大きな岩が斜めに切れて自重でずれて、そのまま地面に落ちた。
さすがに勇者の剣だ、切り口がピカピカで鏡のように輝いている。
「ふふふ、それだけではありませんよ」
僕は森の中で、ずっとこの勇者の剣で素振りだけをしてきたわけではない。
そう、正拳突きもずっと鍛錬してきた。
この程度の岩なら一撃で粉々にできる。
僕は、無言で一撃を加えた。
「うおおおおおおおおおぉぉぉーーーーー!!!!!」
「きゃああああああああぁぁぁーーーーー!!!!!」
じいさんと美人のお孫さんがまた悲鳴を上げた。
森の岩より柔らかいから粉々に吹飛んだ。
ちょっと、やり過ぎたかな?
まあ、久しぶりの人前だ。はしゃぐのは許してもらいたい。
「ななな、なんということじゃ。けけ、剣が、剣が」
し、しまったーー。
エルナんとか製の剣の存在を忘れていた。
探したら、少し離れた所に吹飛んで小石の下敷きになっていた。
「す、すみません。ありました。傷もついていないみたいです」
じいさんに剣を返した。
じいさんは剣を重そうにしてうけとった。
「ルドジュラール、館にもどって鞘を持って来ておくれ」
美人のお孫さんが走って館の中に消えた。
「お孫さん、長い名前だねえ。美しいお孫さんだ」
僕はガラにも無くお世辞を言ってみた。
「お、おぬし、おぬしは、わしの想像のすべて斜め上をいっておるのう」
うん、すっかり無視された。
「は、はあ」
「この剣は振れるのか?」
「たぶん振れますよ」
僕は森でやるように、素振りをしてみた。
別に苦も無く振れた。
なんなら勇者の剣より重くてしっくりくる。
ビュンビュンいわせて、調子よく振って見せた。
「す、すごい。お、おぬし、すごすぎるぞーーーー!!!!!!」
じいさんが目を輝かせて叫んだ。
「えっ? えっ?」
僕はじいさんが何をそんなに興奮しているのか意味がわからない。
「ふふふ、意味がわからぬと言う顔じゃのう。この剣は先代魔王様の魔力が大量に注ぎ込まれておる。普通の者には振ることなど出来ぬのじゃ」
「そ、そうなのか」
「どうぞ、お爺さま」
ルドジュラールさんが剣の鞘を持って来て、じいさんに手渡した。
じいさんは漆黒の剣を鞘に収めた。
「ふふふ、この剣はお前さんの物じゃ」
「えっーー!!」
「ふふふ、その剣はおぬし以外には誰にも振ることは出来んじゃろうて。それにまだ、この国には9本残っておる。心配せずにもらってくれ」
「でも、僕には勇者の剣があるしなあ。重いし、いらないよ。屋敷の部屋にでもかざっておいてください」
「はーーっ、なにをいうエルナゴルグ製の剣じゃぞ。そうじゃ、両手で使えば良いではないか。そうじゃ、両手で使うのじゃ」
「なんだって、両手」
2刀流、いや2剣流。
ちょっと面白そうだ。
僕は剣を両手に持ってみた。
うんっ、漆黒の剣が重くてバランスが悪い。
漆黒の剣の方に体が傾いてしまう。
でも、回転するとそのバランスの悪さで、あまり力を使わずに体を動かせる。
「なるほど、回転こまのようにすれば効率が良いのか。これはいい」
僕は調子にのって、ビュンビュン回転した。
「まて、まて、待てぇーー!!」
じいさんがあわてている。
「んん、どうしました?」
「ほれ」
じいさんが美人のルドジュラールさんを見ろと視線を動かす。
ルドジュラールさんの服がスパスパ切れて大変な事になっている。
「うわあっ、お怪我はありませんか?」
僕が言うと。
「だ、大丈夫です」
ルドジュラールさんがハアハア言いながら、見えてはいけないところを隠している。
「き、着替えて来なさい」
「はい」
ルドジュラールさんは再び館の中に消えた。
「おぬし、それだけ出来て、なぜ敵前逃亡などしたのじゃ」
「えっ!?」
「おぬしは強いぞ」
「えっ??」
「強いと言っておるのじゃ。おそらく、当たりの勇者がおぬしだったのじゃ」
「僕が強い。そんなばかな。いやいや、そんなことはありません。絶対弱いですよ」
「なるほどのう。おぬしには自信がないのじゃな。どうしたものか。弱いくせに自信たっぷりも困るが、強いのにこうも自信が無くても困ったものじゃ」
「お爺さま、もどりました」
「ふむ、さすがはルドジュラールじゃ。わかっておるのう。ちと耳をかせ」
じいさんは、そういうとルドジュラールさんの耳元に小さな声で言った。
戻って来たルドジュラールさんは、ドレスから動きやすそうな服に替わっていた。
「ルドジュラールよ。あの男は強い、魔王の剣は抜いておらぬが、恐らく抜けるじゃろう。さっきはわざと抜かなかったはずじゃ」
こんどはルドジュラールさんが、じいさんの耳に小さなこえでささやいた。
「では、……」
ルドジュラールさんの声は小さすぎて聞き取れなかった。
「その通りじゃ。じゃから、絶対あの男から離れてはいかんぞ」
「はい、お爺さま」
二人が、鋭い目つきで僕を見ている。
そして不気味にニヤリと笑った。
おそろしい。
いったい秘密で何を話したのだろうか。
「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
ルドジュラールさんが上目遣いで聞いて来た。
うん、可愛い。
でも、この子いくつくらいだ。
二十六歳くらいかなあ。
女性に歳は聞けないしなあ。
「あのぉー、お名前を」
ルドジュラールさんがふたたび聞いて来た。
僕の本名は鉄……。
たしか、なにかのアニメで鉄はデミルというと聞いた事がある。
「僕の名前はデミルです」
「デ、デミル様ですか。とても良い名前ですわ」
「私の名前はルドジュラールです」
「あの、長いので、ジュラさんと呼んでもよろしいですか?」
「は、はい」
うーーん、なんだろう。
鼻の穴がピクピクしている。
喜んでいるのかなあ。
それとも嫌だけど我慢しているのかなあ。
女性のことは全然わからねーー。
「ふふふ、デミルよ。実はのう、五年前の戦争では、おぬしの部隊の前にいたのはわしの部隊じゃった」
まてまて。
僕は記憶をたどってみた。
五年前、僕に襲いかかってきた恐ろしい魔人を思い出した。
角の生えた恐ろしい男達だった。
「角が無いですね」
「角じゃと。ははは、これのことか」
爺さんは巨大な角のついた兜をかぶった。
「ああっ!! 思い出した。そのでかい角の男が先頭だった」
その男達が恐くて僕は一目散に森へ逃げたんだ。
「お前さんが森へ逃げたおかげで、左翼が総崩れになった。わしは大きな功績を上げることができたのじゃ。おかげでこの領地を恩賞でもらった。どうじゃ、わしがデミルに感謝し食事にさそう正当な理由があるじゃろう」
「うーーん」
「何を考え込むことがある」
「僕は、底辺出身です。食事の作法がわかりません」
「そ、そんなことか。そんなことで悩んでおったのか。作法など気にする必要はない。なんなら、わしとルドジュラールの3人で食べよう。これならよいじゃろう」
「うーーん、まあそれなら……」
なんで、こんなに僕と食事がしたいのかはわからないけど、ここまで好意的に誘われたら断りきれなかった。