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0004 二剣流。

大きな岩が斜めに切れて自重でずれて、そのまま地面に落ちた。

さすがに勇者の剣だ、切り口がピカピカで鏡のように輝いている。


「ふふふ、それだけではありませんよ」


僕は森の中で、ずっとこの勇者の剣で素振りだけをしてきたわけではない。

そう、正拳突きもずっと鍛錬してきた。

この程度の岩なら一撃で粉々にできる。

僕は、無言で一撃を加えた。


「うおおおおおおおおおぉぉぉーーーーー!!!!!」

「きゃああああああああぁぁぁーーーーー!!!!!」


じいさんと美人のお孫さんがまた悲鳴を上げた。

森の岩より柔らかいから粉々に吹飛んだ。

ちょっと、やり過ぎたかな?

まあ、久しぶりの人前だ。はしゃぐのは許してもらいたい。


「ななな、なんということじゃ。けけ、剣が、剣が」


し、しまったーー。

エルナんとか製の剣の存在を忘れていた。

探したら、少し離れた所に吹飛んで小石の下敷きになっていた。


「す、すみません。ありました。傷もついていないみたいです」


じいさんに剣を返した。

じいさんは剣を重そうにしてうけとった。


「ルドジュラール、館にもどって鞘を持って来ておくれ」


美人のお孫さんが走って館の中に消えた。


「お孫さん、長い名前だねえ。美しいお孫さんだ」


僕はガラにも無くお世辞を言ってみた。


「お、おぬし、おぬしは、わしの想像のすべて斜め上をいっておるのう」


うん、すっかり無視された。


「は、はあ」


「この剣は振れるのか?」


「たぶん振れますよ」


僕は森でやるように、素振りをしてみた。

別に苦も無く振れた。

なんなら勇者の剣より重くてしっくりくる。

ビュンビュンいわせて、調子よく振って見せた。


「す、すごい。お、おぬし、すごすぎるぞーーーー!!!!!!」


じいさんが目を輝かせて叫んだ。


「えっ? えっ?」


僕はじいさんが何をそんなに興奮しているのか意味がわからない。


「ふふふ、意味がわからぬと言う顔じゃのう。この剣は先代魔王様の魔力が大量に注ぎ込まれておる。普通の者には振ることなど出来ぬのじゃ」


「そ、そうなのか」


「どうぞ、お爺さま」


ルドジュラールさんが剣の鞘を持って来て、じいさんに手渡した。

じいさんは漆黒の剣を鞘に収めた。


「ふふふ、この剣はお前さんの物じゃ」


「えっーー!!」


「ふふふ、その剣はおぬし以外には誰にも振ることは出来んじゃろうて。それにまだ、この国には9本残っておる。心配せずにもらってくれ」


「でも、僕には勇者の剣があるしなあ。重いし、いらないよ。屋敷の部屋にでもかざっておいてください」


「はーーっ、なにをいうエルナゴルグ製の剣じゃぞ。そうじゃ、両手で使えば良いではないか。そうじゃ、両手で使うのじゃ」


「なんだって、両手」


2刀流、いや2剣流。

ちょっと面白そうだ。

僕は剣を両手に持ってみた。


うんっ、漆黒の剣が重くてバランスが悪い。

漆黒の剣の方に体が傾いてしまう。

でも、回転するとそのバランスの悪さで、あまり力を使わずに体を動かせる。


「なるほど、回転こまのようにすれば効率が良いのか。これはいい」


僕は調子にのって、ビュンビュン回転した。


「まて、まて、待てぇーー!!」


じいさんがあわてている。


「んん、どうしました?」


「ほれ」


じいさんが美人のルドジュラールさんを見ろと視線を動かす。

ルドジュラールさんの服がスパスパ切れて大変な事になっている。


「うわあっ、お怪我はありませんか?」


僕が言うと。


「だ、大丈夫です」


ルドジュラールさんがハアハア言いながら、見えてはいけないところを隠している。


「き、着替えて来なさい」


「はい」


ルドジュラールさんは再び館の中に消えた。


「おぬし、それだけ出来て、なぜ敵前逃亡などしたのじゃ」


「えっ!?」


「おぬしは強いぞ」


「えっ??」


「強いと言っておるのじゃ。おそらく、当たりの勇者がおぬしだったのじゃ」


「僕が強い。そんなばかな。いやいや、そんなことはありません。絶対弱いですよ」


「なるほどのう。おぬしには自信がないのじゃな。どうしたものか。弱いくせに自信たっぷりも困るが、強いのにこうも自信が無くても困ったものじゃ」


「お爺さま、もどりました」


「ふむ、さすがはルドジュラールじゃ。わかっておるのう。ちと耳をかせ」


じいさんは、そういうとルドジュラールさんの耳元に小さな声で言った。

戻って来たルドジュラールさんは、ドレスから動きやすそうな服に替わっていた。


「ルドジュラールよ。あの男は強い、魔王の剣は抜いておらぬが、恐らく抜けるじゃろう。さっきはわざと抜かなかったはずじゃ」


こんどはルドジュラールさんが、じいさんの耳に小さなこえでささやいた。


「では、……」


ルドジュラールさんの声は小さすぎて聞き取れなかった。


「その通りじゃ。じゃから、絶対あの男から離れてはいかんぞ」


「はい、お爺さま」


二人が、鋭い目つきで僕を見ている。

そして不気味にニヤリと笑った。

おそろしい。

いったい秘密で何を話したのだろうか。


「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」


ルドジュラールさんが上目遣いで聞いて来た。

うん、可愛い。

でも、この子いくつくらいだ。

二十六歳くらいかなあ。

女性に歳は聞けないしなあ。


「あのぉー、お名前を」


ルドジュラールさんがふたたび聞いて来た。

僕の本名は鉄……。

たしか、なにかのアニメで鉄はデミルというと聞いた事がある。


「僕の名前はデミルです」


「デ、デミル様ですか。とても良い名前ですわ」


「私の名前はルドジュラールです」


「あの、長いので、ジュラさんと呼んでもよろしいですか?」


「は、はい」


うーーん、なんだろう。

鼻の穴がピクピクしている。

喜んでいるのかなあ。

それとも嫌だけど我慢しているのかなあ。

女性のことは全然わからねーー。


「ふふふ、デミルよ。実はのう、五年前の戦争では、おぬしの部隊の前にいたのはわしの部隊じゃった」


まてまて。

僕は記憶をたどってみた。

五年前、僕に襲いかかってきた恐ろしい魔人を思い出した。

角の生えた恐ろしい男達だった。


「角が無いですね」


「角じゃと。ははは、これのことか」


爺さんは巨大な角のついた兜をかぶった。


「ああっ!! 思い出した。そのでかい角の男が先頭だった」


その男達が恐くて僕は一目散に森へ逃げたんだ。


「お前さんが森へ逃げたおかげで、左翼が総崩れになった。わしは大きな功績を上げることができたのじゃ。おかげでこの領地を恩賞でもらった。どうじゃ、わしがデミルに感謝し食事にさそう正当な理由があるじゃろう」


「うーーん」


「何を考え込むことがある」


「僕は、底辺出身です。食事の作法がわかりません」


「そ、そんなことか。そんなことで悩んでおったのか。作法など気にする必要はない。なんなら、わしとルドジュラールの3人で食べよう。これならよいじゃろう」


「うーーん、まあそれなら……」


なんで、こんなに僕と食事がしたいのかはわからないけど、ここまで好意的に誘われたら断りきれなかった。

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