場所を先生と奏の二人が住むマンションへ移し、僕らは話を続けていた。
死音家のテーブルを囲む僕ら。
僕と姫と奏は一辺に並んで座り、向かい側にはスケッチブックを手にした先生。
ちなみに三人のセンターは僕。その右側に姫、左側に奏が座っている状態だ。
テーブルには、奏が用意してくれたコーヒーとクッキーが乗っている。
「それで先生、僕が時間渡航をしたっていうのは?」
「まず一つ一つ順を追って説明する。そもそも私が作ろうとしたのは純粋なタイムマシンだった。それは当然過去や未来に行って、自分姿をこっそりと覗くことができる代物だ。そうなる予定だったんだ。しかし……」
既に記入済みのスケッチブック。
その絵が陰からこっそり覗く絵から一辺する。
捲られた次のページ。そこに書かれていたのは、人と人が入れ替わる絵だった。
「どういうわけか。現在の自分と行き先の時代に居る自分を入れ替えるシステムを作り出してしまった。つまり時間置換マシンだ」
あっさりと言われたけど、タイムマシンよりもすごいことを言われた気がする。
どう見てもそっちの方が上だと思うんだけど、あまり先生の反応は芳しくない。
「なんでそんな困った顔をしてるんですか?」
「突然、未来や過去の世界に連れて来られる側のことを考えてみろ」
言われて軽く想像してみる。
過去の世界か……いきなり恐竜とか出てきたらビックリだよね。
未来に関しても……いきなり世紀末かと言われたら驚くしかないよ。
「言っておくが。恐竜がいる時代や世紀末なんかを想像しても意味がないからな。使用者が生きていない時代には、行けないらしい。まあそんなこと、言わなくてもわかると思うが」
「と、当然ですよ‼ 今の話を聞いてそんなバカな発想をする人、いるわけがないじゃないですか‼」
危なかった。口に出して呟いてたら、いい笑いものだったよ。
なるほど。確かにこんな状況でいきなり入れ替わったら、迷惑どころじゃないよね。
「というように。そんなバカな勘違いをしたここにいる柊緋色。こいつは既に時間置換を経験している。現に私は先ほど置換マシンの力を計測して、現在の柊と入れ替わった過去の柊と接触した。根拠もちゃんとある。柊、お前は奏のリボンを探していた。違うか?」
「な、なんで先生がそのことを⁉ 二人とも、先生にそのこと話したの?」
僕は左右に座る二人を交互に見て確認を取る。
だけど二人とも首を振るばかり。
どうやら二人とも、心当たりはないらしい。
となると一体どうやって。
「過去の自分と現在の自分が入れ替わる方法は簡単だ。置換マシンの効果範囲にて、対象者が過去の自分と同じ行動をしていること。またその鍵となるアイテムを所持していることだ。今回に関して言うなら、柊は現在と過去の両方がリボン探しを行っていた。さらに手には見つけたばかりのリボンを手にしていた。そこから導き出される答えは……」
先生が核心を告げるために一拍置く。
まるで勿体つけるみたいに。
だけどその間に先生のステージは奪われた。
他でもない先生の妹でもあり、僕以外の誰もが知る売れっ子アイドルに。
「もしかして……ヒー君?」
僕の左隣りから聞こえた誰かのあだ名。
それには聞き覚えがあった。
それどころか自分からそう呼ぶように頼んだ。
僕はゆっくりと絡繰り人形みたいに首を動かす。
そして無言のまま左隣りを確認した。
そこには両手で口元を押え、両目から涙を溢れさせる奏――
「もしかしてカナちゃん?」
「そうよ、ずっと探してたんだから‼」
ズッシリとした重みが僕の体を襲う。
僕が奏に抱きつかれているのに気づいたのは、姫の鋭い視線に気づいてからだった。
……どうしよう。姫になんて言って弁明すればいいんだろう。
「緋色君、ご説明を。彼女の私には聞く権利があると思います」
すごい。僕の彼女、氷の女王みたいになってる。
だって背景にブリザードが見えるもん。
明らかに怒ってる……よね?
ここは正直に説明しよう。
「実は奏が言ってた初恋の男の子って……って初恋⁉」
自分で言って改めて理解した。
え? アイドルの初恋相手が僕?
いきなり言われて脳が大混乱だよ。
姫にも説明しないといけないのに。
「ちょっと待って姫。少しだけ僕に整理する時間を~」
「わかりました。特別に一〇秒あげます」
「僕の理解力がそれだけの時間で間に合うと?」
「大丈夫です。緋色君なら必ずできるはずです」
「今は信頼とか関係なく、ただ真相を知りたいだけだよね⁉」
よし。まずは自分の頭の中で整理しよう。
子供の頃、日本に来た時期が中途半端だったから僕は幼稚園や保育園に通わなかった。
その頃僕は一日中街をブラブラしていて、そんな時に一人の女の子と知り合った。
名前は聞かなかったし、家の場所も聞かなかったけど毎日のように遊んだ。
でも女の子は家の事情で小学校に上がる前に引っ越してそれっきり。
確かその子には、クリスマスの誕生日の日に青いリボンを渡したっけ。
親からプレゼントを貰ったことがないって、ところにすごい共感して。
そしてすごく肝心なのが、僕がその子を女の子として好きだったかどうかだけど――
「時間切れです。おまけで一分もあげたので、ちゃんと整理できましたよね?」
今までこんなにも、姫の笑顔を怖いと思ったことがあっただろうか?
今にも目からビームとか発射しそうなんだけど……。
いや、向こうからしたら浮気された気分だろうし当然だよね。
「カナちゃん――奏は僕が小学校に入る前の友達なんだ」
「そんなお話初耳です」
「うん、正直僕もすっかり忘れてたからね」
たぶん先生が作ったタイムマシンで過去に行ったおかげだ。
あそこであの女の子――昔の奏に会ったおかげで思い出せた。
「でもよくお互いに気づかなかったよね」
「当然でしょ。だってヒー君、髪色が変わってたもの」
「でもただ黒色がなくなっただけだよ。それ以外は昔のまま――」
「子供の頃は一人称が『僕』じゃなくて、『俺』だったけど?」
「それは気持ちの切り替えで……とにかくまた会えて良かったよ。それにしても……本当にアイドルになっちゃったんだね」
「ヒー君が勧めたんじゃない。それなのに本人は全く興味が無さそうだし」
「あの頃は、日本のアイドル文化にカルチャーショックを受けてたんだよ」
姫や先生を置き去りにして、繰り広げられる僕と奏の思い出話。
すると僕の右腕を姫がグイッと引っ張った。
「いくら奏ちゃんの初恋相手が緋色君でも。今は私の彼氏ですから」
「心配しないで。確かにヒー君は初恋相手で、子供の頃から大好きな男の子だったけど。ちゃんと彼女がいるなら諦めるわ。でもヒー君、一つだけ聞かせて」
諦めると確かに言ったはずの奏。
彼女の目がジッと僕の顔を見る。
その瞳には小さな期待が込められてるように見えた。
「もしも今、付き合ってなかったらアタシと――」
「悪いけどそれはないかな。僕、奏のことをそういう風に見たことはなかったから。それに――」
僕はそこまで言って、視線だけを姫の方へ向けようとした。
それだけで奏が何かを察する。一方でこちらが見えない姫は気づかない。
それがわかったうえで、僕は奏に真正面から伝える。
「僕の初恋相手は別にいるから」
僕の解答の直後、妙に周りが静かになるのを感じた。
さっきまで僕と奏の関係に興味を持っていた姫は大人しくなり。
スケッチブックに説明を書いていた先生の手も止まる。
僕はただ、目を逸らさずにただ奏と向き合っていた。
するとしばらくして、ようやく奏が口を開く。
それも少しだけ震えた声で。やや顔を俯かせて。
「……そ、そうよね。あれからもう十年も経つんだし……」
「…………」
僕はただ奏の言葉を聞く。
それだけしか許されない気がしたから。
「ヒー君にだって好きな子ぐらいいるわよね。それにヒー君が初めて好きになった人なら……」
奏がそっと、向かい合う僕の背後にいる姫を覗き見する。
その行動だけで、僕の気持ちがちゃんと奏に伝わっているとわかった。
「間違いなく。ヒー君を幸せにしてくれるわ」
そう言って奏がリビングを立ち去る時、キラリと涙が宙に舞った。