食事が終わると、ステラさんが窓を開けてくれた。
外から爽やかな風が入ってくる。
魔人と人間ではお尻の青いアザ以外の違いは、魔力にあるらしい。
やはり魔人の魔力の方が多いということだ。
そのかわり、力は人間の方が強くて、体も大きいのだという。
でも個人差があるので簡単に見分けるのは、やはりハンケツを出すのが1番だとか。
「どうぞ」
ステラさんが僕の前にティーカップを置いてくれた。
良い香りがする。
紅茶のような香りだ。
僕は、お茶なんて一人の時は飲まない。
水道の水をガブガブ飲むだけだ。
ふふふ、一人の時はと格好を付けたけど、一人の時しか無いので水道の水しか飲んだことが無い。
「良い香りですね」
僕が言うと、ジュラさんがとてもうれしそうな顔をした。
ジュラさんはやはり美しい。
テレビで見る女優さんにもひけを取らないと思う。
「はい!! 私の1番好きな香りです」
どうやら、ジュラさんの1番を出してくれたみたいだ。
「あの、もう一つの質問をしても良いですか?」
「むろんじゃ。わしでわかることなら答えよう」
「では、戦争の原因はいったいなんでしょうか?」
「ふむ、それは至極単純な話じゃ。人間が領土侵犯をちょくちょくしてきてのう。勝手に魔人の土地を少しずつ奪いおったのじゃ。魔王が返還を要求しても全く言うことを聞かない。そこで戦争が起ったのじゃ。戦争は魔人の方が強くてのう、こまった人間達は召喚魔法などという物を編みだした。と、いうわけじゃ」
「そうですか」
僕は、その戦争に召喚という形で巻き込まれたということのようだ。
魔人であるじいさんの話だけでは、人間がどうしても悪者になる。
人間側の言い分も聞かないと判断してはいけないのだろう。
でも、僕は人間の世界に行けば敵前逃亡をした犯罪者だ。捕まれば死刑確定だからなあ。
ここは、魔人側の言うことを信じておこう。
「ディアムジュラール様、報告したきことがあります」
僕がお茶を飲み終った時、窓に兵士がやって来て部屋の中に声をかけてきた。
兵士の顔は顔面蒼白で、なにか一大事が起きているように感じる。
「今は、来客中じゃ!! 見てわからぬのか!!」
じいさんが不機嫌になり返事をした。
と、いうことはじいさんがディアムジュラールという名前だ。
まさか、やっちまったなあ。
僕が、ジュラさんに『ジュラさんと呼んでもよろしいですか?』と聞いたときに、ジュラさんの鼻の穴がピクピクしていたけど、あれはそういうことだったのか。
ジュラールは日本人で言えば名字じゃ無いのだろうか。
ということは、じいさんも、ジュラさんのお父さんもジュラさんということになる。
だが、もうしょうが無い。ジュラさんで押しとおそう。
「それはわかっています。それでも、尚、報告の必要があると具申いたします」
「ふむ、わかった。申してみよ」
じいさんがいうと、兵士は僕をチラチラ見る。
「あの、僕は席を外します」
「何をいうのじゃ。おぬしも一緒に聞いてくれて構わん」
「そうですわ。デミル様は私のだん……私の、私の……、お、お師匠様です。武術のお師匠様です。見てください」
ジュラさんはとっさに、僕をお師匠様にしてくれたようだ。
そして、視線を僕の横に立てかけてある、エルナゴルグ製の漆黒の剣に向けた。
兵士もつられて視線を漆黒の剣に向ける。
「あ、あれは、魔王様のエルナゴルグ製の漆黒の剣ではありませんか。このお方が抜いたのですか」
「いや、あれを見るのじゃ!」
この部屋の窓の外に、漆黒の剣が刺さっていた岩の残骸が見える。
「な、なんですかあれは?? 切れた岩の頭と粉々に砕けた岩の残骸。切れた岩の切り口がとてもうつくしい。達人の剣ですな」
「ふむ、わがジュラール家の新しい武術師範デミル殿の剣じゃ。そして、岩が砕けているのは、素手で殴って破壊したのじゃ」
「ななななな、なんですって、素手で殴ったー!? あの岩は、とても硬い自然石ですぞ。そんなことが出来るなんて、抜くよりすごいことじゃありませんかー!!」
「ふふふ、そうじゃ!!」
じいさんが自慢そうだ。
「いやいや、た、たまたまです。偶然です。次にやったら出来ないと思います。僕にはたいした実力はありません」
僕は、なにか大変な事に巻き込まれそうな気がして全力で否定した。
「た、たまたまでも、あんなことを出来るのはデミル様しかいないでしょうな」
だめだ、この兵士まで僕を様付けで呼び始めた。
「して、何があったのじゃ?」
「は、はい。森から神獣の群れが出て来ました。この領都を目指しているようです。現在領兵を1000人むかわせましたが、どれほど持ちこたえられるかわかりません。逃げる用意をして下さい」
「なにっ??!!」
じいさんとジュラさんが僕をじっと見てくる。
僕は左右にブンブン首をふる。
「何も知りませんよ!」
本当に何も知らない。
心当たりも何も無い。
「神獣が神域を出てくるなど、信じられんことじゃのう。なにがあったのじゃろうか?」
「はい。それが、神域の監視をしていた番兵の話では、五年前から神域の奥で恐ろしい爆発音がして、神域の断崖絶壁がすこしずつ崩れていたとのことです。すでに2割くらい崩れ落ちているとのことで、これが原因ではないかと」
「何じゃと、五年前?」
「なんですって、五年前??」
じいさんとジュラさんが僕を見てくる。
「どうかなされたのですか?」
兵士が、じいさんとジュラさんを交互に見ながら質問した。
「…………!」
じいさんとジュラさんが、今度は反対側に立てかけてある僕の勇者の剣を見ろ! と、兵士に目配せをする。
「あっ、あれは、勇者の剣!! まっ、まさか!? デミル様は五年前敵前逃亡をした、あの腰抜け勇者なのですか」
なんでそんなに瞬時にわかるのですかーー!!
はい、そうです。
その敵前逃亡をした、腰抜け勇者こそが僕です。
「なるほど、そうですか。それで合点がいきました」
――えーぇーっ!
それで、何がわかるのーー??
僕にはさっぱり合点がいきませんけどーー!!
「あっ、あのぉー、何がわかったのでしょうか? 僕には全くわかりません」
「ふふふ、森の恐ろしい爆発音が聞こえだしたのと、逃亡勇者様が森に入ったのが同じ時期となります。恐らく爆音の原因が逃亡勇者様にあるものかと」
なんだってーー。
爆発音を僕が出しただってー?
――まさか?
「まさか、僕が魚を捕まえるために、川の岩に石をぶつけたのが原因なのか? 確かに少し大きめの石を投げて、ぶつけたけどそんなことで爆発音なんか……爆発音なんか……まてよ、していたなあ。ああ、そう言えば地震の様に大地も揺れていた。あの時は何の音かわからなかったけど、ガラガラ遠くで何かが崩れ落ちる音もしていたなあ。やばい、僕が原因の様にも思えてきた、バレないように黙っておこう」
「やっぱりじゃ!!」
「やっぱりですわ!!」
「えっ!? 何の事ですか??」
「おぬしが、魚を捕まえようとしたのが原因だと言っておるのじゃーー!!」
「そうですわーー!!!!」
「なんで、知っているんですかーー??」