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第22話



「女神オルトナイ……と、呼べば良いのか? それは、我々を元の姿に戻す、ということでいいのか?」


 オルベリス王こと、ティアマト侍女長が気を取り直して、尋ねられます。

 いつの間にか、苦しげな様子が和らいでいるように見えますね。

 ですが、お姿が戻っていないのなら、呪いは解けていない、ということ。


 それが証拠に、オルトナイ様は、ゆっくりと首を振られました。


「元の姿には戻すことはしない。苦痛は取り除いたが。……そこの、聖女の小娘だけは元に戻すのは構わないけれど。それはオルストラのみわざだから、任せよう」


「どういうことですか、オルトナイ姉様?」


「オレは、元の姿に戻れないのか? まだオレの中の呪いは、解けていないように感じるが」


 獣神オルストラ様同様、員数外にされた元騎士団長のガルド様も、獣人女性の姿のままで焦られます。


 はて?

 お元気な様子で猫の首を傾げてらっしゃる、聖女アゼル様とは、実に対照的です。

 たぶん、あの様子だと、アゼル様の中の呪いはすでに解けているんでしょう。


「オルトナイ姉様。姉様の目的は、何なのですか? それは、姉様のおっしゃる『恋』のお相手か何かに、関係することなのでしょうか?」


 妹である獣神オルストラ様の問いかけに、混沌の女神オルトナイ様は、うなずかれました。


「うん。わらわは、そこな道化師マクガフィンとの、『子』が欲しい」


 視線。

 その場の全員の目が、話を振られた僕に集中しました。


 ガン見されております。


「話の、意味がわからん」


「王よ。オレもです」


 当事者であるティアマト様とガルド様が、困惑しきったお顔をされています。

 いや。僕をじっと見られましても。


 僕にも、話がさっぱり見えてないんですけど。


「女神オルトナイ様? ……よろしければ、この愚かな道化師に、お二人を元の姿に戻せない理由を、教えていただけますでしょうか。その、我々にもわかりやすく……?」


「うん? うまく伝わらなかったかな、道化師マクガフィン。それは悲しい」


 オルトナイ様は、にっこりと笑顔を僕に向けられます。

 そして、説明していただきました。


「簡単だよ、道化師マクガフィン。わらわはきみと結ばれ、子が欲しい。――結ばれるだけなら、この顕現体でもできるけれど。子までは作れないからね」


 ごふっ、とティアマト侍女長が、むせかえられました。

 心なしか、お顔がひきつり、青ざめておられます。


「ま、まさか……?」


「そうだよ、この国の王よ。せっかく、お前がわらわの姿になっているのだから、お前の身体で、道化師との子どもを身ごもろうと思うんだ」


 何ということでしょう。

 オルトナイ様は、笑顔で続けられます。


「――何なら、わらわの力を受けている女性の姿と言うことで、そこなオルストラの姿をした獣人でも良い」


 ぶほっ!


 ガルド様が続いて噴き出されました。


「な、なぜ我々が!? 身ごもる!?」


「そ、そうだ女神よ!? わけがわからん! オレたちは『男』だぞ!?」


 お二人の剣幕に、女神様は、きょとりと不思議そうに返されます。


「……? 『男』なんだから、ちょっと身ごもるくらい、良いじゃないか。――大丈夫、さすがに年頃の少女である聖女に、想い人以外で純血を散らせ、とまでは言えないよ」


 だから。

 きみたち元は『男』なんだから、後付けの女性部分の純血散らして身ごもるくらいいいよね、と軽く言わんばかりの。


「いや、あの、姉様……? ご本心、なのですか……?」


「もちろん! 大丈夫、ちょっとわらわの影響下で、感覚や感情を共有するだけだからね。二人がちょっと、そこな道化師を抱きたくなるし、抱かれたくなるだけだよ」


 二人がひざから崩れ落ちました。

 ティアマト侍女長、ガルド様。お気を確かに。


 あまりのお話についていけないのは、話に出されてる僕自身も同じですから。


「まぁ、確かに、そこなガルド自身もつい先日、道化師への礼に『女を教えてやろうか?』と提案したばかりなので、無理だとは思いませんが……」


 真面目に考え込まれる獣神オルストラ様。

 そうですね!? 宿屋でそんな提案も、確かにされましたね!?


「い、いや、獣神様。確かにオレも、自身の女体に興味は無いとは言いませんが。……子を、身ごもるんですか? 男の? オレが!?」


「うん。あと、産んでもらうからね。獣人娘となった、この国の騎士団長よ」


 オルトナイ様の念押しに、ガルド様が両手で頭を抱えて悶えられました。

 両胸がぶるんと揺れているんですけど、猫の姿のアゼル様が必死に隠そうとしておられます。


「どうだい、道化師マクガフィン? 素敵な未来絵図だろう?」


「今、この部屋が地獄絵図になっているのは確かです」


 ティアマト様は、ひたすらに考え、今にも泣きそうな顔でガルド様に命じられました。


「ガルド。今この場で、そこの壁にある剣で、道化を斬り殺せ。余が許可する」


「それしかありませんな、王よ」


 未来が消えそうですね。

 今にも僕の命が無くなりそうです。地獄は僕に訪れたか。


「はっはっは。道化師マクガフィンに危害を加えれば、きみたちの姿は、一生元には戻らないよ? ……無事に子を産めれば、そのときはきみたちの呪いを、完全に解こうとも」


「くっ……! やはり、悪しき女神か……っ!」


 ティアマト侍女長が、渋々とガルド様を制しました。

 突然の僕の死は回避できたようです。


「道化の子は、我が妹、イリースが身ごもる予定だ。それでは不足なのか、女神よ」


「妹の王女は、わらわの影響下にないからね。感覚が共有できないので、意味が無いね」


 ふむ、とオルトナイ様が、一計を提案されます。


「王たるお前が良いのなら、今からでも、妹の王女を呪うこともできるけれど?」


「くっ……させられるわけが無いだろう、そんなこと!」


 ですよね。

 イリース姫が呪われれば、感覚が共有できて子どもも作れて、オルトナイ様も不満は無いと思うんですけど。


 妹姫を溺愛しているオルベリス王としては、そんな呪いはとても受けさせられないと思います。

 イリース様に、どんな苦痛が訪れるかもわかりませんし。


「仕方があるまい。寝室に行くぞ、道化。さっさと身ごもれば済む話だ」


「そんなの風情が無いんで、この場は却下するよ、この国の王。大丈夫、感情を『共有』すると言ったろう?」


 ティアマト侍女長が一瞬、眉根を寄せられます。

 そして、その両目が、戦慄に見開かれました。


 オルトナイ様が、優しく微笑まれながら、ささやかれます。


「わらわのこの道化への恋慕も愛情も、そなたらが『共有』するのだから、問題無いよ。じきに、心の底から、道化師マクガフィンに抱かれたくなって、身ごもりたくなるから」


「問題『しか』無いだろうがっ!」


 珍しくティアマト侍女長ことオルベリス王が、絶望的に絶叫されました。


 苦痛が取り除かれたご様子のティアマト侍女長は、僕を見下ろしながら、おっしゃられました。

 目が全く笑っていない、凄みに満ちた微笑みで。


「光栄に思え、道化。じきに、余を抱かせてやろう。お前の子を産んでやるとも」


 ただしその後、お前の命は無いがな。

 絶対、心の中でそう続けてらっしゃいますよね?


 僕の子孫がこの世に生まれたときが、僕がこの世を去るときのようです。

 なんて最悪な命のバトン。



 僕の命と貞操や、いかに?



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