夏休み明け、二学期初日の朝。学校へ登校すると――
ドサドサと漫画みたいに大量のラブレターが、下駄箱の中から雪崩落ちてきた。
「流石におモテになりますな~。男子バスケ部のエース様は」
その瞬間を見ていた女子バスケ部に所属する女の子――
フユが自分の下駄箱に手を掛けるのを見て、俺もそっくりそのまま同じセリフを返す。
「流石におモテになりますな~。女子バスケ部のエース様は」
すると案の定、俺の下駄箱と同じように大量のラブレターが雪崩落ちてくる。
量は俺と同じぐらい。紙袋一袋分と言ったところか。
「もうなんでよ‼ 私、モテる要素なんてないのに‼」
「それはこっちのセリフだ。俺だってモテる要素ゼロだぞ」
下駄箱前に並ぶ低身長男子と高身長女子の凸凹コンビ。
それが俺たちオールシーズンコンビだ。
俺――夏陽ハルは身長が120センチ以下。
秋月フユは女子にしては高い170センチ。
俺たちの関係を一言で表すなら、腐れ縁だ。
母親同士が友達同士の為、ちょくちょく二人で遊ぶことが多かった。
というかフユのバスケの練習相手として、よく俺が宛がわれていた。
それ以降二人でいる時にもよく話すようになり、今では軽口を叩き合う仲。
傍から見れば、恋愛とは無縁の男女の友情にしか見えないはずだ。
少なくとも俺は違うんだけどな。
俺は明確にフユを意識している。
それも子供の頃、彼女の試合を初めて見た日から。
「何、見てるのよ」
「別に~」
床に落ちたラブレターを拾い集めるフユと目が合った。
短い黒髪に整った目鼻立ち。
彼女の黒い瞳が軽く俺を睨みつける。
別に怒られることをした覚えはない。
ただ単に俺は見ていただけだ。
気になることは一つあるけど。
「ところで女バスも代替わりしたんだよな?」
「ええ。そちらと違って県予選で負けましたから。夏休み前にあっさりと」
「ところどころ毒がある言い方だな……」
決してウチの女バスは弱くない。
それどころか全国の一歩手前まで進んでいたんだから充分強い。
相手だって今年の全中ベスト4。そんな相手と熱戦を演じたのだから。
それでもフユは満足してないようで。
「高校こそはインターハイに行って見せるんだから」
「その意気。その意気」
「何? 自分はもうインターハイを決めたつもりなの?」
「そもそも俺、高校でもバスケをやるとは限らないし」
会話の合間にかき集めた大量のラブレターを抱え、俺はフユを置き去りに歩き出す。
すると彼女も慌てて床に散らばった手紙をかき集めて、俺の後を追いかけてきた。
「まさか中学で辞めるつもり‼」
後ろからフユの叫び声が聞こえた。
既に数歩先を歩く俺には遠すぎる位置から。
それに対して俺は振り返ることもせず軽く手を振って答える。
「心配するな。高等部に行くまでには決めておくよ」
考えはもう纏まっているのに、俺は敢えてそんな言い方をした。
ただフユを揶揄う。そのためだけに。
***
「お前がバスケを辞める? 冗談も休み休み言え」
始業式を控えた教室。
俺は友達の宿題を写しながら、朝の出来事を話していた。
友人の名前は
ちなみに俺は副キャプテン。司ができた人間だったから仕事なんてほぼ無かったけど。
「夏休みフルに使って。高等部の練習に混ざっていたやつが何を言う」
「黙れ。お前も似たようなもんだろうが。ちゃっかり俺と一緒に参加しやがって」
「高等部の練習にも慣れておく必要があるからな。レギュラーを狙う以上は」
「…………」
俺は宿題を進める手を止めて、眼鏡を掛けた優等生ポイントガードをみつめる。
すると当の本人はややイラつき気味に。
「なんだ? その目は? 俺の顔に何かついてるのか?」
「そうじゃなくて。軽くビックリしたんだ。お前にもそういう闘争心、あったんだな」
「誰かさんのおかげでな。ハルだって狙うんだろ、レギュラー」
「当然……と言いたいところだけど。身長がな~」
120センチ以下のバスケット選手。そんなのが通じるのは所詮、中学レベルまで。
高校で俺がどこまでやれるのか。それは未だ未知の可能性だ。
高等部でもバスケはやる。それは決定事項だけど、中等部ほど本気でやるかは微妙なところだった。ただし身長についての葛藤は既に、バスケを始めた中一の時にクリアしてる。全中で手も足も出ないまま負けた時に。問題は俺が高校レベルを知らないという点だ。ウチの高等部も強いは強いけど、全国レベルとまでは行かない。
「秋月目当てでバスケ部に入ったクセに今さらだな」
「ハハハ。お前、デリカシーって言葉知ってる?」
司とは親友のような関係。
ひょんなことから時折、恋愛相談もしてる。
数少ない俺がフユを好きだと知る人間の一人だ。
「た、確かにきっかけはあいつだよ。でもな、今もそれだけとは限らないだろ」
純粋にバスケも楽しいし、全国レベルの相手と戦うのはワクワクする。
中には今度こそ勝ちたい、ライバルだっているし。
「だから俺が悩んでるのは――」
「背が低くて。試合で使ってもらえるか不安ってところか?」
顎が外れそうなほど驚いた。こいつはエスパーか何かなのか。
まさにその言葉の通り、俺はそういうことを不安視していた。
「確かに二年連続全中MVPとはいえ、その身長だとな……」
「どうせ、クソチビだよ。スゲー健康体なのにさ」
「腐るな。その代わりジャンプ力とスピードは全国一だろ」
「お、おう。なんだよ、お前にしては珍しく――」
「でも背が低い分。パスする時に追加の戦略を組み込まないといけないんだよな」
「表に出やがれ‼ 喧嘩の大安売りなら底値で買ってやる‼」
こうしてこの日、夏陽ハル中学三年の二学期は静かに幕を上げた。