「捕まえた‼」
ようやく風に攫われたリボンをジャンプして掴み取った時。
地面に着地した直後、変な感覚に襲われた。
でもその感覚を上手く言葉にすることはできない。
ただ一つわかるのは――
「ここ、どこ?」
自分が住む街で、僕が迷子になったことぐらいだ。
周囲を見渡してみると、見覚えはあるけど今の僕は知らない街並みだった。
僕がスマホのGPSで居場所の確認をしようとしていると。
「お兄さん、アタシのお友達をどこに隠したの? それとそれ、アタシのリボン」
そんな僕の足元に小さな影が一つ見えた。
視界の端では、金色の尻尾が踊っている。
それも青いリボンで結われた金色の尻尾が。
「僕は君の友達を隠してないよ。それにこれは僕の友達のリボンなんだ」
視線を下に下げた時、そこには小さな女の子が立っていた。
金色の髪で、頭の片方だけ髪を結んでいる状態の。
僕でもバランスの悪い髪型だと思える女の子が。
「違うもん。アタシ、あの子がリボンを捕まえてくれるの見てたもん」
僕を見ながら頬を膨らませる女の子。
その目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。
それにしても――
「今、四月だけど。その~う、流石にコートとマフラーは暑苦しくない?」
「…………」
僕の言葉に女の子が距離を取る。
まだ幼稚園児ぐらいの女の子に距離を取られるなんて、地味にダメージ大だよ。
「お兄さん、今十二月だよ。クリスマスだよ。お兄さんの服装の方が信じられないよ」
「バカを言わないでよ。いくら僕でも季節を間違えたりなんて――」
街を見渡してみれば、街中クリスマスモード。
いたるところで例のBGMが流れ、サンタのコスプレをしてる人もいる。
集団で僕を引っ掛けようとしてるんじゃなければ、おかしいのは間違いなく僕だ。
「それよりもお兄さん、そのリボン返してよ。アタシのお友達からの誕生日プレゼントなの」
女の子が僕の手にする青いリボンを指差す。
でもこれは確かにこの女の子の物じゃなくて、奏のリボンだ。
なにしろ僕は目の前で、それが風に攫われるのを見たし。
このリボンの帰りを待つ奏がいる以上、簡単に渡すわけにはいかない。
「ごめんね。このリボンを渡すことはできないんだ。それよりも君の友達を探すのを手伝うよ。その子とその子が持つリボンが見つかれば、これを渡さなくても大丈夫だよね?」
僕は女の子に笑い掛ける。
相手は子供だ。優しく接しないと会話もしてくれない。
まずは僕が安全な人間だって、信用してもらうんだ。
「僕の名前は――」
「聞かない。個人情報だもの。だからアタシの名前も教えない」
「……随分な警戒心の強さだね」
「お父さんが色々なところで借金してるから。名前を話すと、誘拐される可能性があるんだって。本当はアタシが外でお友達と遊ぶのも、お母さんはすごく嫌そうなの。でも家にいるとお父さんが痛いことして来るから。アタシはお外でお友達と遊ぶ方が大好き‼」
女の子が両手を広げてアピールする。
それにしてもヘビーな話をあっさりと話す子供だな。
僕もヘビーな過去は持ってるけど、ここまであっさりとは話さないよ。
「なんで僕にはあっさり、そんな重い話をするの?」
「お兄さん、悪い人には見えないもん。それにアタシが好きなウサちゃんに似てるし」
女の子に指摘されて、思わず自分の髪に触れる。
そういえばお昼、姫にも似たことを言われたな~。
確かに白髪に赤眼と来れば、ウサギを連想しても不思議じゃないけど。
「それよりもウサギのお兄さん。本当に一緒にお友達を探してくれるの?」
「うん、僕に任せておいて。頭を使う作業は苦手だけど、体を動かす作業は得意なんだ」
「……人探しも頭はいっぱい使うと思うよ?」
「…………体力には無限の可能性があるんだ」
僕は女の子の言葉を濁すように、かなり強引なことを口にした。
それにしても一体どこから探せば良いんだろう。
僕が知っている街並みだけど、完全に僕が今知る街並みと違う。
さっきまで女の子の近くに居たんなら、そう遠くにも言ってないだろうし。
そうだ。それ以前に肝心なことを聞かないと。
「ところでそのお友達のお名前は?」
「……知らない」
「え? でもプレゼントを貰ったんだから。昨日今日の友達じゃないよね?」
「うん。でもその子もアタシと一緒で名前を教えてくれないから」
この街、闇を抱えた子供多すぎだよね。
僕を含めたら、三人はいることになるじゃないか。
何か特殊な力でも働いてるの?
「ならせめて特徴を教えてくれない。じゃないと探すのも大変だしね」
「……白い髪と黒い髪の男の子」
「それはまたファンキーな髪色に染めたものだね」
「違うよ。元々は黒髪で、今は少しずつ色が落ちてるんだって」
どこかで聞いたような話だ。
僕も似たような経験があるけど、僕とその子だと事情が違う。
その子の場合、白い髪を単純に黒髪に染めてたんだ。
そういうのに対して、子供はすぐ悪いことを口にするから。
心配して親が染めたんだろう。
対して僕はあるものを捨てた結果、少しずつ今の髪色になった。
元々は黒かった髪も、一時期は白と黒のおかしな髪色だったらしい。
まあ流石に小学校に入る以前の記憶だからね。覚えてるはずがないよ。
全部、父さんや母さんから聞いた話だ。
「特徴はわかったよ。それでその彼が行きそうな場所に心辺りはないかな?」
「わからない」
僕の問いかけに女の子が首をゆっくり左右に振る。
どうやら彼女でも知らないらしい。
うん、早くも暗礁に乗り上げたよ。
一体どこに行けば出会えるんだろう。
僕はしばらく腕を組んで考えた。
迷子。迷子。迷子といえば、迷子センター。でもここはデパートじゃないし。迷子。迷子。迷子の迷子の子猫――
「そうだ‼ 交番に行けば会えるんじゃ――」
「私のお友達、人に頼るの嫌いだから。絶対に行かないと思う」
「なら今度からその男の子に、国家権力には簡単に縋るように言っておいてね」
まるで昔の僕みたいな男の子だ。
昔の僕、大人を全面的に信用してなかったし。
警察なんて、今の両親以外信じたことなかったもん。
でもそうすると他には。
「その子の家って知ってるかな?」
「知らない。アタシたち、雨の日も外でしか遊ばないから」
「それはものすごいアグレッシブな生き方だね。でも風邪とか引くかもだから――」
「家にいると、お父さんが怖いんだもん」
「……ごめんね。君の家庭事情も知らずにベラベラと」
僕は心の中で土下座をする思いだった。
どれだけクソな父親なのさ。
子供からこれだけ恐れられてるなんて、絶対にろくでもない父親だよ。
「僕はいっそ、君のお母さんに離婚を勧めるよ」
「離婚? 離婚って何?」
「簡単に言うと、君のお父さんが君のお父さんじゃ無くなるんだよ」
「本当‼」
女の子が目を輝かせる。
初めて彼女の青い瞳が、子供らしく輝く姿が見られた。
輝かせたタイミングが、些か不穏過ぎる会話内容だったけど。
だけど彼女はすぐに暗い顔をした。
「でも……アタシは嬉しいけど、お母さんはそれで幸せなのかな?」
「そんな父親を庇うなら、悪いけど君はお母さんのことも捨てるべきだ」
「そんなことしたらアタシ、住むところが――」
「大丈夫、世界は悪い人ばかりじゃないからさ。きっとすぐに優しい人が君を見つけてくれるよ。現に僕はそうやって助けられたからね」
ただしその直前、僕を助けてくれた人たちと『殺し合い』をしてたのは秘密だ。
それに僕の場合、間違いなくレアケースだからね。
「とりあえず君の友達が見つかるまで僕も付き合うよ」
「いいの? お兄さんもそのリボン、誰かに渡すんじゃ――」
「そうだけど。困ってる子供優先だよ。会いたいんでしょ、その男の子に」
「う、うん。すごくね……すご~く……大切なお友達なの‼」
また女の子に笑顔の花が咲く。
でも今度はさっきと笑顔の種類が違った。
ほんのりと赤みがかっていて、どこか恥ずかしそうな雰囲気を纏った笑顔。
それを見て流石の僕もあることに気づいた。
「もしかして君――」
僕がちょうど言い掛けた時。
また突風が僕を襲った。
それは簡単にリボンを奪い取り、また攫われそうになった。
だけど僕は瞬時にジャンプして手を伸ばす。
もう町内数周マラソンはこりごりだよ。
それに早く、奏にこのリボンを届けないといけないんだ。
不意に脳裏に浮かんだ、幼い子供みたいに泣いている奏の姿。
彼女を泣き止ませるためにも、早く女の子の友達を見つけて帰らないといけないんだ。
「届けぇー‼」
***
ダン‼ という地団駄が響き渡る。
足の裏はジーンとして、体にすごい衝撃が伝わった。
地面に着地した僕の手には青いリボン。
どうやら、今回は風に攫われなかったらしい。
「すごい風だったけど、君は大丈……」
後ろを振り向いて、さっきまで隣にいた女の子に声を掛けたはずだった。
それなのにそこには誰もいない。さらに街並みはいつもの街並みに戻っていて。
僕の足元には桜の花びらが転がっていた。
十二月なんかじゃない。間違いなく四月の風景だ。
「だとすると……考えられるのは……」
さっきの女の子も街の風景も僕の妄想?
もしくは白昼夢でも見てたのかな?
僕は考えながら、今の時間を確認しようとスマホを取り出す。
するとスマホには大量の着信と新着メールが。
それも電話は見たこともない番号だけど、メールの方はちゃんと送り主の名前が書かれていた。僕、まだ連絡先は教えてないはずなんだけどね。
だとすると電話の方も。
「もしもし姫――」
こうして僕のリボン探索劇は終了を迎えた。