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第6話 二人の噂


「…………」


 学校の食堂。

 ムスっとした顔と目が合った気がした。

 トレイに乗ったうどんを手に俺は静かに目を逸らす。


「呼んでるんじゃないのか?」

「わかってるよ。わかったうえで目を逸らしてるんだよ」


 俺を睨むのは購買のオムライスを食べるフユだった。

 どうやら未だに朝の勝敗を引き摺ってるらしい。


「他の席を探す――」

「夏陽く~ん‼ ここ空いてるから一緒に食べようよ‼」


 俺が踵を返そうとすると、フユと一緒に座っていた女の子が手を振ってきた。

 確か彼女はフユと同じ女バス。その副キャプテンを務める女の子だったか?

 ヤバい。フユ以外の女の子に興味なさすぎだろ、俺。

 顔はわかっても名前すら出て来ない。


「ここは相川の誘いに乗ろう。他の席を探すのも面倒だ」


 ナイス、司。流石は男子部一のアシスト名人。

 こういうところは素直に助――なんで了承してるの⁉


「どうした、ハル。早くしないと昼休みが終わるぞ」


 向かい合って一つのテーブル席を使っていた二人。

 司は相川と呼ばれた短い茶髪女子の隣に座る。

 どうやら俺には、フユの隣へ座れということらしい。


「わ、悪いな。二人きりで昼飯を食べてるところ邪魔して」

「気にする必要なんてないわよ。おかげで助かったし」

「助かった?」


 俺がフユの隣の椅子に座ったにも関わらず、彼女は未だに周囲を睨んでいた。

 具体的にはトレイを持ってうろつく男子生徒たちを。

 その光景を睨むフユに俺が首を傾げていると。


「ほら、フユっちって優しいじゃん。だから皆、座る席がない人を装ってるんだよ」

「それはまた気長な対応だな」


 俺が答える前に司が応答する。

 俺も司の意見に同感だ。

 幼馴染として言わせてもらうが、そういう遠回り過ぎるアプローチをフユは嫌う。

 自分から声を掛ければまだチャンスはあるかもしれないが、声を掛けてもらうのを待つやつはその時点で論外だ。そんなやつを救うほどにはフユも優しくはない。

 だからこそ謎ではある。


「なんで俺と司には声を掛けてきたんだよ?」

「掛けてないわよ。あれはマナが勝手に――」

「夏陽君なら問題ないでしょ? 前みたいに変な質問攻めにはされないだろうし」

「こいつはこいつでうるさいの。静かにご飯も食べられないのよ」


 どうやら俺を招いたのは相川の独断。

 さらに男避けに使うためらしい。

 相変わらず便利な幼馴染扱いだ。


「ところで変な質問攻めって?」


 俺がうどんに掛ける七味へ手を伸ばした直後。

 司の一言にフユと相川の手が止まる。

 場の雰囲気を乱しながらも、司は人知れずA定食の生姜焼き定食を食べ始めている。

 ちなみに俺は思った以上に七味をうどんに注いでしまい、軽く世界に絶望していた。

 本当、なんてマイペースな男バスのキャプテン副キャプテンコンビだろう。


「べ、別に話すような程度の話じゃないよ‼ ただ夏陽君と――」

「はい、マナ。私のオムライスよ、とくと味わいなさい」


 フユのスプーンが相川の口に突っ込まれる。

 おかげで続きを聞きそびれた。

 俺と一体、何だったんだろう?

 そもそもなんでフユと他の男子生徒の会話に俺?

 まさか俺、本当にフユからただの幼馴染扱いされたとか?

 うどんに掛け過ぎた七味の所為か、薄っすらと涙が出そうだった。


「フユっちの気持ちもわかるけど、夏陽君ももう立派な当事者なんだよ。フユっちの不用意な発言の所為で」

「わかってるわよ。でもマナから話したら、本当に許さないから」

「とか言いつつ、全然言う素振りが見えないんだけど?」

「い、言うわよ。……大人になった時、笑い話として」

「今言おうよ」


 俺と司が黙々と食事を進める中、互いにテーブルへ身を乗り出してヒソヒソと会話をするフユと相川。二人の会話は食堂の喧騒に掻き消されてしまい、全く聞き取れなかった。

 だけど二人して時折、確かに俺のことを見てくる。

 話題の中心にいるのはどうやら俺のようだ。

 まさか本当に誘いたかったのは司で、思いがけず俺も来たことを嘆いているとか?


「よくわからないが落ち着け。少なくてもお前が考えているようなことじゃないだろ」


 俺が嫉妬の視線を司に向けると、相変わらず冷静に返されてしまう。

 だとしても信じられない。なぜなら司は普通に格好いいからだ。

 いつも眼鏡を光らせて、成績だって学年上位。背なんて俺よりも60センチ以上高い。

 口の悪さが無ければ恐らく、男バスの女子人気1位は司のものだ。


「どうせあの噂の所為だろ? ハルと秋月が付き合ってるって言う」

「ふぇ?」


 何、その噂? 俺とフユが付き合ってる?

 思わず目が点になった。


「相変わらずそういう噂には疎いな。中等部だと割と有名な話だぞ」


 コップに入った水を飲みながら、司はクールに諭す。

 しかもフユと相川の表情を見ると、すごく気まずそうで。

 どうやら本当に司が指摘した噂があるらしい。


「で、でも俺‼ そんな噂全く耳にして――」

「当然だろ。男子なら鈍感なお前を泳がせたいし、女子は誰かが中心になって箝口令でも敷いたんだろ。まあそれが誰なのか、推測するつもりはないけどな」

「な、なるほど」


 相変わらずわかりやすい指摘とわかりやすい説明だ。

 つまり男子が俺にその話をしなかったのは、話を聞いた俺がその気になると思ってか。

 何をバカな――


「それとハル。言いづらいんだが、表情がすごく気持ち悪い。なんだ、その笑顔」

「笑ってねぇ~よ。それよりも油揚げやろうか?」

「だから。その笑顔が気持ち悪いんだって。それと油揚げはいらない。後が怖いからな」


 フユと俺が恋人同士に見える。

 世の中には優れた慧眼の持ち主がいたものだ。

 やっぱり傍から見たら、ただの幼馴染には見えないんだな。


「い、言っておくけどハル。勘違いしないでよ。別に私そんな噂、気にしてなんか――」

「大丈夫だ。俺も噂如きに踊らされる男じゃない。安心してくれ」


 フユの言葉に俺は心を正す。

 ここは敢えて、喜んでないフリをするんだ。

 もし喜んだりしたら、俺の本音がフユに伝わる。

 こんな形で告白に入るのは絶対に嫌だ。

 今は少なからず、フユが俺との噂を気にしたので十分だ。

 本当にただの幼馴染としか思ってないなら、それすら気にしないはずだし。


「夏陽君ってフユっちに聞いていた以上の変わり者だね」

「一緒に居て退屈はしないけどな」


 俺とフユが騒がしく会話する中。

 向かいに並んで座る司と相川も、密かに会話を交わしていた。

 けれどフユの声に耳を傾ける俺には届かない。


「ハルのバカ‼ 少しは人の話を聞きなさいよね‼ そのニヤニヤ顔もやめろー‼」


 珍しく赤面していたフユは相変わらず可愛かった。

 俺と付き合ってる噂がそんなに恥ずかしいなんて。

 本当に可愛……それって=俺との噂が嫌なのでは。

 一気に心の中の風船が萎んだ気がした。

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