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第2章

第1話 僕とアイドルと化学教師

 放課後の化学準備室。

 僕にお説教をする担任の先生。

 早々に脱走した仲間たち。


「先生、なんで僕だけ捕まえたんですか‼」

「私がお前を逃がすと思うか?」


 一斉に逃げる計画を立てた僕ら。

 そして作戦は無事成功した。

 僕、一人を犠牲として。


「お前はウチの学校、始まって以来の問題児だからな」


 僕の担任の先生――死音響先生は化学の先生だ。

 だからいつも白衣を着ているし、いつも化学準備室にいる。

 そして先生のデスクには――


「次に問題を起こしたら、私が作った怪しい薬を飲ませるからな」

「自分で怪しいとか言わないでくださいよ‼」


 たくさんの薬が入ったピルケース。

 それを見せつける先生は悪魔に見えた。


「安心しろ。たぶん、死んだりはしないから」

「たぶん⁉ ……すみません。僕、可愛い彼女を待たせていますから」

「な~に心配するな。お前の可愛い彼女なら今、図書室で私の特別課題プリントを解いてる頃だ。急ぐ必要はない」


 鮮やかに僕の先手を取った先生。

 とても僕の担任を初めて、一週間とは思えない手際の良さだ。


「それに別にこれ以上、お前に説教をするつもりはない。お前には別の頼みがあるんだ」

「僕に頼みごと? あの彼氏いない歴=年齢の悲しい死音先生がですか?」

「OK。今のは聞かなかったことにしてやる。だから大人しく私の頼みを聞け」

「どんな脅迫ですか‼」

「ちなみに逆らった場合は」


 先生がフラスコの中の化学薬品に一滴、別の薬品を垂らす。

 すると小さく、ボンッという爆発音がした。


「これよりも強力な疑似爆発を起こす薬品を、お前の体内に流すことになる」

「それ‼ 脅迫以前に教師として、生徒にやっちゃダメなことですよね‼」

「問題ない。死ななければ後で、どうとでも誤魔化せる」

「アンタ、本当に最低の教師だよ‼」

「誉め言葉として、受け取っておこう」


 相変わらず、死音先生はビクともしない。

 鉄仮面の如く、冷静沈着な表情を保っていた。

 こうなったら、大人しく先生の頼みを聞いて帰るしかない。

 なんて言っても、今日は姫との家デートが待ってるんだから‼


「それで先生、僕への頼みって――」

「待て、連絡だ。……どうやらついたらしい」


 白衣のポケットからスマホを出して、何かを確認する先生。

 すると机の方へ向き直り、背中越しに僕へ命令してきた。


「お前に頼みたいことは昇降口前だ。今すぐ迎えに行って来い」

「昇降口前?」


   ***


 手早く先生の用件を済ませるため、仕方がなく素直に昇降口へ向かった僕。

 すると部活がある生徒以外は、既に下校している時間のはずなのに、そこには大勢の生徒がいた。しかも中には僕を置き去りにした、同盟の仲間たちも居て。何かを取り囲むように集まっていた。


『……奏ちゃん‼ 僕とも握手を‼』

『しゃ、写真を一枚お願いします』

『私、新曲聞きました‼』

『この前のライブ、最高でした』 


 しかも集まっているのは、男子だけじゃなくて女子もいた。

 一体何の騒ぎだろ? アイドルの撮影会でもしてるのかな。

 僕はふと、前にテレビで見た撮影会のニュースを思い出した。

 あのニュースでも、これぐらいの軽いパニックが起きてたはずだ。

 それにしても先生、一体僕に誰を迎えに行くように言ったんだろう。

 僕は当てもなく、昇降口前を一心不乱に歩き続ける。

 すると、人だかりの中から声が聞こえた。


「ごめんなさい。アタシ、人を探してるの。誰でもいいから『一番バカ』な男子生徒を知らない?」


 その声が聞こえた直後。

 声の主以外の全員の視線が、昇降口前をウロウロしていた僕へ向いた。


「どういう意味なのさ、それは‼」


 まだ一年生はわかるよ。

 中には見覚えのない上級生の姿もあった。

 僕、どれだけ学校中にバカとして知れ渡ってるの。


「あなたが柊緋色君?」


 僕が周りの反応に腹を立てていると、生徒たちの間を通って女の子が声を掛けてきた。

 ウチの学校の制服を着た女の子。見覚えがないから上級生かもしれない。

 髪は金色で、青いリボンで結ばれたツインテール。

 身長は僕よりも少し低いぐらい。

 さらに瞳の色は青くて、スカートから覗く足はスラっとしてる。

 胸は――


「女装をした男の子?」

「……アハハ。あなた、面白い冗談を言うのね」


 つまり女の子ってこと?

 だとしたら、胸の大きさが明らかに小さい気がする。

 Aカップどころか、AAすらあり得そうだ。


「アタシの名前は死音奏。あなたと同じ一年生よ、よろしくね」


 伸ばされた左手。これは握手しようってことなのかな?

 僕は戸惑いながらも、手を差し出した。

 するとギュッと力強く、握られる僕の手。

 そこからは骨の軋む音が聞こえていた。

 周りの人たちには、喧騒で掻き消されていたみたいだけど。


「後で殺すから」


 僕が痛みに耐えていると、女の子が僕の耳元で小さく呟いた。

 え? 今、僕のことを殺すって言わなかった?

 そして女の子が、僕から離れた直後だった。


『総員武器を手にしろ‼』

「議長がなんでここに‼」


 議長の指示に従い、一年A組モテない同盟の皆が上履きを構えた。

 それを見た僕は慌てて、逃亡を図ることにする。

 とりあえず化学準備室に逃げれば、追って来ないはず。

 皆もワザワザ、怒られに戻るような真似はしたくないだろうし。

 廊下を華麗にダッシュで逃げる僕。

 隣を確認すれば、金色の髪が揺れていて。


「なんで君がいるのさ⁉」

「言ったでしょ。あなたを殺すって」


 笑顔で殺す宣言をする、女の子が僕の隣を並走していた。

 確か名前は死音奏さん。

 死音? あれ? もしかして。


「君ってまさか、死音先生の関係――」

「妹ですけど何か?」


 あの先生、言葉足らずにも程があるよ。

 妹を迎えに行って欲しいなら、素直にそういえばいいのに。

 それにしても妹……妹? 本当に妹なのかな?

 それにしてはやっぱり、胸が小さすぎる気が――


「あなた今、アタシの胸を見ようとしたでしょ?」

「そ、そんなことないよ‼ 僕は人の性別を疑ったことなんて一度もないよ‼」

「あなたよく、嘘の吐けない性格だって言われない?」

「…………」


 僕は死音さんから顔を逸らして素早く。


「加速!」


 逃げるスピードを上げた。

 僕の逃げ足は学校でも一、二を争う。

 ついて来れる人間なんてなかなかいない。


「どうやら、体力はあるようね」

「なんでついて来られるのさ⁉」

「走りながら喋る余裕もアリ。まずまずね」


 この子、アイドルだって言ってたよね。

 確かに歌や踊りに体力は付きものだけど、ここまですごいものなの。


「じゃあ、これならどうかしら?」


 走っている僕に対して、死音さんが拳を突き出して来る。

 それもすごく重そうな拳を。

 僕はすかさずそれを躱し、一瞬ふらつきながらも走り続けた。


「反射神経も悪くない。まあまあかしらね」


 そう言って足を止める死音さん。

 どうやら僕を始末するのは、無事諦めてくれたらしい。

 それにしても、さっきまでのはどういう意味――


「あとは頭さえ鍛えれば、優秀なガードマンの完成ね」


 気づいた時、僕は天井を見上げていた。

 顔にはヒリヒリとした感触が残っていて。

 鼻からはぬるっとした感触と、鉄の匂いが。

 それで初めて理解した。

 自分が壁に激突して、倒れていることに。


「というわけで、あなたはギリギリ合格よ」


 倒れた僕を、死音さんが覗き込んでくる。

 そこには、さっきまでの怒りの感情は一切見えない。

 ただニヒルな笑みを浮かべる女の子が居るだけ。

 僕、これから一体どうなっちゃうんだろう。




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