ウチの学校は朝に関しては自主練である。
各部で音頭を取り、チーム練習に取り組む部活もあれば、個人練習に費やす部も少なくない。その中で俺たちバスケ部は週に数日チーム練習の日を設け、残りは全て個人練習に充てている。
そういう日は基本、フユが1on1を申し込んでくる。
俺は滅多にフユとはやりたがらないが。二日連続でやるのは本当に久しぶりだ。
「なんでギャラリーがいるんだよ?」
「昨日の対決を見た人間から噂が広まったんだ」
シュート練習をしていた司が解説する。
というか司もちゃっかり見に来てるし。
こいつ、朝は寝起きが悪くて有名なんだよな。
合宿の時もいつも顧問すら起こしに行かないし。
毎度クジ引きでハズレを引く、俺の身にもなって欲しい。
「まあ中学MVPと注目の女バス選手の戦い。気にならない方がおかしい」
「またミーハーなやつらだな。脳天にシュートしてやろうか?」
何が注目の女バス選手だよ。
相手をする人間にとってはやりづらいんだぞ。
ただでさえ――
「思った以上にギャラリーが集まったわね」
「そ、そうだな」
相手は俺よりも背の高いフユ。
まるで小学生と大人の対戦だ。
「いつも通り、そっちボールからでいいぞ」
「あらそう? 相変わらず甘いのね」
フェアプレーはどこへやら。
ボールを渡した瞬間、フユが高速でインサイドに切り込んでくる。
インからもアウトからもシュートを狙う。
それがスモールフォードであるフユのプレースタイルだ。
「甘いのはどっちだ‼」
フユのレイアップシュートがゴールを襲おうとした直前。
俺は彼女の手のひらにあったボールを叩き落とした。
身長では負けていても、総合的なジャンプ力と対空力。
その二つに於いて、俺はフユを圧倒している。
「舐められたものだな。いくら寝不足でも今のが止められないわけないだろ」
「……寝不足なの?」
「……気にするな。ただの負けた時の言い訳だ」
***
正式な試合でも練習試合でもないのに、体育館は揺れていた。
ギャラリーに立つのは中等部、高等部ごちゃ混ぜの生徒たち。
その全員が今、俺とフユの勝負に熱中していた。
俺がフユのシュートを止めれば歓喜し、シュートが決まればそれ以上に歓喜する。
こちらの3ポイントが連続で決まった時は全員、息をするのも忘れていたと思う。
そして互いに一歩も引かず、残すは俺の後攻め。点数は8点ずつ。
フユには4回2点シュートを決められ、俺は2回3ポイントを、1回2点シュートを決めている。改めて互いに一筋縄では行かないことを理解する。
既に10回近く攻守を入れ替えているのに、ゴールできた回数は5回未満。
でも別に二人のオフェンス能力が低いわけじゃない。
正確にはオフェンス力もディフェンス力も高いんだ。
「そろそろHRだ。次で終わりにするぞ」
「そんなこと言っても言いわけ? 私が簡単に許すとでも――」
俺は口を閉ざしてゴールだけに視線を向ける。
するとフユの顔つきも明らかに変わった。
さっきまでも十分に本気。
でも今はそれ以上に本気だ。
体育館に俺のドリブルの音だけが響く。
観客すらも声を出すことを忘れていた。
「…………」
「…………」
フユと俺の視線が静かにぶつかり合う。
目線に軽いフェイクを組み込むも微動だにしない。
足の向きも動かすが、やはりフェイクだと読まれている。
それにフユは知っている。俺のシュートポジションがコート全体だと。
ディフェンスさえいなければ、俺のシュートはどこからでも完璧に入る。
だから不用意に突っ込んでくることもできない。
間合いを図り、適切な対応を取るのが得策だ。
――俺に3ポイントしかないならだけど。
「ッ⁉」
俺は深く素早く切り込んだ。
慌てて回り込んでくるフユ。
彼女が俺に追いついた直後、俺は軽く後ろへ下がる。
きっとそれを見て、フユは俺が無謀な攻めを辞めたと読んだはずだ。
3ポイントに切り替えてくる。少しでもそう考えたのなら――俺に負けはない。
下がった直後。俺は先ほどよりもさらに速度を上げ、急激にインサイドヘ切り込む。
その急変化にフユの足は軽く攣れていた。
2段構えの速度変化。大概の相手はこれについて来れない。
破られたのは全国の舞台。それも中学一年の時だけ。
それ以来、これを使って負けたことは一度もない。
俺がゴール下でボールを空中に置いてきた時、立ち上がり駆け出す音が聞こえた。
「……半歩足りない」
頭上に見えた大きな影。
それは一直線にボールヘ伸びていた。
しかしその影がボールに届くことはない。
静かにゴールネットは揺れる。
朝練終了を告げるチャイムと同時に。
***
「あの技まで使うとはな。一日に3回までが限度なんだろ?」
「舐めんな。今は5回までなら余裕で使える」
「ちゃんと医者の了承を得たうえでか?」
「…………」
男バスの部室。俺は司の言葉に口を閉ざす。
「もしも~し。ちゃんと聞いてるか、俺の声」
「しょうがないだろ。それだけの相手なんだよ、あいつは」
「でも普通使うか? 好きな相手に奥の手なんか」
「好きだからこそ、手加減なんてできないんだよ」
俺が最後に使った技。
あれは一日に付き、使用制限がある。
理由は俺の体がまだできていないから。
それ以前に俺の体は子供のような作り。
自分が持つ力の反動に耐え切れないからだ。
現に中一の頃、それで痛い目にあっている。
「秋月ファンの反感は買っただろうな」
「知るか。俺たちはいつも本気の勝負なんだ」
その勝ち負けで他人に恨まれる筋合いはない。
それにフユならどうせまたリベンジしてくる。
「真剣勝負にゴチャゴチャ言うやつはぶっ飛ばす。それだけだ」
俺は静かにロッカーの扉を閉めた。