「うおおおおおおおぉぉぉーーーーーーーー!!!!!」
思わずガッツポーズをしてしまった。
サイドテーブルにカレーの材料がそろっている。
まさか、カレーが食べられるとは思っていなかった。
すでに、あのコマーシャルの歌がエンドレスで聞こえてくる。
そういえば、ジュラール邸の厨房には行ったことがなかったなあ。
材料も一人で運ぶには多い。
誰かを起こさなければならないなあ。
僕は、シエンちゃんのように犠牲者の体をゆすった。
「ふわあぁ! もう、おなか一杯でぇーーす。食べられませーーん」
「そ、それはよかったです」
僕は、ステラさんの体をゆすって起こした。
「はっ!! す、すみません。デミル様、おはようございます」
「は、はい。おはようございます。起こしてすみません。少し御願いしたいことがあります。よろしいですか?」
「も、もちろんでございます。それで、どのような事でございましょうか」
「これを、厨房まで運んで、料理をしたいのですが手伝っていただけませんか」
「うふふ、ささ、行きましょう」
ステラさんは、カレーの材料を僕より沢山持って先を歩いてくれた。
厨房は、広くてとても清潔だ。
さすがに御領主様の御殿の厨房だ。
朝早いので、誰もいないようだ。
材料を置くと、ステラさんが人を呼びに行ってくれた。
「おやまあ、あなたがデミル様ですか」
「はい、起こしてしまってすみません」
「なにを、おっしゃいますか。使用人にそのようなお気遣いは無用ですよ」
恐ろしい、ひげもじゃの料理長を予想していたが、優しそうな女性の料理長のようだ。
すげー、ほっとしている。
僕は、野菜を洗ってもらうと材料をカットする。
使うのは、包丁ではない。勇者の剣だ。
勇者の剣は研いでもいないのに、いつも最高の切れ味を維持していてくれる。
包丁よりもはるかに良く切れる。
下処理した野菜を、少し宙に浮かせると、人参、タマネギ、ジャガイモの順にカットした。
「おおおぉーーっ!!」
一瞬で切り終わった野菜を見て、集って来た料理人が拍手をしてくれた。
「もう、みなさん起きてきたのですか」
「うふふ、デミル様が見た事も無いめずらしい料理を作ってくださると聞いて、自分から進んで起きてきたのですよ」
料理長が笑っている。
「その鉄製の鍋をお借りしてもよろしいですか。それとその、深い鍋。そして小さいフライパン」
「はい、はい。どうぞ」
料理人さん達が綺麗に洗って渡してくれた。
大きな鉄製の中華鍋のような鍋で、野菜と肉を炒めはじめた。
深い鍋には、水を3リッター弱入れて火にかけた。
そして、小さなフライパンで、タマネギの細切りを3個分炒める。
これは良くいためて、こがさないように飴色になるまでいためる。
炒めている、野菜と肉には本当はスパイスを入れるのだけど、この世界にどの様なスパイスがあるのかわからないので、カレールーを3カケ入れて味と香りを付ける。
そして、全ての材料を大鍋にいれて、カレールーを残り全部入れる。
「後はコトコト煮込めば完成です」
「はぁぁーーーーっ!!!! いいかおりーー!!!!」
ステラさんと料理人達が、胸一杯鍋からの湯気を吸い込んだ。
ついでに僕も目一杯吸い込んだ。
あのコマーシャルの歌が、大音量で聞こえる。
もう、僕は我慢できずに口ずさんでいた。
「少し、味見してみましょうか」
僕が言うと料理長が、大きな皿を出してきた。
とても少し味見するような皿じゃない。
1人前ほどの量を取って皿に入れた。
それを、ステラさんから貸してもらった大きなスプーンでタマネギとジャガイモをのせて一口食べてみた。
「うめーーーーっ!!!!」
まだ、味は染みこんでいないが、でも久しぶりのカレーは滅茶苦茶うまかった。
色々な日本での出来事が思い浮かんで、不覚にも涙ぐんでしまった。
僕が食べ終わると、料理人達がスプーンを突っ込んでそれぞれ口に運んだ。
ステラさんは、僕の使ったスプーンをそのまま使って口に入れた。
――ぎゃーーっ!! かかか、間接キス!!
あーっ! でも、どうせならステラさんが使った後の方がいいなあ。
はあーっ! だめだー! 考え方がだめな中年のおっさんだよ。
「…………!!」
全員、黙ってしまった。
初めての味だから、おいしいとは感じ無いのかも知れない。
「うめーーーーーーっ!!!!」
全員が僕の真似をして言った。
「すごい、とても良い香りです」
色々なスパイスが溶け込んでいますからね。
「甘くて、少し辛くて、おいしいです」
ふふふ、リンゴと蜂蜜がトローリ溶けていますからね。
「色々なうま味が溶け込んでいて味に深みがあります」
すごく専門的な感想ですね。
料理長ですか、さすがです。
ビーフエキスやらポークエキスとか、色々トローリ溶けていますからね。
ふふふ、本当はカレールーをお湯に溶かすだけでも十分美味しいのです。
「ステラ、最高級の銀の皿によそってすぐに運んでください」
「あ、はい。ルド様」
「ステラさん、残った分は皆さんで食べて下さい。じっくり煮込んだ方が美味しいですよ」
「わあああぁぁぁーーーーーっ!!!!」
料理人達が、全員拍手喝采で喜んでくれた。
これだけ喜んでもらえれば、僕もうれしいですね。にやけてしまいます。
ステラさんの話では、このあと煮込む間もなくすぐに全部無くなったそうです。
僕達は、カレーの朝食を済ますと、今日のお仕事のためギルドへ出かけた。
「おはようございます」
「おはようございます。デミル様」
僕は、ギルドの受付嬢サイアさんにあいさつをした。
サイアさんは平静を装っていますが、こめかみに血管が浮き出して既にピクピクしています。
なにか、機嫌が悪いように感じます。
何かあったのでしょうか。
「今日も警備のお仕事を御願いします」
「は、はい、そうですね。その前にギルド長がお呼びです」
「あーーっ! 僕は警備の仕事がいそがしいのでご遠慮いたします」
「ぷひゅっ!!」
後でガス漏れのような音がした。
ジュラさんが我慢できずに吹き出している。
肩がガタガタ震えてしまって、もはや我慢する意味が無いほど笑っている。
「では、御案内いたします」
サイアさんのご機嫌がすごく悪いので、ここは逆らえないだろう。
仕方が無いので、渋々付いていく。
付いていくと、2階の立派な応接室に通された。