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第3話 僕とリボンと女の子


「捕まえた‼」


 ようやく風に攫われたリボンをジャンプして掴み取った時。

 地面に着地した直後、変な感覚に襲われた。

 でもその感覚を上手く言葉にすることはできない。

 ただ一つわかるのは――


「ここ、どこ?」


 自分が住む街で、僕が迷子になったことぐらいだ。

 周囲を見渡してみると、見覚えはあるけど今の僕は知らない街並みだった。

 僕がスマホのGPSで居場所の確認をしようとしていると。


「お兄さん、アタシのお友達をどこに隠したの? それとそれ、アタシのリボン」


 そんな僕の足元に小さな影が一つ見えた。

 視界の端では、金色の尻尾が踊っている。

 それも青いリボンで結われた金色の尻尾が。


「僕は君の友達を隠してないよ。それにこれは僕の友達のリボンなんだ」


 視線を下に下げた時、そこには小さな女の子が立っていた。

 金色の髪で、頭の片方だけ髪を結んでいる状態の。

 僕でもバランスの悪い髪型だと思える女の子が。


「違うもん。アタシ、あの子がリボンを捕まえてくれるの見てたもん」


 僕を見ながら頬を膨らませる女の子。

 その目元には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 それにしても――


「今、四月だけど。その~う、流石にコートとマフラーは暑苦しくない?」

「…………」


 僕の言葉に女の子が距離を取る。

 まだ幼稚園児ぐらいの女の子に距離を取られるなんて、地味にダメージ大だよ。


「お兄さん、今十二月だよ。クリスマスだよ。お兄さんの服装の方が信じられないよ」

「バカを言わないでよ。いくら僕でも季節を間違えたりなんて――」


 街を見渡してみれば、街中クリスマスモード。

 いたるところで例のBGMが流れ、サンタのコスプレをしてる人もいる。

 集団で僕を引っ掛けようとしてるんじゃなければ、おかしいのは間違いなく僕だ。


「それよりもお兄さん、そのリボン返してよ。アタシのお友達からの誕生日プレゼントなの」


 女の子が僕の手にする青いリボンを指差す。

 でもこれは確かにこの女の子の物じゃなくて、奏のリボンだ。

 なにしろ僕は目の前で、それが風に攫われるのを見たし。

 このリボンの帰りを待つ奏がいる以上、簡単に渡すわけにはいかない。


「ごめんね。このリボンを渡すことはできないんだ。それよりも君の友達を探すのを手伝うよ。その子とその子が持つリボンが見つかれば、これを渡さなくても大丈夫だよね?」


 僕は女の子に笑い掛ける。

 相手は子供だ。優しく接しないと会話もしてくれない。

 まずは僕が安全な人間だって、信用してもらうんだ。


「僕の名前は――」

「聞かない。個人情報だもの。だからアタシの名前も教えない」

「……随分な警戒心の強さだね」

「お父さんが色々なところで借金してるから。名前を話すと、誘拐される可能性があるんだって。本当はアタシが外でお友達と遊ぶのも、お母さんはすごく嫌そうなの。でも家にいるとお父さんが痛いことして来るから。アタシはお外でお友達と遊ぶ方が大好き‼」


 女の子が両手を広げてアピールする。

 それにしてもヘビーな話をあっさりと話す子供だな。

 僕もヘビーな過去は持ってるけど、ここまであっさりとは話さないよ。


「なんで僕にはあっさり、そんな重い話をするの?」

「お兄さん、悪い人には見えないもん。それにアタシが好きなウサちゃんに似てるし」


 女の子に指摘されて、思わず自分の髪に触れる。

 そういえばお昼、姫にも似たことを言われたな~。

 確かに白髪に赤眼と来れば、ウサギを連想しても不思議じゃないけど。


「それよりもウサギのお兄さん。本当に一緒にお友達を探してくれるの?」

「うん、僕に任せておいて。頭を使う作業は苦手だけど、体を動かす作業は得意なんだ」

「……人探しも頭はいっぱい使うと思うよ?」

「…………体力には無限の可能性があるんだ」


 僕は女の子の言葉を濁すように、かなり強引なことを口にした。

 それにしても一体どこから探せば良いんだろう。

 僕が知っている街並みだけど、完全に僕が今知る街並みと違う。

 さっきまで女の子の近くに居たんなら、そう遠くにも言ってないだろうし。

 そうだ。それ以前に肝心なことを聞かないと。


「ところでそのお友達のお名前は?」

「……知らない」

「え? でもプレゼントを貰ったんだから。昨日今日の友達じゃないよね?」

「うん。でもその子もアタシと一緒で名前を教えてくれないから」


 この街、闇を抱えた子供多すぎだよね。

 僕を含めたら、三人はいることになるじゃないか。

 何か特殊な力でも働いてるの?


「ならせめて特徴を教えてくれない。じゃないと探すのも大変だしね」

「……白い髪と黒い髪の男の子」

「それはまたファンキーな髪色に染めたものだね」

「違うよ。元々は黒髪で、今は少しずつ色が落ちてるんだって」


 どこかで聞いたような話だ。

 僕も似たような経験があるけど、僕とその子だと事情が違う。

 その子の場合、白い髪を単純に黒髪に染めてたんだ。

 そういうのに対して、子供はすぐ悪いことを口にするから。

 心配して親が染めたんだろう。


 対して僕はあるものを捨てた結果、少しずつ今の髪色になった。

 元々は黒かった髪も、一時期は白と黒のおかしな髪色だったらしい。

 まあ流石に小学校に入る以前の記憶だからね。覚えてるはずがないよ。

 全部、父さんや母さんから聞いた話だ。


「特徴はわかったよ。それでその彼が行きそうな場所に心辺りはないかな?」

「わからない」


 僕の問いかけに女の子が首をゆっくり左右に振る。

 どうやら彼女でも知らないらしい。

 うん、早くも暗礁に乗り上げたよ。

 一体どこに行けば出会えるんだろう。

 僕はしばらく腕を組んで考えた。

 迷子。迷子。迷子といえば、迷子センター。でもここはデパートじゃないし。迷子。迷子。迷子の迷子の子猫――


「そうだ‼ 交番に行けば会えるんじゃ――」

「私のお友達、人に頼るの嫌いだから。絶対に行かないと思う」

「なら今度からその男の子に、国家権力には簡単に縋るように言っておいてね」


 まるで昔の僕みたいな男の子だ。

 昔の僕、大人を全面的に信用してなかったし。

 警察なんて、今の両親以外信じたことなかったもん。

 でもそうすると他には。


「その子の家って知ってるかな?」

「知らない。アタシたち、雨の日も外でしか遊ばないから」

「それはものすごいアグレッシブな生き方だね。でも風邪とか引くかもだから――」

「家にいると、お父さんが怖いんだもん」

「……ごめんね。君の家庭事情も知らずにベラベラと」


 僕は心の中で土下座をする思いだった。

 どれだけクソな父親なのさ。

 子供からこれだけ恐れられてるなんて、絶対にろくでもない父親だよ。


「僕はいっそ、君のお母さんに離婚を勧めるよ」

「離婚? 離婚って何?」

「簡単に言うと、君のお父さんが君のお父さんじゃ無くなるんだよ」

「本当‼」


 女の子が目を輝かせる。

 初めて彼女の青い瞳が、子供らしく輝く姿が見られた。

 輝かせたタイミングが、些か不穏過ぎる会話内容だったけど。

 だけど彼女はすぐに暗い顔をした。


「でも……アタシは嬉しいけど、お母さんはそれで幸せなのかな?」

「そんな父親を庇うなら、悪いけど君はお母さんのことも捨てるべきだ」

「そんなことしたらアタシ、住むところが――」

「大丈夫、世界は悪い人ばかりじゃないからさ。きっとすぐに優しい人が君を見つけてくれるよ。現に僕はそうやって助けられたからね」


 ただしその直前、僕を助けてくれた人たちと『殺し合い』をしてたのは秘密だ。

 それに僕の場合、間違いなくレアケースだからね。


「とりあえず君の友達が見つかるまで僕も付き合うよ」

「いいの? お兄さんもそのリボン、誰かに渡すんじゃ――」

「そうだけど。困ってる子供優先だよ。会いたいんでしょ、その男の子に」

「う、うん。すごくね……すご~く……大切なお友達なの‼」


 また女の子に笑顔の花が咲く。

 でも今度はさっきと笑顔の種類が違った。

 ほんのりと赤みがかっていて、どこか恥ずかしそうな雰囲気を纏った笑顔。

 それを見て流石の僕もあることに気づいた。


「もしかして君――」


 僕がちょうど言い掛けた時。

 また突風が僕を襲った。

 それは簡単にリボンを奪い取り、また攫われそうになった。

 だけど僕は瞬時にジャンプして手を伸ばす。


 もう町内数周マラソンはこりごりだよ。

 それに早く、奏にこのリボンを届けないといけないんだ。

 不意に脳裏に浮かんだ、幼い子供みたいに泣いている奏の姿。

 彼女を泣き止ませるためにも、早く女の子の友達を見つけて帰らないといけないんだ。


「届けぇー‼」


   ***


 ダン‼ という地団駄が響き渡る。

 足の裏はジーンとして、体にすごい衝撃が伝わった。

 地面に着地した僕の手には青いリボン。

 どうやら、今回は風に攫われなかったらしい。


「すごい風だったけど、君は大丈……」


 後ろを振り向いて、さっきまで隣にいた女の子に声を掛けたはずだった。

 それなのにそこには誰もいない。さらに街並みはいつもの街並みに戻っていて。

 僕の足元には桜の花びらが転がっていた。

 十二月なんかじゃない。間違いなく四月の風景だ。


「だとすると……考えられるのは……」


 さっきの女の子も街の風景も僕の妄想?

 もしくは白昼夢でも見てたのかな?

 僕は考えながら、今の時間を確認しようとスマホを取り出す。

 するとスマホには大量の着信と新着メールが。

 それも電話は見たこともない番号だけど、メールの方はちゃんと送り主の名前が書かれていた。僕、まだ連絡先は教えてないはずなんだけどね。

 だとすると電話の方も。


「もしもし姫――」


 こうして僕のリボン探索劇は終了を迎えた。


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