――ど、どうする?
ゲームなら逃げますか?
はい、いいえ
の選択を迫られている状況だ。
よし決めた、逃げよう。
「ま、待て!! 逃げなくても良い!!」
「えっ??」
「ここは魔人の国じゃ。おぬしは、魔人の国では恩人じゃ」
「えっ??」
「ずっと、さがしておったのじゃ」
「えっ??」
さっきから僕は「えっ??」しか言っていない。
「ふふふ、おぬしのおかげで、五年前の戦争が大勝利に終わった。すべてはおぬしが逃げてくれたおかげじゃ」
いやなおかげもあったもんだ。
「あの、他の勇者は?」
「ああ、人間達の国で生きておるぞ。だが奴らは勇者としては三流じゃ。普通は一流が一人はいるもんじゃがのー、あの時は外ればかりをひいたようじゃて、ひゃははは」
「ほっ、そうですか」
「ひゃははは、敵前逃亡をしておいて他の勇者を心配しておったのか」
「くっ」
僕は何も言い返せなかった。僕ごとき敵前逃亡者が心配するなんて失礼な話だ。
僕はこの世界では、一生敵前逃亡を背負って生きて行かないといけないようだ。
まあ、それだけの事をしてしまったんだから仕方が無い。
この世界での残りの余生までカスみたいな人生が待っているみたいだ。
しょんぼりだ。
「しかし、服がボロボロじゃのう。体からのにおいも酷い」
「そうですか」
僕は自分のにおいを嗅いでみた。すこし、鰹だしのようなにおいがする。
でも、そんなに臭いとは思わなかった。
服だって、警備員の服は丈夫で、結構まともだと思う。
「ふふふ、どうじゃ。ついて来て体でも洗わぬか。食事の用意もしてやろう」
「いいえ、僕は笑いものになどなりたく有りません。町からは出て行きます」
「なるほど、気の毒にのう。じゃが、人間の国に帰れば国賊じゃ、すぐに死刑になるじゃろうて。魔人の国では生きては行けるが敵前逃亡のレッテルは仕方が無いじゃろうなあ」
くそう、どうしよう。又2択だ。
今度は笑いものとして、生き恥をさらして魔人の国で暮らすのか。
一人さみしく森で又暮らすのかだ。
「ところで、おぬしは何処に隠れておったのじゃ。人間達が目の色を変えて探しておったのに」
「ああ、森です。ここからずっと北の森の中です」
「なにっ!! 森じゃと!!」
「は、はい。まさか禁足地だったのですか」
「いや、あの森は神獣の森じゃ。高い断崖絶壁で人界とへだたれ、入ったが最後出られた者はいないという場所じゃ」
「ええっ!! 知らなかった。あの巨大な滝はそういうことだったのか」
「なに、あの壁をのぼったのか? そして神獣の森から帰ってきたのか? 信じられん! 神獣の王には出会わなかったのか?」
質問が多いなあ。
「壁は、苦も無く上れました。神獣の王は知りません、どんな姿ですか」
「巨大な鹿の姿をしている。人間を見れば襲って来て殺してしまう。おそろしい存在じゃ」
そんな噂がある時点で、誰かが森に入って、神獣王に会っているということじゃないか。
だれも生きて返った者がいないなんて。
都市伝説みたいなものか。
――あっ!
思い出した。
でかい鹿なら殺して食べた。
まさかあれが、神獣の王なのか。
でも、あいつ、ものすごい勢いで僕から逃げていたぞ。
僕を襲うなんてこともなかった。違うよなあ。鹿違いだ。
「その鹿って、あの城壁の入り口くらいの大きさの鹿ですか?」
「おお、そうじゃ。まさしく、その位の大きさじゃ」
「それなら、殺して食べました」
「なに! 食べたじゃとーぉ!!!! わしは若い頃に魔王の命令で、2000人であの森に入って、命からがら逃げて来たのじゃが。あの神獣王から逃げるだけでも苦労した。森から生きてもどれた者は200人を切っていた。それを殺して食べたじゃと……」
あのでかい鹿が神獣王だってー。
たしかに美味かったけど。
神獣王。
「食べました。神獣王を殺したら、やっぱりまずいですよね」
「神獣王がまずかったのか?」
ち、ちがう、ちがう。うまかった。
そう言う意味じゃない。
あっ、でも、この言い方なら、まずくはなさそうだ。
「いえ、神獣王の肉は恐ろしくうまかった」
「ふーーむ、おぬし、少しついて来てくれんか。その剣はわしが預かろう。目立つからな」
白髪の体のでかい兵士は僕の剣を持ち、逆に自分の剣を渡してくれた。
城壁の入り口に近づくと、門番がうやうやしく頭を下げた。
ひょっとすると、この兵士すこしは偉いのか?
町の中の立派な家の門の前に着いた。
中から美しい女性が走って来た。
「お爺さま、また、護衛も付けずに帰って来たのですか?」
美女は、嫌な者を見るように僕を見た。さげすむような目だ。
「ははは、この国にはわしを護衛できる者など10人もおらんじゃろうて」
やべー、このじいさん、結構お偉いさんだ。
孫の美人の服が高価そうだ。
絶対身分が高い。
「これを見てくれ」
大きな屋敷の門を入ると、屋敷の前に巨大な岩があり、そこに漆黒の剣が刺さっている。
「すごい剣ですねえ」
「ふふふ、エルナゴルグ製の剣じゃ。これが抜けるか。やってみてくれ」
うわーー!! アニメで見た事がある。
この剣を抜いた者が勇者だーーって奴だ。
うんっ!? 僕はもう勇者ですけど。
「やってみましょう」
まあ、いやな予感しかしない。
僕は剣を両手で持った。
少しだけ力を入れてみた。
――うわっ!!
動いた、少しだけ動いた。
こりゃあ、力を入れたら抜ける。
でも、抜いたら駄目な気がする。
「こ、これは、無理です。全然動きません」
「いま、少し動かんかったか?」
くーーっ、このじいさん鋭い。
「まままま、まさか、ぜぜぜ、全然動きませんよーー」
「ふむ、やはりそうか。この剣は先代魔王が突き刺した剣じゃ。この剣を抜いた者を魔王とすると言うのが遺言じゃった。この世界には10本だけこの剣があるのじゃ」
よかったーー!!
もし抜いたら、大変な事になっていた。
「いやあ、すごい力で刺さっています。抜くのはだれにも無理でしょうね」
「ふむ、そうか」
爺さんが僕の勇者の剣を抜いた。
何をする気だ。
「きえーーーぇぇぇーーーー!!!!」
僕の剣で、岩を切りつけた。
何をするんだ、このじいさん。正気か?
「ふむ、刃こぼれ一つせんとは恐ろしい剣じゃ。だがさすがに切れんようじゃのう」
「いやいやいや、この剣はすごいですよ。こんな岩ていど、楽々切ることが出来ますよ」
「な、なんじゃと」
「貸して下さい」
僕は剣をじいさんの手からもぎ取ると、無言で岩を切りつけた。
「うおおおおおおおおおぉぉぉーーーーー!!!!!」
「きゃああああああああぁぁぁーーーーー!!!!!」
じいさんと、美人の孫が悲鳴をあげた。