しき女神、オルトナイ』。
正体は混沌の女神、そして主神オルテナ、獣神オルストラの姉だったのか。
そこまでの設定資料は読んでなかった。あるいは、ユーザーに公開されてなかっただけかもしれないけど。
オルトナイ様は、僕を振り向いて、そして微笑まれます。
「また会ったな、道化師マクガフィンよ」
僕は、戦慄に気圧され、すぐにはその微笑みに返答できませんでした。
「オルトナイ姉様……その御名を、取り戻されたのですか」
聞こえた声に振り返ると、ガルド様の横に、獣耳を生やした女性の姿が増えていました。
ただし、全裸のガルド様とは違って、毛皮のような衣装を身につけておられます。
この方の設定画は存在していませんでしたが、その正体は僕にも察しがつきます。
この方は、
「獣神……オルストラ様、でございますね?」
「そうじゃよ」
「そうよ。そちらにおわすお方の妹、始まりの女神三姉妹が末妹、獣神オルストラは、この私」
獣神オルストラ。そして、始まりの女神三姉妹。
三女神の伝説は、元の地球世界にもありました。現在・過去・未来、を司る、北欧神話のノルン三姉妹の話ですね。
同じように、ここにオルテナ様を入れた三女神が、何かを司っているとすると……
混沌・主神・獣。これを言い換える。あり得る組み合わせは何か?
たぶん、この組み合わせですね。
「とすると……『可能性』、『存在』、『生命』……それが、この世界の、始まりの三姉妹、なんでしょうかね」
僕の言葉に、オルトナイ様とオルストラ様が目を見開かれました。
聞き流されずに驚かれたところを見ると、たぶん、正解ですね。
昔、日本の漫画にも、人造神を作る、という物語はあったんですよね。
そのときは、母神と姉妹神で『時間・空間・重力』の組み合わせでしたが。
たぶん、世界観を決めたゲームデザイナーの思考をトレースすると、そういう神話を土台として先に作っているんだと思います。
「この世に、まず全ての『可能性』有りき。『存在』として確定せり。『生命』が生まれ出でり。だから、『存在』を司る女神オルテナが『主神』となっている。……それが、この世界の、本来の神話、だったりしますか?」
獣神オルストラ様が、驚きのあまりに僕を凝視しています。
すると、女神オルトナイ様が、急にぷふっ、と噴き出されました。
「驚いたね。きみは本当に何者だ、道化師マクガフィン。その知識は、誰に『与えられた』? ――ご明察だ。きみの語る順番こそが、この世界の成り立ちだ」
ゆえに。
と、オルトナイ様は、ご自分を指し示されます。
「わらわこそが、始まりの長姉。わらわから、この世界は始まっている。……この国の者どもは、わらわを『悪しき女神』と忌避していたようだがね」
「オルトナイ姉様……」
我に返り、オルトナイ様をにらむ獣神オルストラ様。
そんなときに、苦しそうな怒声が聞こえます。
「それが何の話か、真実かは知らぬ。だが、なぜ我らが前に姿を現した? 獣神オルストラ、そして悪神オルトナイとやら!」
ティアマト侍女長です。
やはり、ティアマト侍女長、いやオルベリス王にとって、オルトナイ様は『悪しき女神』なのでしょう。
黙して語らず、その姿をけだるげに見下ろして微笑むばかりのオルトナイ様。
そんな姉女神に対して、名乗り出た方がいらっしゃいました。
獣神、オルストラ様です。
「私は、この世界の神の一柱、獣神オルストラは、貴女を止めに顕現しました! オルトナイ姉様、いえ、混沌神オルトナイ!」