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第2話 僕と彼女とアイドル

 学校からの帰り道。

 僕は姫とそれから。

 なぜか、死音奏さんと一緒に下校していた。

 それもやや遠回りな、奏の家を通るルートで。


「死音さんを護衛ですか?」

「そうなんだ。先生の方の死音さんの命令でね」


 僕は前を歩く死音さんを見ながら、隣を歩く姫に軽く経緯を説明していた。

 それは僕と死音さんが、追いかけっこを繰り広げた直後。

 再び訪れた化学準備室にて。


『ストーカーが奏を狙っていてな。だからクラスメイトとして、お前が奏を護れ‼』


 先生から唐突に、そんなことを言われた。

 たぶん先生は、軽度のシスコンだと思う。

 アイドルなら、ストーカーの一人や二人居てもおかしくないし。


「それでクラスで一番、喧嘩が強い緋色君が選ばれたんですか?」

「同じ学校の同級生なら、一緒に行動してても友達ってことで済むからね」


 それに先生曰く、僕なら死音さんと変な噂も立たないらしい。

 その理由として、僕は根本的に姫にしか興味がないのだとか。

 ……否定できないところが怖いよね、あの先生の洞察力。


「事情はわかりました。でも緋色君、私は少し怒ってます」

「え? なんで姫が――」

「噂で聞きました。緋色君、死音さんと手を繋いだらしいですね」

「あ、あれはただの握手だよ‼ 深い意味は特に――」

「それに今日はデートの約束だったのに……私、色々と頑張るつもりだったんですよ‼」


 道の真ん中で、すごいことを言われた気がする。

 聞く人が聞いたら、痴話喧嘩かと勘違いする会話の内容だ。

 さらに姫の最後の言葉なんて、別の意味で勘違いされそうだ。

 現に当事者である僕だって、少しだけ勘違いしそうになったし。


「姫、その……頑張るっていうのは――」

「もちろん。緋色君のお部屋をお掃除したり、お洗濯したり、緋色君のお世話をすることです。料理は少し下手ですが……それも緋色君と一緒に作れば、必ず美味しくなると思います‼」


 拳を握り締めて、力強く言う姫。

 その声に、前を歩いていた死音さんが振り向く。

 そして僕らのことを興味深そうに、眺めてきた。


「ど、どうしたの?」

「お姉ちゃんに聞いたけど、あなたたち恋人同士なのよね」

「恋人同士になったのは、昨日からだけどね」

「へぇ~。で、どっちから告白したわけ?」

「……私です」


 グイグイと来る死音さんの質問。

 それに対して恥ずかしそうに、姫が控えめに手を上げた。

 改めて人に聞かれると恥ずかしいよね。

 僕だってまだ、自覚なんて全然ないのに。


「じゃあ、あなたの方が彼に片想いしてたの?」

「それは……」


 姫が困ったように僕を見る。

 確かに僕は、姫に告白めいたことを言っている。

 でもアレを告白と取るかは、難しいよね。

 あれを告白だとするなら、僕は些か卑怯だ。

 だって、付き合い始めた後に言ったんだから。

 姫が戸惑うのも無理ないよ。

 だから僕ははっきりと言う。


「……違うよ。僕も姫のことがずっと好きだったんだ。でも告白する勇気がなくて」


 だから姫のことを素直に、すごい人だと思ってる。

 僕にはそんな勇気、まだ持てなかったんだから。

 未だに、彼女との釣り合いにこだわりを持つ自分がいる。

 そんなの、姫に対して失礼な行為なのに。

 だってそんなものが無くても、たぶん姫は僕を受け入れてくれる。

 それぐらい、姫の僕に対する好意は本物だ。

 今朝までは疑っていたけど、何となくわかった。

 姫はただ、愛情表現が重いだけなんだって。

 すると僕も自然と、自分の本音が溢れてきて。


「僕もずっと、姫に片想いしてたんだ‼」

「…………」


 僕の言葉に顔を赤くする姫。

 それをアイドルとは思えない、イタズラな笑みで眺める死音さん。

 たぶん、僕の顔もこれ以上ないぐらい赤面しているはずだ。

 その証拠に今、心臓が物凄く早い鼓動を刻んでる。

 姫の顔なんて直視できないよ。


「と、ところで死音さん――」

「死音じゃなくて、奏と呼びなさい」

「でもいきなり、名前呼びなんて」

「学校にはお姉ちゃんもいるから。ややこしいじゃない」


 死音さん――奏が爽やかに笑って答える。

 奏って、怒らせなければ割といい人かも。


「それで何が聞きたいのかしら?」

「アイドルって恋愛御法度だけど。奏は好きな人とかいないの?」

「いるわよ。それも将来、結婚を考えてる人なら」


 奏がそう言った直後、強い風が僕らを襲った。

 そしてその風に大量の桜の花びらが舞う。

 だけど僕らの視線はそれよりも、解けて風に飛ばされた奏のリボンに向いていた。

 奏の髪を結んでいた、二つの青いリボン。その片方が風に攫われたんだ。

 それを見て、奏は。


「…………」


 しばらく茫然と眺めていたのち。

 いきなり。


「アタシのリボン……」


 目にうっすらと涙を浮かべ、唇や手足も子供みたいに震えていた。

 さっきまでの凛々しい姿は、どこに行ったんだろう。


「緋色君、ダッシュです‼」

「わかってるよ、姫」


 それを見て、僕と姫は無意識に動き出していた。

 奏の側に張り付いた姫と、リボンを追いかけるために走り出した僕。

 やっぱり、僕と姫は相性がいいのかもしれない。




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