学校からの帰り道。
僕は姫とそれから。
なぜか、死音奏さんと一緒に下校していた。
それもやや遠回りな、奏の家を通るルートで。
「死音さんを護衛ですか?」
「そうなんだ。先生の方の死音さんの命令でね」
僕は前を歩く死音さんを見ながら、隣を歩く姫に軽く経緯を説明していた。
それは僕と死音さんが、追いかけっこを繰り広げた直後。
再び訪れた化学準備室にて。
『ストーカーが奏を狙っていてな。だからクラスメイトとして、お前が奏を護れ‼』
先生から唐突に、そんなことを言われた。
たぶん先生は、軽度のシスコンだと思う。
アイドルなら、ストーカーの一人や二人居てもおかしくないし。
「それでクラスで一番、喧嘩が強い緋色君が選ばれたんですか?」
「同じ学校の同級生なら、一緒に行動してても友達ってことで済むからね」
それに先生曰く、僕なら死音さんと変な噂も立たないらしい。
その理由として、僕は根本的に姫にしか興味がないのだとか。
……否定できないところが怖いよね、あの先生の洞察力。
「事情はわかりました。でも緋色君、私は少し怒ってます」
「え? なんで姫が――」
「噂で聞きました。緋色君、死音さんと手を繋いだらしいですね」
「あ、あれはただの握手だよ‼ 深い意味は特に――」
「それに今日はデートの約束だったのに……私、色々と頑張るつもりだったんですよ‼」
道の真ん中で、すごいことを言われた気がする。
聞く人が聞いたら、痴話喧嘩かと勘違いする会話の内容だ。
さらに姫の最後の言葉なんて、別の意味で勘違いされそうだ。
現に当事者である僕だって、少しだけ勘違いしそうになったし。
「姫、その……頑張るっていうのは――」
「もちろん。緋色君のお部屋をお掃除したり、お洗濯したり、緋色君のお世話をすることです。料理は少し下手ですが……それも緋色君と一緒に作れば、必ず美味しくなると思います‼」
拳を握り締めて、力強く言う姫。
その声に、前を歩いていた死音さんが振り向く。
そして僕らのことを興味深そうに、眺めてきた。
「ど、どうしたの?」
「お姉ちゃんに聞いたけど、あなたたち恋人同士なのよね」
「恋人同士になったのは、昨日からだけどね」
「へぇ~。で、どっちから告白したわけ?」
「……私です」
グイグイと来る死音さんの質問。
それに対して恥ずかしそうに、姫が控えめに手を上げた。
改めて人に聞かれると恥ずかしいよね。
僕だってまだ、自覚なんて全然ないのに。
「じゃあ、あなたの方が彼に片想いしてたの?」
「それは……」
姫が困ったように僕を見る。
確かに僕は、姫に告白めいたことを言っている。
でもアレを告白と取るかは、難しいよね。
あれを告白だとするなら、僕は些か卑怯だ。
だって、付き合い始めた後に言ったんだから。
姫が戸惑うのも無理ないよ。
だから僕ははっきりと言う。
「……違うよ。僕も姫のことがずっと好きだったんだ。でも告白する勇気がなくて」
だから姫のことを素直に、すごい人だと思ってる。
僕にはそんな勇気、まだ持てなかったんだから。
未だに、彼女との釣り合いにこだわりを持つ自分がいる。
そんなの、姫に対して失礼な行為なのに。
だってそんなものが無くても、たぶん姫は僕を受け入れてくれる。
それぐらい、姫の僕に対する好意は本物だ。
今朝までは疑っていたけど、何となくわかった。
姫はただ、愛情表現が重いだけなんだって。
すると僕も自然と、自分の本音が溢れてきて。
「僕もずっと、姫に片想いしてたんだ‼」
「…………」
僕の言葉に顔を赤くする姫。
それをアイドルとは思えない、イタズラな笑みで眺める死音さん。
たぶん、僕の顔もこれ以上ないぐらい赤面しているはずだ。
その証拠に今、心臓が物凄く早い鼓動を刻んでる。
姫の顔なんて直視できないよ。
「と、ところで死音さん――」
「死音じゃなくて、奏と呼びなさい」
「でもいきなり、名前呼びなんて」
「学校にはお姉ちゃんもいるから。ややこしいじゃない」
死音さん――奏が爽やかに笑って答える。
奏って、怒らせなければ割といい人かも。
「それで何が聞きたいのかしら?」
「アイドルって恋愛御法度だけど。奏は好きな人とかいないの?」
「いるわよ。それも将来、結婚を考えてる人なら」
奏がそう言った直後、強い風が僕らを襲った。
そしてその風に大量の桜の花びらが舞う。
だけど僕らの視線はそれよりも、解けて風に飛ばされた奏のリボンに向いていた。
奏の髪を結んでいた、二つの青いリボン。その片方が風に攫われたんだ。
それを見て、奏は。
「…………」
しばらく茫然と眺めていたのち。
いきなり。
「アタシのリボン……」
目にうっすらと涙を浮かべ、唇や手足も子供みたいに震えていた。
さっきまでの凛々しい姿は、どこに行ったんだろう。
「緋色君、ダッシュです‼」
「わかってるよ、姫」
それを見て、僕と姫は無意識に動き出していた。
奏の側に張り付いた姫と、リボンを追いかけるために走り出した僕。
やっぱり、僕と姫は相性がいいのかもしれない。