「デミル様こちらです」
ジュラさんに案内されるままお屋敷に入った。
立派なお屋敷だった。
中ではメイドさんが二列に整列してむかえてくれた。20人程度はいそうだ。
贅沢な暮らしぶりだ。
領主様がこんなに贅沢をしているということは、庶民は重税で苦しい生活をしているのだろうなと、考えがそちらの方を向いてしまう。
「ステラ、お客様をお風呂に案内して下さい。お召し物の洗濯も御願いします」
「はい、ルド様」
ルドジュラールさんは、ジュラでは無くルド様と呼ばれているようだ。
「お客様、こちらへ」
「ステラ、大切なお客様じゃ。粗相のないようにな」
「はい、旦那様」
「うむ、頼むぞ」
じいさんとジュラさんは、扉の中に入っていった。
「ああ、お客様、お着替えをご用意します。少しお待ち下さい」
「は、はい」
僕は玄関ロビーで、一人にされてしまった。
「きゃーーっ!! お爺さま、デミル様はすごすぎます。あのようなお方初めて見ましたわ」
扉の向こうから声がする。
ジュラさんの声だ。
もう、お風呂に行ったと思っているのだろうか。
――すごすぎる??
臭すぎるということか。それとも、このボサボサの髪か?
長いヒゲのことかなあ。
「まあ、ルドジュラールや、落ち着きなさい。お前がそんな風になるとはのう。めずらしいこともあるものじゃ。とりあえず話はあの男が風呂から帰った後じゃ。くさすぎたからのう」
やっぱりか。すごすぎるのは、においのようだ。
そんなにくさいかなあ。
ひょっとしたら!? マタから変なにおいがしているのかと思って、ズボンに顔を近づけてにおいを嗅いでみた。
そんなにくさくはなかった。これでも月に一度くらいは川で体を洗っている。
そんなにくさいわけが無い。
「こ。こほん」
なんてタイミングだ。
ステラさんが後ろに戻っていた。
マタのにおいを、クンカクンカしている所を見られた。
「ああ、すいません。ちょっと、かゆかったものですから」
「ひっ!」
あーなんか言い訳をしようとして間違えたみたいだ。
ステラさんの顔が、生ゴミを見るような顔になった。
「ああ、なんかすみません」
僕は、とりあえずあやまっておいた。
「汚物様。あっ!? お客様、こ、こちらへ」
おぉーーい、このメイドさん。
よりにもよって、お客様を汚物様と言い間違えたぞーー!!
「どうぞ」
お風呂場の入り口だろう、湿度が高い。
案内された所は着替えの場所のようだ。
メイドさんが4人ほどいる。
「あのぉー」
「はい??」
「一人にしてもらえませんか。僕は庶民なので見られていては服が脱げません」
「あ、あの、お気になさらなくても大丈夫です。私達は召使いです」
うーーむ、おっしゃる事の意味がわかりません。
ひょっとして貴族は召使いを、人間扱いしていないのだろうか。
思い出した、そんなアニメを見たことがある。
「いいえ、だめです。僕から見たら皆さんはとても美しい女性です。恥ずかしくて服がぬげません。出ていってください」
「まあ、は、はい」
全員が美しい女性と言われてうれしかったのか、柔らかい笑顔で部屋を出て行ってくれた。
まあ、お世辞ではない。本当の事だ。
お金持ちの家のメイドさんだからだろう、全員整った顔をしていた。
お風呂は、そこまで大きくはなかった。
定員6人といったところだ。
「おお、せっけんだ」
僕は五年ぶりのお風呂だ。
せっけんも五年ぶりだ。
頭からお湯をかけて、せっけんを取ろうとした。
なんだか、柔らかい物に手があたった。
僕は目を閉じているので、それが何なのかわからない。
「あんっ」
女性の声だ。
色っぽい。
って、何処をさわったんだーー??
じゃなくてーー!!
「何をしているのですかぁーー!!!! 1人にしてくださーーい!!」
「ですが、お客様の体を流すのは召使いの勤めでございます」
4人ぐらいの声がする。
さっきの手の感触だと、裸のような気がする。
ちょっと、気になって薄めを開けた。
「いててて。いたたたたあぁぁーーー!!!!」
髪から流れるお湯が汚すぎるのか、目に入って痛すぎる。
もう、これは目潰し攻撃だよ。
目を開けるどころか、固くつむるしか出来なかった。
「ど、どうなされました」
どのメイドさんか、わからないけど体が触っている。
「もう、本当にいいですから。出ていって下さーーい」
僕は少し恥ずかしさもあって、大きな声が出てしまった。
「は、はい」
なぜか、メイドさんは素直だった。
「すごいですわ。合格ですわ。ルド様と旦那様にすぐ報告しないと。色仕掛けが全く効きませんでしたと」
「目すら固く閉ざしていたとお伝えしませんと」
「でも、小さかったですわ」
「そうですわね。あれでは」
おーーい、全部聞こえているぞーー。
ちょっとまてー、最後が気になる。
「あれでは」ってなんだよ。あれでは、なんなんだよーー!!
石けんを髪にこすりつけたが泡立たない。
泡立たないままお湯をかけると、真っ黒なお湯が足元を通り過ぎる。
すげーー、こんな真っ黒なお湯見た事がねえ。
僕は、流れていく黒いお湯が愛おしくなった。
両足で流れるお湯をせき止めてみた。
真っ黒なお湯が、素足の間にダムのようにたまっている。
これが、僕の五年間の髪の汚れかー。
「くっくっくっくっくっ」
お風呂の入り口にひょっこり頭が4つのぞいている。
その全員が肩を揺らしている。
時々見える肩は何も着ていないようだ。
はぁーーっ、まさか見られていたとは。
これも、じいさんとジュラさんに報告されるのかな。
足でせき止めた真っ黒なお湯を流すと、髪を洗う方に集中した。
2回目も泡立たなかった。
3回目でやっと泡が出て来た。
お風呂を出ると、作業着のような服を渡してくれた。
僕の警備員の制服は洗濯されているのだろう。
「あのぉー」
4人の若い美人のメイドさんが、手にはさみをチョキチョキしながら話しかけてきた。
「わかりました。好きにやって下さい」
僕は中庭のような所に案内されて、ポツンと1つだけ置いてあるイスに座らされた。
そして、真っ白な布を首に巻かれると、4人のメイドさんがてんでバラバラに髪と髭を切り始めた。
「くっくっく」
4人が笑いをこらえきれないように、肩を揺らしながら髪と髭をカットしてくれた。
「終わりました」
4人がかりだから早い。
4人が少し大きめの鏡を見せてくれた。
「ふふふ」
さすがは、お金持ちのメイドさんです。
てんでバラバラに切られた髪と髭が、てんでバラバラに段々になって仕上がっています。
「……??」
4人が、どうですかという顔で見つめてきます。
「あはははは、見事な仕上がりです」
僕は、もともと髪型や髭などどうでもいい。
それにいまは無職ですからね。ほんとうにどうでもいい。
「ご、合格ですわ。旦那様とルド様に報告しませんと」
「ここまでされて、怒らないとは」
「笑い飛ばされました。優しい素敵なお方です」
「顔は思ったよりあれですが」
4人がヒソヒソ言っている。
だが。おーーい、全部聞こえとるぞーー。
そんでやっぱり最後が気になる。
あれってなんなんだよー。まあ、わかっていますけどね。
僕は、段々の髪とヒゲのまま、玄関ロビーの近くの扉に案内された。
そして三回ノックをした。
「どうぞ」
なかから、ジュラさんの声がする。