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第7話 彼女の今後


「ただいま~」


 昼休みのショックから抜け出せず、俺は珍しく部活を休んだ。

 今日もフユが泊るらしいが、向こうは向こうで部活のため俺とは別行動。

 家に帰ると、玄関に母さんの靴の他に見慣れない靴が一組。

 この靴は確か。


「……なんで叔母さんがいるんですか?」


 リビングに足を踏み入れた俺はダイニングを確認して、思わず声を上げた。

 そこには海外出張でいないはずのフユママの姿が。

 フユママはウチの母親と険しい顔でお茶をしてた。

 それもテーブルには高そうなケーキと紅茶を広げて。


「あ、アンタ部活は?」

「色々あって休んだ」


 珍しく部活を休んだ俺を見て、母さんが明らかに苦い顔をする。

 どうやら俺が部活を休むのは想定外だったらしい。


「とりあえず叔母さんがいる事情から教えてください」


   ***


「海外へ引っ越し⁉ 叔母さんが?」


 ダイニングテーブルに並んで座る二人の母親。

 俺はその前に座り、紅茶だけを嗜んでいた。

 しかしフユママからの唐突な告白に、思わず声を上げてしまった。

 それぐらい予想外の発言だったからだ。


「落ち着きな、ハル。引っ越しと言っても三年ちょっとの話らしいよ」

「でもそうするとフユは……」


 頭の中に過ぎるのはインターハイに奮起するフユの姿。

 インターハイがお預けになったと知れば、かなりのショックを――


「それも心配なし。ウチで預かることにしたから」

「はい?」


 母さんの言葉に俺は首を捻る。

 もしも~し。ここに年頃の息子がいるんですけど。


「あ、あのさ。自分で言うのもなんだけど、俺もうすぐ男子高校生なんだけど?」

「知ってるよ。でもアンタ、成績的に高等部に行けるのか甚だ疑問だよね」

「そうじゃなくて‼ そんな男がいる家に一人娘を預けるとか不安じゃないんですか?」


 ウチの母親とは違い、のほほ~んとした雰囲気のフユママ。

 彼女はしばらく考えたのち、「問題ナシ」と親指を立てて宣言する。


「現に昨日の夜は何も起きなかったでしょ? ならダイジョーブ。叔母さん、ハル君のこと信用してるし」

「だとしても……」

「グダグダグダグダ。たっく、久しぶりに早く帰って来たんなら勉強でもしな。これは大人の話だよ。当事者のフユちゃんはともかく、アンタが口を挟む必要は全くに話さ」


 相変わらず厳しい物言いの母親だ。

 できることなら、フユママとトレードしたい。

 まあフユママもフユママで、色々と大変そうだが。


「わかったよ。でも言っておくけどな、昨日だってギリギリだったんだぞ。フユはすぐ俺の隣で寝ちゃうし。いきなり抱きついてくるは。俺だって男なんだぞ。その辺りをちゃんと言い含めて――」


 俺がそこまで言うと、何故かフユママが幸せそうに笑っていた。

 母さんに関しても、首を何度も振ってうんうんと頷いている。

 な、なんだよ、その反応は。


「やっぱり幼馴染同士。昨日に関しては、同じ布団で眠らせて正解だったようだね」

「そうね。おかげであの子も久しぶりにグッスリ眠れたみたいですし」

「……本当に一体、何の話をしてるんだよ?」


 俺がオロオロとしていると、母さんが呆れた様子で俺の問いに答えてきた。


「気づいてなかったのかい。ここ最近、フユちゃんほとんど寝れてなかったらしいよ」

「何をバカな。そんな状態のあいつを見て、俺が気づかないわけないだろ」

「あの子、アンタに弱味を見せるのだけは嫌うからね。私も黙ってたのさ」


 俺が母さんの言葉の真意を確かめるため、叔母さんに視線を向けると静かに頷かれた。


「実は大会の敗戦を夢に見るらしくて、その度に飛び起きては眠れなくなるそうです」

「それってもしかして今年の――」

「はい。本人も周りも誰一人気にしてないのですが、やっぱり無意識にトラウマになってるみたいですね。サンちゃんに聞きましたが、ハル君も一年生の頃は相当苦しんだとか」

「人の恥ずかしい秘密をよそ様に話すなよ‼」


 それも寄りによってフユママだなんて。

 ここからフユにバレたら、恥ずかしくてもう会えないぞ。


「別に減るもんじゃないからね。それにトラウマを克服したアンタなら、フユちゃんを助けられるだろ?」

「無理だ、無理。流石の俺も去年優勝して、ようやくあの夢を見なくなっただけだ。トラウマを克服する方法は実績と経験しかない。過去の敗戦を塗り替えるほどの大きな勝利。それだけがトラウマを掻き消してくれるんだ」


 とは言っても俺のトラウマも完全には克服されてない。

 三年前のリベンジを果たさない限り、忘れられるかよ。


「う~ん。だったら……」


 俺が過去の苦い敗戦の記憶を思い出していると。

 フユママが顎に手を当てて、唸り声を上げていた。

 表情は何かを考えている様子で。

 視線はあくまでも俺を捉えている。

 一方で隣に座るウチの母親は呑気にケーキを口へ運ぶ。

 毎回思うけどこの二人、本当に同じ部に所属してたのか。

 あまりにも性格や態度に違いがありすぎる。


「あの~う、叔母さん。そんなに俺の顔を見たところでですね――」

「わかりました‼ ハル君が隣にいたからグッスリ眠れたんですね‼」


 いつも意味の分からないことを言う人だけど、今回ばかりは本当に意味不明だ。

 なんであの状況で俺が隣にいただけで、フユが熟睡できたと思ってるんだろう。

 むしろ同年代の男と同じ布団で寝るなんて、警戒するべきでしかない状況だ。


「ハル君は本当にニブチンさんですね。女の子は平然と好きでもない男の子の前で寝たり――」

「でも俺フユに、一緒に居ると恥ずかしい人認定されてるらしいんですけど……」

「……さてと。今晩のおかずは何にしようかな」

「もうこんな時間! 急いで帰らないと、あの子が来ちゃいます!」

「せめて、この哀れな中学生を慰めろよ‼」




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