「――ということで、私は写真からそのお菓子の味を想像することで満足することにした」
しっかりと頭にたんこぶを作った星波が言い切る。
「はあ……まあ……いいんじゃないの?」
よく考えたら、別にこれに関しては誰にも迷惑はかからない。迷惑がかからず、星波の欲求が満たされるのなら問題は無い。
「そうだろ? 私は天才だからな」
「はいはい。それで、味の想像はできた?」
「お前がうるさくてまだ想像はできていない」
「いちいち口悪いんだよなあ……」
言い方は悪いが、星波の言う通りなため、かりなはちょっと愚痴るだけに留め、隣の席に座って星波を観察する。
星波は本をしばらく見つめると目を閉じる。恐らく味の想像をしているのだろう。
目を閉じている間、かりなは他に生徒がいない教室をぐるっと見渡して時計に目を向けた。もう他に生徒がいないということで時刻は終礼後かなり過ぎている。まだ最終下校時刻は近づいていないが、今日の星波は機嫌が良い。もしかすると今日はもう帰られるかもしれない。
「美味しいな」
「あ、終わった?」
「終わったぞ。なかなか良い味だった。ゆっくり歯が入り、コンデンスミルクの濃厚な甘みにバニラの香りが鼻を突き抜ける。まあ、砂糖をかなり使っているからそう何個も食べられない味だったがな」
「あっそう」
「どうだ、お前も食べるか?」
「わたしにはそんな想像力無いから……」
「そうか、残念だ」
そう言う星波の顔は本当に残念そうだった。そんな顔を見せられるとやってみない訳にはいかない。
渋々、かりなは星波から本を取り上げ、同じページを見て想像する。
「――お腹減ってきた」
「悪いが水しか持っていない」
「いらない」
「だろうな」
星波のようにはできない。味もよく想像できないし、なにより美味しそうなお菓子を見てお腹が空いてきた。
「お腹空いたから帰ろうよ」
「そうだな、じゃあその準備を今から始める」
「できてなかったのお⁉」
取り上げた本を振りかぶる。
「おい待てやめろそれはシャレにならない」
「――っは⁉ わたしはなにを⁉」
それは無自覚の行動だったらしい。
無自覚に鈍器で殴られるのはおかしいし恐怖しか無い、さすがの星波も腕で頭を守っていた。
「おい返せ。お前に物を持たせるのはやはり危ないな」
「いやあごめんごめん」
大人しく本を返すかりなである。
「結局いつも通りかあ」
椅子に座り、机に伏せるかりなに星波が言う。
「その席は男子の席だぞ。突っ伏すのはやめておけ。あいつらは嗅覚が異常に良いからな、女子の匂いにすぐさま反応する。学校一美人の私が言うんだ間違いない」
饒舌だが体は全く動いていない。
「学校一かどうかは知らないけど――」
「お前は私以上の美人をこの学校で見たことがあるのか?」
「無いけど……」
「じゃあそこは黙って肯定するところだろう?」
「面倒臭いなあ」
「私は面倒臭いが美人の皮を被った存在だ。それは既知の事実のはずだ」
「初耳だよ‼」
バンっと机を叩いて体を起こしたかりなを見て、満足気に鼻から息を吐く星波に心底面倒そうな目を向ける。
「購買行ってくる」
「私はなんでもいいぞ」
「なんで買ってきてもらう前提なの……?」
「財布なら鞄に入っている。持って行け」
「えぇ……後で払ってもらうからいいよ」
「そうか。じゃあ楽しみにしておこう」
その言葉に手を振って答え、かりなは購買部へと向かう。
その後、一人残されたかりなは、一人は暇だなと思い、ようやく体を起こしたが、この状況なら教室の鍵を閉めて返すのは自分だということに気づいて再び机に突っ伏す。
「かりな、早く帰ってこい……」