ほらほらと、タニアは大男を求人の貼り紙の方へ向かわせようと背中を押す。背を押された大男は訳が分からないとでも言いたげな顔をタニアに向けた。
「いや、俺は仕事なんて探してねぇぞ?」
「じゃあなんでここにいるの? もしかして、アタシみたいな女の子をぶっ……」
そこまで言いかけてタニアは自分の口を押さえた。もしもタニアの考えるように良からぬことを考えて大男がここへ来ていたならば、図星を突かれた男がどんな行動を起こすかわからない。余計なことを言ってしまった。タニアはジリっと大男から距離を取り、その顔色を窺う。
「ぶっ? 何だ? まぁいいか……それより嬢ちゃん、ちょっとこっちへ来い」
大男がタニアの腕を掴んだ。タニアは思わず声を上げる。もうなりふり構ってはいられない。
「はっ、離して! こんな人目のある所で人攫いでもするつもりっ! ウチにお金なんてないわよ!」
「はぁ? 一体何を言ってやがる?」
タニアは大男の手を振りほどこうと暴れる。だが、その抵抗も虚しく、そのまま引きづられるようにして連れて行かれる。
「ちょっとここに座ってろ! いいか。騒ぐなよ」
大男は空いていたカウンターの席にタニアを座らせると、隣で接客をしていた女性にタニアを見張っておくように言いおき、自身はカウンターの奥へ消えていった。
「何なのよ。もう」
大男がいなくなると、タニアは先程大男から指示を受けていた女性に話しかけた。
「ねぇねぇ」
「はい? 何でしょう?」
女性は接客中であるにもかかわらず、気さくな笑顔をタニアに向けた。
「あのオジサン、一体何なの?」
タニアの質問に女性がクスクスと笑う。
「オジサン……ですか? あの方は、ここプレースメントセンターの所長ですよ。あんな見た目をしていますが、怖い人ではありませんから安心してくださいね」
女性の答えに接客を受けていた人も、周りにいた人達もクスクスと笑っている。タニアだけが目をパチクリと瞬かせた。
「えっ? えっ? 所長?」
ようやく事態を飲み込んだタニアの驚きに、また周りの人達が笑い声をあげた。どうやらここの人達は皆、所長である大男のことを良く知っているようだ。周囲の視線を集める中、大男がカップを手に戻ってきた。それで建物内にはまた笑い声が巻き起こる。
「おい、ジャックス。その見た目で、また子どもをビビらせたのかぁ」
「その髭面のせいだろ」
「いやいや、その坊主頭のせいだろ」
そんな笑いを含んだ野次が何処からか飛んでくる。