「…………」
学校の食堂。
ムスっとした顔と目が合った気がした。
トレイに乗ったうどんを手に俺は静かに目を逸らす。
「呼んでるんじゃないのか?」
「わかってるよ。わかったうえで目を逸らしてるんだよ」
俺を睨むのは購買のオムライスを食べるフユだった。
どうやら未だに朝の勝敗を引き摺ってるらしい。
「他の席を探す――」
「夏陽く~ん‼ ここ空いてるから一緒に食べようよ‼」
俺が踵を返そうとすると、フユと一緒に座っていた女の子が手を振ってきた。
確か彼女はフユと同じ女バス。その副キャプテンを務める女の子だったか?
ヤバい。フユ以外の女の子に興味なさすぎだろ、俺。
顔はわかっても名前すら出て来ない。
「ここは相川の誘いに乗ろう。他の席を探すのも面倒だ」
ナイス、司。流石は男子部一のアシスト名人。
こういうところは素直に助――なんで了承してるの⁉
「どうした、ハル。早くしないと昼休みが終わるぞ」
向かい合って一つのテーブル席を使っていた二人。
司は相川と呼ばれた短い茶髪女子の隣に座る。
どうやら俺には、フユの隣へ座れということらしい。
「わ、悪いな。二人きりで昼飯を食べてるところ邪魔して」
「気にする必要なんてないわよ。おかげで助かったし」
「助かった?」
俺がフユの隣の椅子に座ったにも関わらず、彼女は未だに周囲を睨んでいた。
具体的にはトレイを持ってうろつく男子生徒たちを。
その光景を睨むフユに俺が首を傾げていると。
「ほら、フユっちって優しいじゃん。だから皆、座る席がない人を装ってるんだよ」
「それはまた気長な対応だな」
俺が答える前に司が応答する。
俺も司の意見に同感だ。
幼馴染として言わせてもらうが、そういう遠回り過ぎるアプローチをフユは嫌う。
自分から声を掛ければまだチャンスはあるかもしれないが、声を掛けてもらうのを待つやつはその時点で論外だ。そんなやつを救うほどにはフユも優しくはない。
だからこそ謎ではある。
「なんで俺と司には声を掛けてきたんだよ?」
「掛けてないわよ。あれはマナが勝手に――」
「夏陽君なら問題ないでしょ? 前みたいに変な質問攻めにはされないだろうし」
「こいつはこいつでうるさいの。静かにご飯も食べられないのよ」
どうやら俺を招いたのは相川の独断。
さらに男避けに使うためらしい。
相変わらず便利な幼馴染扱いだ。
「ところで変な質問攻めって?」
俺がうどんに掛ける七味へ手を伸ばした直後。
司の一言にフユと相川の手が止まる。
場の雰囲気を乱しながらも、司は人知れずA定食の生姜焼き定食を食べ始めている。
ちなみに俺は思った以上に七味をうどんに注いでしまい、軽く世界に絶望していた。
本当、なんてマイペースな男バスのキャプテン副キャプテンコンビだろう。
「べ、別に話すような程度の話じゃないよ‼ ただ夏陽君と――」
「はい、マナ。私のオムライスよ、とくと味わいなさい」
フユのスプーンが相川の口に突っ込まれる。
おかげで続きを聞きそびれた。
俺と一体、何だったんだろう?
そもそもなんでフユと他の男子生徒の会話に俺?
まさか俺、本当にフユからただの幼馴染扱いされたとか?
うどんに掛け過ぎた七味の所為か、薄っすらと涙が出そうだった。
「フユっちの気持ちもわかるけど、夏陽君ももう立派な当事者なんだよ。フユっちの不用意な発言の所為で」
「わかってるわよ。でもマナから話したら、本当に許さないから」
「とか言いつつ、全然言う素振りが見えないんだけど?」
「い、言うわよ。……大人になった時、笑い話として」
「今言おうよ」
俺と司が黙々と食事を進める中、互いにテーブルへ身を乗り出してヒソヒソと会話をするフユと相川。二人の会話は食堂の喧騒に掻き消されてしまい、全く聞き取れなかった。
だけど二人して時折、確かに俺のことを見てくる。
話題の中心にいるのはどうやら俺のようだ。
まさか本当に誘いたかったのは司で、思いがけず俺も来たことを嘆いているとか?
「よくわからないが落ち着け。少なくてもお前が考えているようなことじゃないだろ」
俺が嫉妬の視線を司に向けると、相変わらず冷静に返されてしまう。
だとしても信じられない。なぜなら司は普通に格好いいからだ。
いつも眼鏡を光らせて、成績だって学年上位。背なんて俺よりも60センチ以上高い。
口の悪さが無ければ恐らく、男バスの女子人気1位は司のものだ。
「どうせあの噂の所為だろ? ハルと秋月が付き合ってるって言う」
「ふぇ?」
何、その噂? 俺とフユが付き合ってる?
思わず目が点になった。
「相変わらずそういう噂には疎いな。中等部だと割と有名な話だぞ」
コップに入った水を飲みながら、司はクールに諭す。
しかもフユと相川の表情を見ると、すごく気まずそうで。
どうやら本当に司が指摘した噂があるらしい。
「で、でも俺‼ そんな噂全く耳にして――」
「当然だろ。男子なら鈍感なお前を泳がせたいし、女子は誰かが中心になって箝口令でも敷いたんだろ。まあそれが誰なのか、推測するつもりはないけどな」
「な、なるほど」
相変わらずわかりやすい指摘とわかりやすい説明だ。
つまり男子が俺にその話をしなかったのは、話を聞いた俺がその気になると思ってか。
何をバカな――
「それとハル。言いづらいんだが、表情がすごく気持ち悪い。なんだ、その笑顔」
「笑ってねぇ~よ。それよりも油揚げやろうか?」
「だから。その笑顔が気持ち悪いんだって。それと油揚げはいらない。後が怖いからな」
フユと俺が恋人同士に見える。
世の中には優れた慧眼の持ち主がいたものだ。
やっぱり傍から見たら、ただの幼馴染には見えないんだな。
「い、言っておくけどハル。勘違いしないでよ。別に私そんな噂、気にしてなんか――」
「大丈夫だ。俺も噂如きに踊らされる男じゃない。安心してくれ」
フユの言葉に俺は心を正す。
ここは敢えて、喜んでないフリをするんだ。
もし喜んだりしたら、俺の本音がフユに伝わる。
こんな形で告白に入るのは絶対に嫌だ。
今は少なからず、フユが俺との噂を気にしたので十分だ。
本当にただの幼馴染としか思ってないなら、それすら気にしないはずだし。
「夏陽君ってフユっちに聞いていた以上の変わり者だね」
「一緒に居て退屈はしないけどな」
俺とフユが騒がしく会話する中。
向かいに並んで座る司と相川も、密かに会話を交わしていた。
けれどフユの声に耳を傾ける俺には届かない。
「ハルのバカ‼ 少しは人の話を聞きなさいよね‼ そのニヤニヤ顔もやめろー‼」
珍しく赤面していたフユは相変わらず可愛かった。
俺と付き合ってる噂がそんなに恥ずかしいなんて。
本当に可愛……それって=俺との噂が嫌なのでは。
一気に心の中の風船が萎んだ気がした。