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第5話 二人の対決

 ウチの学校は朝に関しては自主練である。

 各部で音頭を取り、チーム練習に取り組む部活もあれば、個人練習に費やす部も少なくない。その中で俺たちバスケ部は週に数日チーム練習の日を設け、残りは全て個人練習に充てている。


 そういう日は基本、フユが1on1を申し込んでくる。

 俺は滅多にフユとはやりたがらないが。二日連続でやるのは本当に久しぶりだ。


「なんでギャラリーがいるんだよ?」

「昨日の対決を見た人間から噂が広まったんだ」


 シュート練習をしていた司が解説する。

 というか司もちゃっかり見に来てるし。

 こいつ、朝は寝起きが悪くて有名なんだよな。

 合宿の時もいつも顧問すら起こしに行かないし。

 毎度クジ引きでハズレを引く、俺の身にもなって欲しい。


「まあ中学MVPと注目の女バス選手の戦い。気にならない方がおかしい」

「またミーハーなやつらだな。脳天にシュートしてやろうか?」


 何が注目の女バス選手だよ。

 相手をする人間にとってはやりづらいんだぞ。

 ただでさえ――


「思った以上にギャラリーが集まったわね」

「そ、そうだな」


 相手は俺よりも背の高いフユ。

 まるで小学生と大人の対戦だ。


「いつも通り、そっちボールからでいいぞ」

「あらそう? 相変わらず甘いのね」


 フェアプレーはどこへやら。

 ボールを渡した瞬間、フユが高速でインサイドに切り込んでくる。

 インからもアウトからもシュートを狙う。

 それがスモールフォードであるフユのプレースタイルだ。


「甘いのはどっちだ‼」


 フユのレイアップシュートがゴールを襲おうとした直前。

 俺は彼女の手のひらにあったボールを叩き落とした。

 身長では負けていても、総合的なジャンプ力と対空力。

 その二つに於いて、俺はフユを圧倒している。


「舐められたものだな。いくら寝不足でも今のが止められないわけないだろ」

「……寝不足なの?」

「……気にするな。ただの負けた時の言い訳だ」


   ***


 正式な試合でも練習試合でもないのに、体育館は揺れていた。

 ギャラリーに立つのは中等部、高等部ごちゃ混ぜの生徒たち。

 その全員が今、俺とフユの勝負に熱中していた。

 俺がフユのシュートを止めれば歓喜し、シュートが決まればそれ以上に歓喜する。

 こちらの3ポイントが連続で決まった時は全員、息をするのも忘れていたと思う。

 そして互いに一歩も引かず、残すは俺の後攻め。点数は8点ずつ。


 フユには4回2点シュートを決められ、俺は2回3ポイントを、1回2点シュートを決めている。改めて互いに一筋縄では行かないことを理解する。

 既に10回近く攻守を入れ替えているのに、ゴールできた回数は5回未満。

 でも別に二人のオフェンス能力が低いわけじゃない。

 正確にはオフェンス力もディフェンス力も高いんだ。


「そろそろHRだ。次で終わりにするぞ」

「そんなこと言っても言いわけ? 私が簡単に許すとでも――」


 俺は口を閉ざしてゴールだけに視線を向ける。

 するとフユの顔つきも明らかに変わった。

 さっきまでも十分に本気。

 でも今はそれ以上に本気だ。

 体育館に俺のドリブルの音だけが響く。

 観客すらも声を出すことを忘れていた。


「…………」

「…………」


 フユと俺の視線が静かにぶつかり合う。

 目線に軽いフェイクを組み込むも微動だにしない。

 足の向きも動かすが、やはりフェイクだと読まれている。

 それにフユは知っている。俺のシュートポジションがコート全体だと。

 ディフェンスさえいなければ、俺のシュートはどこからでも完璧に入る。

 だから不用意に突っ込んでくることもできない。

 間合いを図り、適切な対応を取るのが得策だ。

 ――俺に3ポイントしかないならだけど。


「ッ⁉」


 俺は深く素早く切り込んだ。

 慌てて回り込んでくるフユ。

 彼女が俺に追いついた直後、俺は軽く後ろへ下がる。

 きっとそれを見て、フユは俺が無謀な攻めを辞めたと読んだはずだ。

 3ポイントに切り替えてくる。少しでもそう考えたのなら――俺に負けはない。


 下がった直後。俺は先ほどよりもさらに速度を上げ、急激にインサイドヘ切り込む。

 その急変化にフユの足は軽く攣れていた。

 2段構えの速度変化。大概の相手はこれについて来れない。


 破られたのは全国の舞台。それも中学一年の時だけ。

 それ以来、これを使って負けたことは一度もない。

 俺がゴール下でボールを空中に置いてきた時、立ち上がり駆け出す音が聞こえた。


「……半歩足りない」


 頭上に見えた大きな影。

 それは一直線にボールヘ伸びていた。

 しかしその影がボールに届くことはない。

 静かにゴールネットは揺れる。

 朝練終了を告げるチャイムと同時に。


   ***


「あの技まで使うとはな。一日に3回までが限度なんだろ?」

「舐めんな。今は5回までなら余裕で使える」

「ちゃんと医者の了承を得たうえでか?」

「…………」


 男バスの部室。俺は司の言葉に口を閉ざす。


「もしも~し。ちゃんと聞いてるか、俺の声」

「しょうがないだろ。それだけの相手なんだよ、あいつは」

「でも普通使うか? 好きな相手に奥の手なんか」

「好きだからこそ、手加減なんてできないんだよ」


 俺が最後に使った技。

 あれは一日に付き、使用制限がある。

 理由は俺の体がまだできていないから。

 それ以前に俺の体は子供のような作り。

 自分が持つ力の反動に耐え切れないからだ。

 現に中一の頃、それで痛い目にあっている。


「秋月ファンの反感は買っただろうな」

「知るか。俺たちはいつも本気の勝負なんだ」


 その勝ち負けで他人に恨まれる筋合いはない。

 それにフユならどうせまたリベンジしてくる。


「真剣勝負にゴチャゴチャ言うやつはぶっ飛ばす。それだけだ」


 俺は静かにロッカーの扉を閉めた。



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