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第3話 僕と彼女と……本当の味

 一時間目の国語。


「きっと私と同じで、恋に生きていたからだと思います」

「僕には何も聞こえない」


 二時間目の英語。


「アイラブユー。アイラブユー。アイラブユー」

「耳元で何を囁いてるのさ⁉」


 三時間目の体育。


「緋色君がまた私をお姫様抱っこして……」

「先生、姫柊さんが体育で怪我を……今、鼻血を流して気絶しました」


 四時間目の社会。


「その県にはこのような結婚式場が。そしてそちらの県にはこのような式場が――」

「姫、ストーップ‼」


    ***


 今日はいつも以上に疲れた気がする。

 ただでさえ、皆の――男子の視線が痛いのに。僕と姫の席は隣同士。

 教室の真ん中最後列。右側が僕で左側が姫の席。

 今まではトラブルなんて起きなかったのに、今日はトラブルの連続。姫の様子も明らかに違ったし。わかりやすく浮かれてた気がする。これも僕と付き合い始めたからなのかな。だとしたらものすごい浮かれようだけど。


 だけど今、色々なトラブルを乗り越えて。時間は約束の昼休みを迎えていた。

 僕らが今いるのは、普段一般生徒が入れないはずの屋上。ここなら誰の邪魔も入らないはずだ。姫と二人きりでゆっくりとお弁当を食べることができる。


「屋上なんて初めて来ました。春の風が気持ちいいですね」

「僕の数少ない特権かな。罰掃除で屋上に来たことがあったんだ」


 ウチの学校の屋上へ通じるドア。それは暗証ロックだったりする。

 僕がそれを開ける瞬間を見たのは一回だけ。その一回だけで全部覚えた。こういうのを覚えるのは、昔から少しだけ得意だったりする。


 それにしても、ここまでの僕の死刑回数はざっと七回。相変わらず、嫉妬深いクラスメイトたちばかりで困るよ。僕としては、単純に恥ずかしいことばかりだったのに。でも今からは当分、その心配はどこにもない。だってここには僕ら以外、誰もいないんだから。


 僕は姫が持ってきてくれたレジャーシートへ座り一息ついていた。

 するとゆっくりと姫が僕の方へ近づいてくる。

 それに対して思わず、周囲を確認してしまう。

 ただでさえ、今日一日で何度も死刑にされたからね。

 もう裁判で死刑判決を受けるのは勘弁だよ。


「ところで緋色君。お弁当の前に放課後の相談なんですが」

「放課後? 今日は別に補習とかはなかったはずだけど?」

「そうじゃなくて……いわゆる……デートのお誘いです‼」

「で、デート⁉」


 突然のことに、僕は驚かずにいられなかった。

 そうだよね。恋人同士なら、デートぐらいするよね。こんなことで驚いてばかりいたら、お付き合いなんてできないよ。しっかりしないと、僕。

 それにしても、デートなんてどこに行けばいいんだろう? 僕は彼女が居たことなんてないし。姫も彼氏が居たなんて話、聞いたことがない。う~ん、どこへ行ったものやら。


「いきなりですが、私の両親と会食なんていかがですか?」

「姫の両親と⁉ それは流石にいきなり過ぎないかな?」


 僕、テーブルマナーとか詳しくないのに。

 姫の両親相手なら間違いなく、場所は高級レストランだよね。

 一応、相手は社長さんなわけだし。


「……そうですか」

 明らかに落ち込ませてしまった。姫は喜怒哀楽がはっきりしてる分、落ち込んだ姿を見ると正直不安になる。ここは僕が腹を括るしか――


「でも緋色君の気持ちが大事ですから。今回は我慢します」


 僕が諦めて折れようとした寸前。僕よりも先に、姫の方が折れてくれた。それも『僕の気持ちが大事』と言って。そんなの、僕の方が姫に応えたくなるじゃないか。


「それならウチに来る? 対したおもてなしはできないけどさ?」

「緋色君のお家に行ってもいいんですか‼」

「う、うん。ウチ、今両親いないけど、それでも良ければ――」

「行きます‼ 絶対に緋色君のお家に行きます‼」


 姫が興奮気味に声を上げる。そんなにウチに来たかったんだ。

 それにしても、初めての彼女を自分の家に入れるなんて……。

 ただそれだけのことに、妙に心がザワザワして落ち着かないよ。

 姫だって、初めての彼氏の家で落ち着かな――


「緋色君。盗聴器は何個まで仕掛けてOKですか?」

「ハハハ。姫は本当に面白いことを言うね」


 本当に怖いものを目の当たりにした時、人は簡単に目を逸らす。

 だから僕は、『盗聴器』なんて単語全く聞いてない。

 全て僕の聞き間違いだ。きっと『提灯をつけてもいい?』の聞き間違いだ。


「そんなことよりも、そろそろお昼にしようよ。僕もうお腹ペコペコで死んじゃいそうだよ」


 シートの上に置かれた、やや大きめのお弁当箱。

 あれ? 二人分用意してきたのかと思ったけど。


「姫の分のお弁当は?」

「お弁当ならありますよ。今、私の隣に」

「僕はお弁当じゃないんだけど……」


 姫の口から聞こえた「じゅるり」という音。

 どうやら姫は意外と、肉食系女子みたいだ。色々な意味で、食べられないように気をつけないと。

 お弁当に手を伸ばして、姫が弁当の包みを広げていく。

 蓋を開けると、可愛らしいウサギのキャラ弁が。


「い、一応、緋色君をモデルにして作りました」


 恥ずかしそうに、僕からもお弁当からも顔を逸らす姫。本当に恥ずかしいらしく、声も少しだけ震えていた。

 それにしても、ウサギか。言われてから僕は、自分の前髪に手を伸ばす。

 白い髪に赤い髪。確かに外見はウサギに似てるかも。だけど。


「可愛すぎない? むしろ僕、姫の前ではウサギの皮を被った狼なんだけど」

「問題ありません。それに……緋色君なら、いつでもウェルカムですから」

「…………」

「…………」


 姫の言葉に、お互い揃って顔を赤くした。

 僕は当然。言った本人の姫でさえ、顔を赤くしていた。

 もう‼ 恥ずかしがるぐらいなら、そんなこと言わないでよ‼


「た、食べてもいいかな?」


 僕の問いかけに、姫がブンブンと首を縦に振る。

 激しく振られた首はまるで、ヘッドバンドをしてるみたいだった。

 それから姫に箸を渡されて、いざ実食。

 そういえば、昔もこんなことがあった気がする。あれは小学生四年生ぐらいの時だったかな? 確か遠足の時、姫からお弁当を分けてもらったんだ。ウチの母さん、結局朝早くに起きれなくて。


「じゃあ、この卵焼きを貰おうかな」

「は、はい。今日のも自信作ですから」


 自信作? もしかして卵焼きが得意料理なのかな? でもそれなら安心して食べられるよね。ウチの妹の茜作弁当みたいな悲劇にはならないはず。

 僕は安心感を持って、卵焼きに箸を伸ばす。

 そういえば、小学校の時に分けてもらったお弁当。結局姫は一度も、手を付けていなかったような。それどころか僕の記憶が正しければ、姫は別のお弁当を食べていた気がする。


「パクッ」


 昔のことを思い出しながら、僕は卵焼きを口に入れた。

 すると口いっぱいに広がる懐かしい味。

 そうだ。思い出したぞ。小学校の時に食べたのも、こんな味だった。

 だし巻き卵じゃなくて、甘めの卵焼き。仄かに香るのは、懐かしい地獄の香り。

 地獄の香り?


「グハッ!」

「緋色君‼」


 盛大に気絶しそうになる僕。

 不安そうな顔をしている姫。

 時に男には、嘘を吐いても仕方がない時があると思う。

 例えば、好きな女の子の笑顔を見たい時とか。


「お弁当、美味しくありませんでしたか?」

「……そんなことないさ。とっても美味しいお弁当だよ」


 たぶん今の僕は、ものすごく引き攣った顔をしてたと思う。

 それでもどうにか、笑顔は絶やさないようにして。

 姫の顔色を窺い……あれ? 少しだけ元気が無さそうな。

 もしかして。


「姫、僕の体をお願いするよ」

「緋色君?」


 僕は目を丸くする姫を置き去りに、残っていたお弁当の中身を全てお腹に掻き込む。

 その度に見えてくるのは、地獄から迫りくる閻魔の魔の手。過去にもこんな体験をしたことがある。あの時は確か軽く臨死体験をして、懐かしい人たちに軽く手を振られた。


「ご、ごちそうさま」


 致死量の毒を食べ終えて、僕は既に満身創痍。

 けれど僕には、言わなければいかない言葉があった。それも僕の大好きな女の子に。

 内心彼女を傷つけるかと。そう不安に思いながら、僕は正直な感想を口にした。


「……クソ不味かった。この世のものとは思えないほど」


 僕はゆっくりと感想を述べる。普通、こんなこと好きな女の子相手に言えない。

 僕だって、心の中はドキドキハラハラさ。だけどきっと、姫が求めてる答えは――


「今回は本当のことを答えてくれたんですね」


 そっと気絶しそうな僕の体を支えてくれた。

 まるであのお弁当を食べたら、こうなることをわかっていたみたいに。


「覚えてますか? 小学生の頃、緋色君にあげたお弁当のことを」

「覚えてるよ。あの時もすごく不味かったんだ」

「はい。私も家に帰って、お母さんにビックリされました。『本当にあんなお弁当を食べ切ってくれたの⁉』って。それで私が沢山失敗してたことを聞きました」

「あれ、お母さんと一緒に作ったやつだったんだね?」


 なるほど。でもそれにしては、味の補填が何もされてなかった気が。

 不味さにステータスが、全振りされてた気が――


「違いますよ。あの日のお弁当も。今日のお弁当も。全部、私一人が作りました」


 フラフラする僕。そんな僕を強引に引っ張って、姫が優しく寝かせる。

 頭の位置にあったのは、姫の柔らかい太ももの感触だった。

 そして仰向けに寝転がった僕と、その顔を覗き込む姫の視線がちょうど交わる。


「緋色君にはいつも、私だけの愛情が籠った料理を食べて欲しかったですから」


 それはすごい不意打ちだった。独占欲の塊にも似た言葉。

 でも根幹にあるのはたぶん、僕に対する強い思いで。


「食べた後、すぐ気絶しそうになっちゃうのはあの時と同じですね」


 そういえばあの日、僕は姫のお弁当になんて感想を言ったんだろう。

 まずい。本当に意識が朦朧としてきた。このまま行くと、完全に気絶しそうだ。

 僕の視界が真っ暗になり始めた頃。とても幸せそうな。ふんわりとした声が聞こえた。


「今日はちゃんと、本当のことを言ってくれてありがとうございます。今日もあの時も、残さずちゃんと食べてくれたのは嬉しかったですよ」


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