――アテンターギルド、武器使いのディファナ
女性らしい小柄な肉体でありながら、胸元の谷間を見せつけるようなメイド服という少々卑猥な服装に身を包んだ20代の女性。
それが彼女であるが、元々彼女は15歳の時までとある貴族のメイドであった。貴族に使えるメイドの家系として母の厳しい躾けのもとメイドのノウハウを学んでいた至極平凡な少女だったのだ。
だが、母親とはぐれてしまった買い物途中に盗賊に身柄を拘束され奴隷市場に売られる寸前で馬車の事故が起こり、ディファナは生死を彷徨うこととなった。
そうして1年。
目を覚ましたディファナの周りには、家族も、使えるべき主も、誰もいなかった。
目覚めたディファナの視界に入ったのは、奴隷市場の長を勤める汚い貴族の男だった。
「豊満とは言いがたいが、遊び道具としては充分成長している。何より若くて健康だ。売れるぞこりゃ」
そう言って嬉しそうに下品な目つきでディファナをじっくりと見る貴族の男に、ディファナは自分の服装を見た。ボロボロの布切れをつぎはぎにして作ったようなワンピースしか来ておらず、スースーすることから下着などつけていないことは明白だった。
ディファナとしての記憶と、現在の状況を照らし合わせて『目覚めないことで親に売られた少女』というのが自分だと認識したディファナは。
ひとまず寝転んでいたベッドの木の部分をへし折って武器にした。
木は雑に折ると、その切っ先は割と人間の皮膚を裂けるいい武器になる。
そのことを熟知していた故に、ディファナはもう片方のベッドの木もへし折ると、両手にその武器を構えた。
「な、なんだ?抵抗しても無駄だぞ!おい衛兵!目覚めた小娘を抑えろ!暴れようとしている!」
奴隷市場の長が生涯発した言葉は、それが最後となった。
そして、衛兵たちは。
扉が狭いせいで一人ずつしか入って来られず、また一人、また一人と急所を掻っ切られ。
奴隷市場の長を含め、衛兵や役員、全てが血の塊と化した。
何故、ただのメイドでしかなかったディファナが突然このような武術を見せられるようになったのか。
それは、ディファナの身体に入った魂が、ディファナと融合してしまったからである。
「――未だにあの時の光景は思い出しても信じられねぇが、お前がそうやって厄介な輩を追い返すたびにお前が日に日に怖くなっていくよ」
「そうですか?僕にとっては当たり前の生活だったので」
「……一体どんな生活していたんだよ」
「まぁ、鉛の嵐は常に降っていましたね」
「想像もしたくねぇよ」
「そうですか?日常になると、遠くの小さい的を一発でナイフで貫けるのは楽しかったですよ」
「その的は、ちゃんと的か?」
「ええ。どうでもいい人間の頭は、そうでしょう?この世界では、魔物がその対象のようですが、あれも楽しいですね。倒すだけでとれる魔石でお金が得られるのは大変楽しいです」
「お前マジでやべぇ世界で生きてきたんだな……」
「フフ、僕が別の世界で生きていたことを信じてくれるクロリィさんの方がやばいですよ」
「流石に毎度毎度やばいお前を見ていたら信じるわ」
「そうですか。誉め言葉として受け取っておきます」
「誉め言葉じゃねぇんだけどなぁ……まぁいいけど。ディーちゃんが来てからこのギルドが栄えているのは間違いねぇし、これからもよろしく頼むぞ」
「はい、かしこまりました」
ディファナの魂と融合してしまった魂。
それは、別の世界でマフィアの秘書を務めていた
20後半という若い年齢でマフィアの秘書として勤めていた彼は非常に優秀な武器使いで、特に銃の腕に長けていた。同じく彼のボスもリボルバーを愛用しており、アーマーを着てボスの盾となりながらボスの補助をし、ナイフ、斧、こん棒、椅子など、近くにあるあらゆる道具を駆使してボスを守り、共に生きることを心に決めていた。
しかしとある日。
ボスを護衛中、彼でも気づかないほどの敵が突如現れ、2人を囲んでマシンガンの雨を降らせた。
せめてボスだけでも守ろうと、ボスを抱えながら海に飛び込んだ彼であったが、自分の身体を鉛玉が貫通していくのを感じていた。
真っ青だったはずの水の色が、真っ赤に染め上げられていく。
その光景を見ながら、せめてボスだけはと願い目を閉じた彼が次に目を覚ましたら――彼は、ディファナというメイドになっていたのだ。
最初は何が起こったかわからなかったディファナだが、身の危険を感じた瞬間、身体に染みついていた防衛本能が勝手に働いたのだ。気づけばディファナの周りは血の海となっており、そこへ国を守る騎士として派遣されたクロリィがきたのだ。
『お前、俺のギルドで働け』
一目見てディファナの能力を見抜いたクロリィの眼差しが、自分を見初めたボスの優しい目と似ていた為、二つ返事で彼についていくことを決めた。
もしかするとクロリィがボスの生まれ変わった姿かもしれないと感じていたディファナであったのだが、残念ながらそうではなかったようで、クロリィからボスらしき雰囲気を感じたのはその一瞬だけだった。
「そういえばよぉ。お前の言うその大事なボスさんとやらはこの街に居る可能性がそんなに高いのか?」
ふと思い出したようにクロリィが尋ねた瞬間、ディファナのエメラルドの瞳が燃えるようにキラリと煌めいた。