「おい! あいつらやるつもりらしいぜ!」
「何も知らねえのだろうさ」
「素人が殺されるぞ」
「ひゃははははは」
ギャラリーは楽しんでくれているようだ。
「そこの丸の中に入って下さい」
受付嬢が言った通りに地面に書かれた丸の中に入る。
丸の大きさは10人位が楽に入れる大きさだ。
ジュラさんとシエンちゃんの2人も入ろうとした。
「いえ、大丈夫です。僕一人の方がやりやすいので一人にしてください」
僕がそう言うと、2人は素直に従ってくれた。
「起動!!」
受付嬢が首にかけていた、真っ黒な宝石に白い紋章の浮かんだペンダントのような物を持って言った。
試験場の片隅に座っていた物がビクンと反応した。
「あの宝石は何じゃ?」
シエンちゃんがジュラさんに聞いた。
「あれはただの水晶ですが、先代魔王様の魔力が込められています。先代魔王の魔力が入るとあれほど真っ黒になるのです」
「なるほどのう。ということは、あのゴーレムも魔王の魔力で作られた物ということか」
「はい。あの宝石を持つ者と、魔王様の命令を忠実に果たします」
「開始線まで移動しなさい」
受付嬢がゴーレムに命令した。
ゴーレムがこっちに近づいて来る。
「お、おい。本当に一人でやるつもりか?」
「とっ、逃亡勇者だろ、殺されるぞ」
「あのゴーレムは神域で銀龍と互角に戦ったゴーレムだ。銀龍と戦うようなもんだぞ!!」
「中止しないと大変な事になるぞ」
「そもそも、なんでこんなことをやらせているのだ。Fクラスだろ」
「だれか、止めろーー」
ギャラリーがまたザワザワしている。
中々やさしい人もいるようだ。僕を心配している人までいる。
だが、心配はいらない。
なぜなら、あのゴーレムは黒い硬い石で出来ている。
その石こそ神域の渓流にあったもっとも硬い石なのだ。
僕が毎日正拳突きで、来る日も来る日も叩き壊していた石だ。
全く恐さを感じない。むしろ楽勝モードだ。
少し動く大きめの石人形を壊す程度の事だろう。
と、思ったがでかい。僕の身長でひざ位までしかとどかない。
目の前が、丁度ゴーレムのすねになる。
「目の前の男を殺しなさい」
開始線に来たゴーレムに受付嬢が命令した。
「な、何てことを言うの。『殺さないように攻撃しろ』が命令でしょ! 試験を中止して下さい!!」
ジュラさんがすぐに受付嬢に抗議してくれた。
「うふふ、余り余裕をぶちかましていましたので。危ないと思いましたら、すぐに中止いたします」
受付嬢がてへぺろをしている。
なさけない逃亡勇者が余裕をぶちかましているので、ムカついたようだ。
なかなか良い性格をしている。
美人で巨乳だけど、絶対嫁にしたくないタイプだ。
まあ、僕は見た目も中身も、誰からも相手にされないタイプですけど。
「ジュラさん、ご心配なく。でも、この石人形壊しちゃうけどいいのかなあ」
「うふふ、デミル様。それなら大丈夫です。再生できないぐらいトコトン壊しちゃって下さい」
「ふふ、わかりました」
それに比べてジュラさんのこの信頼の厚さはなんだろう。
負けるとは微塵も思っていないようだ。
「のう、ジュラ、やたら詳しいけど、なぜそんなに詳しいのじゃ」
「あら、言っていませんでしたか? 私、一度限定解除の試験を受けていますのよ。まあその時は、不合格でしたけど」
「と、いうことは、Aクラス冒険者だったということか」
「はい、それより、シエンちゃん。ドラゴンの姿の時、全身銀色でしたけど、銀龍とは、シエンちゃんのことではありませんか」
「ふむ、わらわは人間共にはそう呼ばれておる。ゴーレムとは戦ったが再生がうっとうしくて、神域の崖から落としてやったのじゃ」
「まあ」
――なっ、なんだってーー
ジュラさんとシエンちゃんが小さな声でボソボソ他には聞こえないように話している。
僕が2人の会話に耳を澄ましていると、ゴーレムは僕に最初の攻撃を仕掛けてきた。
――速い!!
ゴーレムは大地の魔王の魔法で出来ているので、重力の影響を受けていないようだ。
宙に浮いたように移動するため、素早く移動出来るのだろう。
僕は油断をしていた。
おかげで、本気で避けるはめになった。
「うおおーーーー!!!!! 消えたぞーー!!」
ギャラリーが僕の姿を目で追えなかったようだ。
石人形は次々攻撃してきたが、それ以上の攻撃はないようだ。
最初はその速さに驚いたが、これならどうという事も無い。
――い、いかん!!
だめだ、どこからか、僕の頭に悪魔のささやきが聞こえてきた。
――「ふふふ、風車の理論だ」
でた!! ここでイノキ師匠の天の声が聞こえてしまった。
僕は昭和のプロレスが好きで、動画で良く見ている。
見れば見るほど、最強格闘技がプロレスだと思うようになっている。
プロレスが最強だという理由は、相手の攻撃を受けるというところにある。
相手の得意技は、どこかで必ず受けるのだ。
その上で、最後に勝つ。それがプロレスラーなのだ。
「おい!! 石人形!! 一撃受けてやる。やってみろ!!」
僕は動きを止めて、ゴーレムに言った。
これこそが、プロレスラーなのだ。
ゴーレムはしゃべれないのだろう、何も言わずに動きを止めた。
顔の表情は全く変らない、でも僕にはニタリと笑った様に感じた。不気味だ。全身に鳥肌が立った。
ゴーレムは両手を伸ばして、僕の体を包み込んだ。
――ふふふ、風車の理論で勝つ
僕は高く持ち上げられながらそんなことを考えていた。
――あまかった。
ゴーレムはそのまま力任せに僕の体を地面に叩き付けた。
「ガハッ」
静かだ、何も感じ無い。
真っ暗な空間に浮いているような心地よさを感じていた。
――いてーーっ!!!!
心地よい時間はすぐに終わり、僕は全身に痛みを感じた。
目を開けると、目の前にゴーレムの足の裏がある。
とっさに体を回転させて、その場を移動した。
すぐには立てないほどのダメージを受けている。
でも、骨折はしていないようだ。
視線をジュラさんとシエンちゃんの方に向けた。
心配そうな顔をしている。
足元を見ると、数歩移動したようだ。
やっちまったなあ。かっこ悪すぎる。
僕にはまだ風車の理論は早かったのだ。
あーーっ、そもそも僕はプロレスラーでもなかった。今気がついた。
でも、2人が数歩なら意識を失っていたのは大した時間では無いはず。
まだフラフラするが立ち上がった。
「ぎゃはははははははーーーーーーーー!!!!!」
「バカじゃねえのかーー!!」
「なんだあれーー!!」
「ぎゃはははははははーーーーーーーー!!!!!」
やっと、耳が聞こえるようになったのか。
ぼんやり、水中で聞こえる様なこもった音で、ギャラリーの嘲笑が聞こえてきた。