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第1話

「遅かったな」


 教室に戻ったかりなを出迎えたのはそんな言葉だった。


「代わりに取りに行ってあげた人に向かっていう言葉? それが」

「誰も取りに行ってくれとは言っていない。勝手に代わっただけだろ?」

「あんた動かないじゃん。取りに行くの待ってたら最終下校時刻になるし」

「帰るついでだろ? なんの不満がある?」

「早く読みたいから学校に配達指定したんでしょうが!」

「そう思うのならさっさと渡せ」


 そんな気だるげで尊大な態度をとる生徒が飯島星波だ。


「……………………………………」


 机に突っ伏したままの星波は、左頬を机にくっ付けたままかりなを見上げている。


「…………………………………………」


 どこか挑戦的な笑みを浮かべている。


「…………………………………………………」


 渡せと言っている割には、腕はだらんと下に落ちている。


「………………………………………………………………」

「ありがとう」

「はい」


 ようやく礼を言った星波の右頬の上に本を置く。


 それからたっぷり時間を使って本を持った星波がこれまたたっぷり時間をかけて体を起こした。


「私の綺麗な顔に嫉妬するな」

「遅いなあ!」


 その言葉の通り星波は自他共に認める美人だ。だが、面倒臭がり故に髪は伸びっぱなしでボサボサ。かりなが毎朝櫛で梳いているが放課後になればいつもこうだ。それでも、すれ違う男子生徒はほぼ全員、女子生徒の大半も憧れの目を向けるぐらい美人だ。


「仕方がないだろ。私はお前と違って手足が長く身長が高い。その分体を動かすのに時間がかかる」


「誰が短足だ!」

「それはさておき――」


 かりなのツッコミを否定せず、星波は分厚い本をパラパラ。


「私はお菓子が食べたいんだ」

「まさか作るの⁉」

「私の幼馴染が聞いて呆れる。そんな訳あるか。作るぐらいなら私は買う」

「一言多いんだよなあ」

「だから見るんだ」

「言葉足らず……」

「わがままだな、山根」

「その一言はいらない」


 的確に打ち返してくれるかりなにご満悦の星波はあるページで手を止める。


「私はお菓子を食べたい。だからこの本を買った。ほら、見ろ」


 星波が指さしたのはとあるページ。


「ガイヤニーズ・ミルク・ファッジ……?」

「そう。このガイヤニーズ・ミルク・ファッジは、ギアナのお菓子と書いてある」

「ギアナってどこ?」

「はあ、そこからか……」


 星波はこう見えて成績優秀だし、知識もかなり持っている。ギアナというのはどういう国なのか知っているはず。ちなみにやる気が無いくせに成績優秀という嫌味みたいなところが問題児扱いされている一端でもある。


「ギアナはあれだ、あれ。自分で調べろ。多分かなり遠い」

「知らないんかい‼」


 なにかを叩きつける仕草をとるかりなである。


「ツッコみご苦労。たしか南米にあるフランス領だったような気がする。数年前調べたっきりだからあっているかは知らん。それはさておき、このお菓子どう思う?」

「どうって――」


 かりなはガイヤニーズ・ミルク・ファッジが載っているページを見る。


 そこにはキャラメル色のお菓子があった。


 説明にはファッジというお菓子で、キャンディやキャラメルに近く、でもキャンディのように硬くなく、キャラメルのように歯につく食感もない、サクッとしていて口の中でとろけるお菓子らしい。


「四角くて色が二層あって……美味しそう」

「そうだろ? そうなんだよ、美味しそうなんだ。私はこういうお菓子を食べたい。故のこの本だ」

「ええ? どういうこと? さっきからいまいち理解できないんだけど」


 かりなの言葉に、仕方ないな、と言いたげなリアクションをとった星波は言う。


「私は世界各国の美味しいお菓子を食べたいと思った。だが、買いに行くのは面倒だし、物によっては売っていなかったりする。だったら作ればいいんだが、それも面倒だ。そこで私は考えたんだ。こうして世界各国のお菓子が載っている本を見て、味を想像する。そうすれば、私は手間をかけずに世界各国のお菓子を味わうことができる。どうだ? 天才的だろう?」

「いや馬鹿だろ」

「馬鹿は山根かりな、お前だ」

「誰が馬鹿じゃい」


 般若の面でも着けたのか、怖い顔をするかりなに、頬に汗を流した星波は早口で言う。


「よく見ろ。ここに材料が書いてあるだろ? エバミルクにコンデンスミルク、砂糖に水と無塩バター、最後にバニラエッセンスだ。だいたいの味は想像できる」

「いや無理だろ」

「なにも本場の味にならなくてもいい。なぜなら、私はこんなにも見た目と頭が良くても、ただの一般家庭出身の高校生だ。バイトもしていない。本場の味を味わえる機会なんて無いんだ。そもそも金と時間があっても面倒だから出かける気にはならない。だから大切なのは正確な味ではなく、イメージなんだ」


 なんだかそれっぽいことを言われると、星波の言う通りだと思ってしまう。確かに星波の言う通り、どうせ本場の味を知る機会は殆ど無い。あればそれでラッキー程度に考えていればいい。それなら、イメージを大切にするべきだと。


「確かに……そんな気がする」

「だったらその握った拳を開け、おいやめろ暴力は流行らんぞやめろやめろ痛いっ」


 しっかりと、かりなのゲンコツをくらった星波である。

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