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第11話 決められた結婚相手 4

「そろそろ、広間に行く頃合いですね」


 婚約披露の会場となる大広間では、大勢の貴族たちが好き勝手な噂話を口にしながら、二人を待っていることだろう。夜の社交のデビューもまだ果たしていないリーゼロッテが、婚約者であるベルンハルトのエスコートでその場に姿を現せば、噂話はさらにエスカレートするに違いない。

 自ら、頃合いだと言っておきながら、騒つく貴族たちの前に出て行くのは気が進まない。

 リーゼロッテは頭の中で繰り広げられる想像に、嫌気がさしてしまった。


「ど、どうか、されましたか?」


「いえ。大丈夫です。ただ少し、緊張してしまったようです。わたくし、夜の社交は今夜が初めてなのです」


「そ、そうですか」


「ご迷惑をおかけしたら、申し訳ありません」


 リーゼロッテの先走った謝罪に、ベルンハルトが少したじろいだ気がした。


「私こそ、ふ、不快な思いを、させてしまうかもしれません。その時は、申し訳ありません」


 そしてベルンハルトが口にしたのも、同様に謝罪の言葉。


「不快な思いですか?」


「はい。き、貴族たちの中で、私がどう言われているか、し、知らないわけではないでしょう?」


 ベルンハルトが気にしていたのは、自身にまつわる噂話のことだろう。


「もちろん、存じ上げております」


「ですから、私が相手ということで、い、嫌な思いをされてはと……」


「そのようなもの、気にもなりませんわ。ロイエンタール伯爵も、わたくしが何と言われているか、ご存知でしょう?」


 この髪の色で、魔法が使えないことを見下され嘲笑われてきた。

 広間で嫌な思いをするのは、ベルンハルトの方かもしれない。


「し、知ってはいます」


「ですから、ご迷惑をかけるのは、わたくしの方なのです」


「そんなことは……」


「ふふ。これでは、きりがありませんね。それでは、どちらのせいで嫌な思いをしたとしても、おあいこに致しましょう」


「お、おあいこ?」


「はい。お互い様です」


 ベルンハルトとのやり取りで、リーゼロッテは陰鬱としていた気分が、爽やかに晴れていくのを感じていた。

 自分が貴族たちの見せものになる会はまだ始まってもおらず、無事に社交デビューを果たすことができるのか、ベルンハルトやバルタザールに不快感を与えぬ様な振る舞いができるか、心の中をかき乱していた物事は何も解決していない。

 それなのに、自分のことを見下さす、軽蔑せずに会話を広げてくれるベルンハルトのことが、気になり始めていた。


「クッ。おあいこ、ですか。そのように言ってもらえたのは、初めてです」


 ぎこちなさそうに微笑みを浮かべていた口元が緩み、仮面の下の目元が優しく細められるのが見える。

 きっと、初めて本心から笑ってくれたのだろう。その顔を見て、ついリーゼロッテの顔も綻ぶ。


「わたくしも、そう言って微笑んでもらったのは初めてです」


『お互い様』などと、言い出せる関係の相手など、これまでの人生で数えるほどしか……いや、たった一人しかいない。その一人はそんな風に言えば、恐縮してしまって、話を続けることなどできなくなってしまうのだが。


 魔力のあることが全てのシュレンタットでは、リーゼロッテのことを王族だなどと思っている人間がどれぐらいいるだろうか。馬鹿にしても、見下しても良い相手としか、認識されていないのではないだろうか。

 もちろん、そんな相手の前で殊勝な態度を作り、内心で馬鹿にしていたのだから、それこそ『お互い様』というものだ。


「ロイエンタール伯爵、リーゼロッテ様、そろそろお時間です」


 ベルンハルトと話をしているうちに和らいでいった陰鬱な気分は、侍女が呼びに来た言葉で再び心を覆い尽くす。

 引きつったリーゼロッテの顔を見たベルンハルトが、口元で穏やかに微笑む。先程とは違い、本心からの笑みではない。リーゼロッテだけに見せる、ぎこちない顔でもない。

 温室で初めて見かけた時の様な、バルタザールの私室で見た様な、隙のない笑顔。


(この方は、仮面の下にも仮面をつけているんだわ)


「リーゼロッテ王女、さ、参りましょう」


「えぇ」


 ベルンハルトを見習って、笑顔を作り上げる。

 気の重くなる見せもの会場へと、足並みを揃えて向かう。

 隣にベルンハルトがいてくれてよかったと、右側に温かな安心感を感じながら、リーゼロッテは広間に続く廊下を進んでいった。

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