ギルドの玄関を入ると、受付嬢のサイアさんが駆け寄って来ました。
「デミル様、ギルド長がお待ちです。応接室へ来ていただけますか」
「ああ、お断りします。警備の仕事がいそがしいので」
「そうですか。2階ですのでご案内いたします」
サイアさんのこめかみに血管が浮出してピクピクしています。
あーーっ、少し怒っていますねえ。
「ぷひゅっ」
ジュラさんが我慢出来ずに吹き出しています。
「失礼します。ジュラ様をご案内いたしました」
お断りしたのに無理矢理2階の応接室に御案内された。
しかも、僕じゃなくてジュラさんに御用のようだ。
「おお、すぐにお通ししてくれ」
「はい。では、デミル様、ジュラ様、シエン様、あと、あなたもどうぞ」
「ふふふ、サイアさん。その少年は、リエルです」
「ああ、はい。わかりました。リエル様もどうぞ」
応接室に入ると、貫禄のあるごつい体の髭面の初老のじいさんがいる。
どことなく、ディアムジュラールじいさんに雰囲気が似ている。
「おおっ!! お初にお目にかかります。ギルド長のメデュルです。どうぞこちらへ、おかけ下さい」
応接の椅子に座るようにうながされた。
「あの、どのような御用でしょうか? デミル様は警備の仕事でいそがしいのですが」
ジュラさんが椅子に座ると、不機嫌を演じながらすぐに聞いてくれた。
「おお、あなたがジュラさんですかな」
「はい。そうです」
やっぱり、用事はジュラさんのようだ。
「実は、出張から帰ってくると大変な事に、ゴーレムが壊されておってな。誰に聞いてもジュラ様に聞いてくれと言って、誰も答えてくれんのじゃ。ジュラさん何があったのか教えて欲しい。この通りじゃ」
ギルド長は、頭を下げた。
なるほど、冒険者には口止めがしてある。
全員、ちゃんと約束を守っているようだ。
「ああ、それでしたら簡単です。こちらのデミル様が素手で叩き壊しました」
うん、まあ事実ですが、素手は言う必要が無いと思います。
「なっ、なんじゃと!!」
ほらね。驚くと思いました。
ギルド長の驚く姿を見て、ジュラさんの覆面の下の小鼻がヒクヒクしています。
あーーっ! 楽しんでいらっしゃいますねー。
僕は、ジュラさんの事は良くわかるのですよ。
「どうぞ!!」
サイアさんがお茶を入れて持って来てくれた。
部屋の中に、紅茶に似たいい香りが充満した。
きっと、お高いお茶のはずだ。
「いい香りですね」
僕はティーカップを持って香りを楽しんで、サイアさんに笑顔で言いました。
「うふふ、ありがとうございます」
サイアさんがうれしそうに笑顔になった。
おそらく、サイアさんのお気に入りの茶葉のはずだ。
「うおっ!! ま、まさかそれは!??」
ギルド長が、ジュラさんの言葉で僕に関心を持っていたのでしょう、僕を観察して声を出しました。
視線が僕の剣にむけられている。
どっちの剣だろうか。
「これですか?」
僕は暗黒の剣は重いので、軽い勇者の剣を持ち上げた。
「ふむ、それが勇者の剣、そっちの黒いのは暗黒の剣。まさかあなたは」
「はい。僕があの有名な逃亡勇者のデミルです」
はーーっ、自分で言っていて情けない。
「なるほど、そういうことですか。わかりました。あーーっなるほど、それで警備ですか。ふふふ、さすがですな」
えっ!? このじいさん何かを勝手にわかっちゃったよ。
たぶん、それ、間違っていると思いますよ。
「うふふ、そうです。だから警備なのです」
ぎゃーーっ!! ジュラさんまでーー。
「ふふふっ、だから警備なのじゃ!」
うーーん、シエンちゃんは適当に言っているだけですよね。
……まさか、わからないのは僕だけなのですか?
「あの、なんのことですか?」
リエル君が聞いてくれた。
よかったよ、君がいてくれて。
「ふむ、君もデミル様と行動を共にするのなら、この位のことはすぐに理解しないとなあ」
えっ、そのデミル様が、何の事かわからないのですが。
「そうですよ」
ジュラさんまで。
「そうなのじゃ」
シエンちゃんまでわかるのですか。
でも、僕がわからないのですよ。
「仕方が無い、説明をしてやるかのう」
「はい、御願いします」
リエル君が興味津々です。
そして、僕は興味の無いフリをして興味津々です。
「ふむ、いま、このジュラール領は治安が非常に悪い。それは、巨大なマフィアが三つも有り、悪事の限りを尽くしているからなのじゃ。そこでデミル様は実力を隠し、少しずつ警備の仕事をしながらマフィアの力を奪い、最後は三つのマフィアをつぶしてしまう予定なのじゃ。素手でゴーレムを壊すほどの実力を持ちながら、逃亡勇者などと自分を卑下し、実力を隠すのは中々出来る事ではない」
えーーっ!!
マフィアをつぶすなんて考えていませんよ。
出来れば近寄りたくもありません。
「そ、そうだったのですね。そうか、そして僕達みたいな浮浪児を全員助けるつもりなのですね。さすがはデミル様です」
まあ、浮浪児は助けたいとは考えていますよ。僕は底辺生活者の味方です。でも、だからって、マフィアをつぶすなどと恐ろしいことは考えていません。いやまじで。
「それに、暗黒剣を持っているということは、魔王候補になられたということじゃ。ジュラール家は魔王の10傑の一人。2年後の魔王選出の儀に出馬すると言うことであろう。そうであろう、ルドジュラール殿」
えっ!?
今、なんて??
「うふふ、お見通しでしたか」
ジュラさんが顔を包む布を外した。
布を外したジュラさんは赤い顔をしている。
えっ?? どういうこと?
「なるほど、それもあって、実力を隠しておられるのですな。どおりで、冒険者どもが何も言わないわけじゃ。どうせ、デミル様の実力をばらせば殺すとでも言ったのであろう。ふむ、デミル様が実力のある魔王候補とバレれば、暗殺者に命を狙われるかも知れない。これは、大変じゃ」
「えっ、何が大変なのですか?」
うん、さすがリエル君だ。良い質問だ。
「ふふふ、強いことを隠したまま、マフィアをつぶさないといけないと言うことじゃ。これはなかなか、難しいことじゃぞ。まあ、安心してくれ。ギルドとしては何の援助も出来ん。マフィアの力はこのギルドより上じゃからなあ。下手をすれば冒険者共々皆殺しじゃ。マフィアは貴族に大量の献金をしている。下手に手を出せば領主様とても失脚のおそれがある。どうじゃ大変じゃろ」
「ううっ、た、大変すぎます」
リエル君は優秀だねぇ。すぐに理解出来たようだ。
しかし、これは本当に大変だ。僕には無理だな。
もうこれは大人しくしておくしかないな。
「はあぁーはっはっはっ!! そんなことは大変な事にはならない! なにしろデミル様なのじゃからなあ!!」
「そうです。可哀想なのは、マフィアの方です。なにしろデミル様なのですから!!」
うわぁ、何なんだろう? シエンちゃんとジュラさんのこの信頼はーー!!
どうしようかなあ。
マフィアとは、僕一人で戦うということになりそうだ。
そんなの無理に決まっているだろう!! 僕はただの底辺おじさんだぞーー!!
――できるかぁーー!!
いっそ、神域に逃げだそうかなぁ。
「さすがはデミル様です!!」
リエル君が目をキラキラ輝かせて僕を見つめます。
――はぁーっ!
子供の期待の目はまぶしすぎるなあ。
まあ、実のところ、僕にも自分の実力が規格外だとは、薄々わかって来てはいるんですけどねえ。
どうしても、ビビッちまうんだよなあ。
まあ、急ぐ必要はないし、ぼちぼち実力の範囲でやっていきますか。