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第4話 僕と化学教師とタイムマシン

 僕が姫に呼び出された公園に赴くと――


「アタシのリボン‼」


 リボンを無くす前の姿はどこへやら、慌てた様子で僕に駆け寄ってくる奏がいた。

 それも性格はさっきまでの格好いい雰囲気から転じて、どこか子供っぽい。


「大丈夫だよ。安心してよ。この通りちゃんと手に持ってるからさ」


 僕が青いリボンを見せつけると、奏が子供のように涙を浮かべた。

 そしてワンワンと泣き出す。まさか本当に「わんわん」言うとは思わなかったけど。

 こんな泣き方をする女の子なんて、あの子ぐらいだと思ってたよ。

 本当に世界って色々な人がいるんだね。


「それよりも姫、ここって――」

「奏ちゃんのお家です」

「へぇ~ここが……」


 僕は軽く空を仰ぐ。

 眼前に聳え立つ高層マンションを見上げるために。

 すごいや。高すぎて屋上まで全然見えない。

 ……そうじゃなくて‼


「なんで姫は平然としてるのさ‼ 驚こうよ‼ アイドルってこんなに儲かるの⁉」

「これぐらい大したことありませんよ。最上階でも家賃は三桁台でしたし」

「……姫は一度、金銭感覚を調整した方がいいと思うんだ」


 というかなんで、この物件の家賃金額を知ってるのさ‼

 はっ……まさか……。


「もしかして姫、このマンションって――」

「父が所有する物件の一つです」


 やっぱり‼ 流石は日本有数の大財閥だよ。

 その父親の物件を把握してる姫もすごいけど。


「ちなみに緋色君と同棲生活を経験するためのお部屋も用意して――」

「それに関しては気が早すぎないかな‼ 僕らまだ高校生になったばかりだよ‼」

「何を言うんですか‼ 高校を卒業したら即結婚するんです。在学中に同棲を経験するのは当然じゃないですか‼」


 まるで僕が悪いみたいな言い方だった。

 え~怒られるの僕なの?

 どう考えても姫の思考の方がおかしいと思う。

 それと――


「奏はいつまで泣いてるのさ‼ いい加減に泣き止もうよ‼」


 僕と姫が二人の将来に関する話をしている間。

 その間も奏はリボンを抱きしめて泣いていた。

 そんなに大切なリボンだったのかな?


「奏ちゃんが泣くのも無理ありません」


 僕が奏のリボンに関する曰くを想像していると、何か知っている風の姫が奏を庇った。

 僕としては別に怒ったり、文句を言っているつもりはなかったんだけどな~。

 ただ少し奏の反応にビックリしただけで。


「あのリボン。奏ちゃんの話によると、初恋の男の子からもらったものらしいですよ」

「初恋の男の子?」

「はい。私にとっては緋色君のことですね」

「……本人を前にして惚気るのはやめてよ」


 僕の腕にギュッと抱きついて来た姫。

 お互い両想いではあるけど、本人の口からそう言われると普通に恥ずかしいよ。

 そりゃあ僕だって、姫が初恋の相手ではあるけどさ。


「どうしたんですか、緋色君。顔が真っ赤ですよ」

「誰のせいだと思ってるのさ⁉」


 イタズラっぽく笑う姫。

 う~時々姫が攻撃的過ぎるよ、主に恋愛的に。


「ちょっと。人の初恋をダシに惚気ないでくれるかしら」


 僕らがそんなやり取りをしてると、いつの間にか泣き止んだ奏が僕らを睨んでいた。

 相変わらずリボンは大事に抱えていたけど。


「それで奏は初恋の人とはどうなったの?」

「子供の頃に別れてそれっきり……本当にムカつくわ。あの時、あの変なウサギ男の言葉を信じてお母さんに離婚を勧めたばかりに。まああのロクデナシとも縁が切れて、清々したんだけどね」


 奏が長い独り言をつぶやく。

 その独り言の中に現れたウサギ男。

 その言葉に妙に胸がザワついた。

 他の話にもすごく聞き覚えがあったし。

 でもそんなことあり得ないよね。

 だって奏は高校生で、僕がさっき会った女の子。

 あの子はまだ幼稚園児ぐらい。ただの偶然だよ。


「お前ら、人の家の前で一体何をしてるんだ?」


 僕らがマンションの前で雑談を交わしていると、外でもお構いなしに白衣を着た女性。

 僕らの担任であり、奏のお姉さんでもある響先生が僕らの前に現れた。

 どうやら早々と学校を退勤してきたみたいだ。


「先生がこんな時間に退勤なんて珍しいですね。いつもは化学準備室に籠ってるのに」

「色々とあってな。実験の失敗で二、三日あの部屋が使えなくなったんだ」


 僕の質問にタバコに火をつけながら答える先生。

 それにしても実験が失敗して、よく平然としてられるよね。

 普通はもっと慌てるはずなのに。


「また実験? 今度は何の実験をしてたのよ、お姉ちゃん」

「うん? タイムマシン」


 火を点けたタバコの先を一度口につけて離し、先生がゆっくりと煙を吐き出す。

 僕らはその煙が完全に風で流されるまでの間、ボーっと眺めていた。

 そして一斉に声を上げる。


「「「タイムマシン⁉」」」


 またこの先生は、なんてものを開発しようとしてるんだろう。

 この人がいるだけで、簡単にSFチックな世界へ仲間入りだ。


「それを使えば、緋色君との新婚生活を見に行けますか‼」

「それを使えば、またあの男の子に会えるの?」


 タイムマシンと聞いて、姫と奏が私欲に走ろうとする。

 僕? 僕は特にないかな。

 過去に後悔はないし、未来は自分でなんとかするつもりだからね。

 精々、テスト問題をカンニングしたいだけだよ。

 まあ僕の場合、テスト問題を見たところで答えがわからないから無駄なんだけど。


「それで先生、今回はどんな感じに失敗したんですか?」


 僕が高校へ通い始めて一週間弱。

 その間にも先生は何度も実験をしている。

 その度に半分の確率で失敗してるみたいだ。

 きっと今回もロクでもない失敗を――


「タイムマシン事体はちゃんと起動した」


 今、サラっとすごいこと言わなかった。

 それも世紀の大発明に関わるすごいことを。


「なら良かったじゃないですか。今日は先生の奢りで焼肉ですね」

「バカを言うな。起動したところで目的の動きが出来なければ意味がない」

「…………はい?」


 先生の言葉に混乱する僕。

 その話にいち早く納得する姫。

 やや遅れて理解した様子の奏。

 地味に虐められている気がする。


「私は試運転で、学生時代のモテモテだった自分の姿を確認しようとした」

「先生、記憶を捏造しないでください。それは単なる先生の妄想だと――」


 ズッシリとした重い一撃が僕の鳩尾を捉える。

 地面に膝を折る僕の眼前には先生の怖い笑顔が。


「何か言ったか、学校一のバカ」

「ダメよ、柊君。お姉ちゃん、学生の頃は本当にモテてたんだから」

「そんなの絶対に嘘だよ‼ 暴力的で今や独身を拗らせそうな先生なんだよ」


 僕が忠告してきた奏を見ながら答えると、僕の足元で小さくボンッという音が聞こえた。音のした方へ視線を向けると、そこには煙を出しながら少しだけ焦げた僕の靴が。


「何をするんですか⁉」

「女性を嘘つき呼ばわりした罰だ。それよりも話の続きだが」


 僕は先生の言葉も無視して、靴を脱いで焦げ目をマジマジと確認していた。

 これぐらいなら、問題ないよね?

 三月に買ったばかりだし、まだ買い替える気なんて全然ないのに。


「それは本当ですか⁉」

「嘘じゃないわよね、お姉ちゃん‼」


 僕が自分の靴のことに集中している間にだった。

 いつの間にか先生の話は進み、話の核心を聞いた姫と奏が僕と僕が回収してきた奏のリボンを交互に見比べていた。まるで狐に口を摘ままれたような表情で。


「どうしたのさ、二人――」

「事実だ。今回の起動で時間渡航をしたのは、ここにいる日本一のバカ――柊緋色だ」


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