母親が出張に行ってないことも知らず、フユは今日もウチへ泊ることになった。
改めて考えてみると、しばらくしたらこれが普通になるんだよな。
……フユが泊るのには慣れてるけど、住むとなると妙な緊張感が。
でも大丈夫だよな? 一応、フユ用の部屋を用意するとは言ってたし。
毎晩、俺と同じ布団で眠るわけじゃない。
そもそも俺もフユも、部活どころでそれどころじゃない。
互いにインターハイを目指す以上、恋に現を抜かしてる場合じゃないんだ。
……風呂に関しては当分、ドキドキしそうだけど。
「それでロウはどう思う? やっぱりフユが三年以上も一緒に住むとなると幸せ?」
俺の部屋のベッドを占領する愛犬。
けれど太々しくも相変わらず反応はなし。
たっく。誰が飼い主なのかわかってるのか。
『ただいま帰りました~』
一階から聞こえたフユの声。
それを聞いた途端、今まで無反応だったロウが飛び起きた。
そしてベッドを飛び降りて、カリカリと部屋のドアを開けるように俺へ頼み込む。
いつも思うけど、なんでここまでフユに懐いてるのやら。
「その甘えの半分でも俺に向けて見ろよな」
俺は部屋のドアを開けてロウを部屋から解き放つ。
まあ俺もフユの出迎えには行くつもりだったしな。
叔母さんの『寝不足』って言葉は確かめたかったし。
部屋を降りてロウを抱えて階段を降りる。
すると――
「ほらお母さん。色々と事情を説明してもらうわよ」
玄関には修羅場が広がっていた。
フユに首根っこを掴まれた叔母さん。
その瞳が俺に救いを求めている。
いや、俺に助けを求めたところで。
***
「なんで海外にいるはずのお母さんがスーパーで買い物なんてしてたのよ」
我が家のダイニングで行われるフユの尋問。
詰め寄られる彼女の母親は、視線で俺とウチの母さんに助けを求める。
でも母さんは敢えて料理に夢中な振りを。
俺はことの成り行きを見届けつつ、リビングでロウを構っていた。
「実は色々と事情があったのよ。フーちゃんには黙ってたけどお母さん――」
まあ流石に日本にいることがバレたら、話さないわけにはいかないよな。
長期出張のこととフユの新しい住処について。
「お父さんと離婚することに――」
「「変な嘘で嘘を誤魔化そうとするな」」
フユママの意味のない嘘に親子でダブルツッコミを入れる。
相変わらず追いつめられると、何をするかわからない人だ。
なんで今、そんな嘘を吐く必要があったんだよ。
おかげでフユのやつ、驚きで若干の放心状態だし。
「もう母さんから説明した方が早いんじゃないの?」
「それもそうだね。このままツーちゃんに説明を任せたら、纏まる話も纏まらないさね」
呆れた様子で母は野菜を切る手を止めて、鍋に掛けていた火も止める。
そしてそのまま、秋月一家と一緒にダイニングヘ座った。
場所はフユと向かい合って座るフユママの隣。
母さんなら、良くも悪くも話が早く進むはずだ。
昔から遠慮というものがないからな。
「フユちゃんにはウチに住んでもらうから」
「なんでピンポイントでそこから話すんだよ」
俺はロウのケツを母さんの頭の上に乗せ、仕方がなく会話に混ざる決心をする。
混乱していたフユが更に混乱状態だ。
どう考えても先に話すべきは――
「お前の母ちゃん。長期出張でお前の高校卒業まで帰って来ないんだと」
「それ……本当?」
フユがやや不安そうな顔をする。
目線はしっかりと、眼前の母親へ向けられていた。
フユママはぎこちなく、首肯してみせる。
どうやらようやく観念したらしい。
「でも安心して。フーちゃんが日本で部活を続けられるように、サンちゃんに頼んであるから」
「ウチには年頃のバカ息子はいるけど、心配する必要はないよ。現に昨日はフユちゃんに手を出さなかったみたいだしね。それに正式にウチへ住むことになったら、ちゃんと部屋を貸すつもりだよ。一日、二日ならハルと同じ部屋でも問題ないけど。流石に三年となると、女の子にとっては大変だからね」
一日、二日も十分問題だと思う。
そもそもなぜ、未だに中学生の男女を同じ部屋で寝泊まりさせているのか。
その辺りには疑問しかない。元々一部屋空いてるんだから、そこを使えばいいのに。
「というわけだ。これがお前の母ちゃんが隠してた秘密な。本当、とんでもない秘密を抱えてたもんだよな。お前が気づかなかったら、このままウチへ預けるつもりだったらしいぞ」
俺はフユの隣に座りつつ、フユママを軽く睨んだ。
するとフユは自身の母親ではなく、たった今隣へ座った俺の方を見る。
「は、ハルは知ってたの?」
「バカ言うな。俺もついさっき聞いたところだ」
「ふ~ん。それでハルからしたら、私が一緒に住むのって――」
「そりゃあ迷惑だろ。いつも通りの泊まりと違って3年だぞ、3年」
俺は指を三本立てて示す。
もちろん、バスケ的に親指、人差し指、中指を立てて。
「そりゃあそうよね。アンタだって部活で忙しくなるだろうし。できるだけ生活リズムは崩したく――」
「でも嫌じゃない。迷惑だけど別にいいよ。お前がこのウチに住んでも」
あくまでもフユがウチへ住むのはバスケのため。
そう割り切れば、嫌なことなんて何もない。
そもそも俺の場合、フユと同居することになっても調子は崩さないと思う。
いや、恐らく気にするだろうフユのために、調子なんて崩せないが正解だ。
「な、なによ、それ‼ いつも上から目線で‼」
「上とか下とか関係ないだろ、居候。それに叔母さんと一緒に海外へ行くっていう道もあるけど、その時はお前の『インターハイ』って夢は捨てざるを得ない。どちらを取るかなんだよ」
フユの足元にロウが擦り寄る。
俺は目を細めてその様子を見ていた。
だけどフユは茫然としたままで気づかない。
「夢か、ウチに迷惑を掛けないようにするか。ちなみに一人暮らしはたぶん、お前んちの親父が許さないと思うぞ。それも仕事先の海外から帰ってくるほどな。つまりお前に選択肢はないんだよ」
幼馴染として、俺は秋月フユの性格をそれなりに理解してる。
少なくても俺が知る彼女は、自分の目標を放置して進めるほど器用な人間じゃない。
他人には気づかれないように、迷いも悩みもする。
そういう時、背中を押すのは決まって俺の役割だ。
「夢を叶えろよ。行きたいんだろ、インターハイ」