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0005 五年ぶりのお風呂

「デミル様こちらです」


ジュラさんに案内されるままお屋敷に入った。

立派なお屋敷だった。

中ではメイドさんが二列に整列してむかえてくれた。20人程度はいそうだ。

贅沢な暮らしぶりだ。

領主様がこんなに贅沢をしているということは、庶民は重税で苦しい生活をしているのだろうなと、考えがそちらの方を向いてしまう。


「ステラ、お客様をお風呂に案内して下さい。お召し物の洗濯も御願いします」


「はい、ルド様」


ルドジュラールさんは、ジュラでは無くルド様と呼ばれているようだ。


「お客様、こちらへ」


「ステラ、大切なお客様じゃ。粗相のないようにな」


「はい、旦那様」


「うむ、頼むぞ」


じいさんとジュラさんは、扉の中に入っていった。


「ああ、お客様、お着替えをご用意します。少しお待ち下さい」


「は、はい」


僕は玄関ロビーで、一人にされてしまった。


「きゃーーっ!! お爺さま、デミル様はすごすぎます。あのようなお方初めて見ましたわ」


扉の向こうから声がする。

ジュラさんの声だ。

もう、お風呂に行ったと思っているのだろうか。

――すごすぎる??

臭すぎるということか。それとも、このボサボサの髪か?

長いヒゲのことかなあ。


「まあ、ルドジュラールや、落ち着きなさい。お前がそんな風になるとはのう。めずらしいこともあるものじゃ。とりあえず話はあの男が風呂から帰った後じゃ。くさすぎたからのう」


やっぱりか。すごすぎるのは、においのようだ。

そんなにくさいかなあ。

ひょっとしたら!? マタから変なにおいがしているのかと思って、ズボンに顔を近づけてにおいを嗅いでみた。

そんなにくさくはなかった。これでも月に一度くらいは川で体を洗っている。

そんなにくさいわけが無い。


「こ。こほん」


なんてタイミングだ。

ステラさんが後ろに戻っていた。

マタのにおいを、クンカクンカしている所を見られた。


「ああ、すいません。ちょっと、かゆかったものですから」


「ひっ!」


あーなんか言い訳をしようとして間違えたみたいだ。

ステラさんの顔が、生ゴミを見るような顔になった。


「ああ、なんかすみません」


僕は、とりあえずあやまっておいた。


「汚物様。あっ!? お客様、こ、こちらへ」


おぉーーい、このメイドさん。

よりにもよって、お客様を汚物様と言い間違えたぞーー!!


「どうぞ」


お風呂場の入り口だろう、湿度が高い。

案内された所は着替えの場所のようだ。

メイドさんが4人ほどいる。


「あのぉー」


「はい??」


「一人にしてもらえませんか。僕は庶民なので見られていては服が脱げません」


「あ、あの、お気になさらなくても大丈夫です。私達は召使いです」


うーーむ、おっしゃる事の意味がわかりません。

ひょっとして貴族は召使いを、人間扱いしていないのだろうか。

思い出した、そんなアニメを見たことがある。


「いいえ、だめです。僕から見たら皆さんはとても美しい女性です。恥ずかしくて服がぬげません。出ていってください」


「まあ、は、はい」


全員が美しい女性と言われてうれしかったのか、柔らかい笑顔で部屋を出て行ってくれた。

まあ、お世辞ではない。本当の事だ。

お金持ちの家のメイドさんだからだろう、全員整った顔をしていた。

お風呂は、そこまで大きくはなかった。

定員6人といったところだ。


「おお、せっけんだ」


僕は五年ぶりのお風呂だ。

せっけんも五年ぶりだ。

頭からお湯をかけて、せっけんを取ろうとした。

なんだか、柔らかい物に手があたった。

僕は目を閉じているので、それが何なのかわからない。


「あんっ」


女性の声だ。

色っぽい。

って、何処をさわったんだーー??

じゃなくてーー!!


「何をしているのですかぁーー!!!! 1人にしてくださーーい!!」


「ですが、お客様の体を流すのは召使いの勤めでございます」


4人ぐらいの声がする。

さっきの手の感触だと、裸のような気がする。

ちょっと、気になって薄めを開けた。


「いててて。いたたたたあぁぁーーー!!!!」


髪から流れるお湯が汚すぎるのか、目に入って痛すぎる。

もう、これは目潰し攻撃だよ。

目を開けるどころか、固くつむるしか出来なかった。


「ど、どうなされました」


どのメイドさんか、わからないけど体が触っている。


「もう、本当にいいですから。出ていって下さーーい」


僕は少し恥ずかしさもあって、大きな声が出てしまった。


「は、はい」


なぜか、メイドさんは素直だった。


「すごいですわ。合格ですわ。ルド様と旦那様にすぐ報告しないと。色仕掛けが全く効きませんでしたと」

「目すら固く閉ざしていたとお伝えしませんと」

「でも、小さかったですわ」

「そうですわね。あれでは」


おーーい、全部聞こえているぞーー。

ちょっとまてー、最後が気になる。

「あれでは」ってなんだよ。あれでは、なんなんだよーー!!


石けんを髪にこすりつけたが泡立たない。

泡立たないままお湯をかけると、真っ黒なお湯が足元を通り過ぎる。

すげーー、こんな真っ黒なお湯見た事がねえ。

僕は、流れていく黒いお湯が愛おしくなった。

両足で流れるお湯をせき止めてみた。

真っ黒なお湯が、素足の間にダムのようにたまっている。

これが、僕の五年間の髪の汚れかー。


「くっくっくっくっくっ」


お風呂の入り口にひょっこり頭が4つのぞいている。

その全員が肩を揺らしている。

時々見える肩は何も着ていないようだ。

はぁーーっ、まさか見られていたとは。

これも、じいさんとジュラさんに報告されるのかな。

足でせき止めた真っ黒なお湯を流すと、髪を洗う方に集中した。

2回目も泡立たなかった。

3回目でやっと泡が出て来た。




お風呂を出ると、作業着のような服を渡してくれた。

僕の警備員の制服は洗濯されているのだろう。


「あのぉー」


4人の若い美人のメイドさんが、手にはさみをチョキチョキしながら話しかけてきた。


「わかりました。好きにやって下さい」


僕は中庭のような所に案内されて、ポツンと1つだけ置いてあるイスに座らされた。

そして、真っ白な布を首に巻かれると、4人のメイドさんがてんでバラバラに髪と髭を切り始めた。


「くっくっく」


4人が笑いをこらえきれないように、肩を揺らしながら髪と髭をカットしてくれた。


「終わりました」


4人がかりだから早い。

4人が少し大きめの鏡を見せてくれた。


「ふふふ」


さすがは、お金持ちのメイドさんです。

てんでバラバラに切られた髪と髭が、てんでバラバラに段々になって仕上がっています。


「……??」


4人が、どうですかという顔で見つめてきます。


「あはははは、見事な仕上がりです」


僕は、もともと髪型や髭などどうでもいい。

それにいまは無職ですからね。ほんとうにどうでもいい。


「ご、合格ですわ。旦那様とルド様に報告しませんと」

「ここまでされて、怒らないとは」

「笑い飛ばされました。優しい素敵なお方です」

「顔は思ったよりあれですが」


4人がヒソヒソ言っている。

だが。おーーい、全部聞こえとるぞーー。

そんでやっぱり最後が気になる。

あれってなんなんだよー。まあ、わかっていますけどね。


僕は、段々の髪とヒゲのまま、玄関ロビーの近くの扉に案内された。

そして三回ノックをした。


「どうぞ」


なかから、ジュラさんの声がする。

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