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第8話 二人の今後

 母親が出張に行ってないことも知らず、フユは今日もウチへ泊ることになった。

 改めて考えてみると、しばらくしたらこれが普通になるんだよな。

 ……フユが泊るのには慣れてるけど、住むとなると妙な緊張感が。

 でも大丈夫だよな? 一応、フユ用の部屋を用意するとは言ってたし。

 毎晩、俺と同じ布団で眠るわけじゃない。

 そもそも俺もフユも、部活どころでそれどころじゃない。

 互いにインターハイを目指す以上、恋に現を抜かしてる場合じゃないんだ。

 ……風呂に関しては当分、ドキドキしそうだけど。


「それでロウはどう思う? やっぱりフユが三年以上も一緒に住むとなると幸せ?」


 俺の部屋のベッドを占領する愛犬。

 けれど太々しくも相変わらず反応はなし。

 たっく。誰が飼い主なのかわかってるのか。


『ただいま帰りました~』


 一階から聞こえたフユの声。

 それを聞いた途端、今まで無反応だったロウが飛び起きた。

 そしてベッドを飛び降りて、カリカリと部屋のドアを開けるように俺へ頼み込む。

 いつも思うけど、なんでここまでフユに懐いてるのやら。


「その甘えの半分でも俺に向けて見ろよな」


 俺は部屋のドアを開けてロウを部屋から解き放つ。

 まあ俺もフユの出迎えには行くつもりだったしな。

 叔母さんの『寝不足』って言葉は確かめたかったし。

 部屋を降りてロウを抱えて階段を降りる。

 すると――


「ほらお母さん。色々と事情を説明してもらうわよ」


 玄関には修羅場が広がっていた。

 フユに首根っこを掴まれた叔母さん。

 その瞳が俺に救いを求めている。

 いや、俺に助けを求めたところで。


   ***


「なんで海外にいるはずのお母さんがスーパーで買い物なんてしてたのよ」


 我が家のダイニングで行われるフユの尋問。

 詰め寄られる彼女の母親は、視線で俺とウチの母さんに助けを求める。

 でも母さんは敢えて料理に夢中な振りを。

 俺はことの成り行きを見届けつつ、リビングでロウを構っていた。


「実は色々と事情があったのよ。フーちゃんには黙ってたけどお母さん――」


 まあ流石に日本にいることがバレたら、話さないわけにはいかないよな。

 長期出張のこととフユの新しい住処について。


「お父さんと離婚することに――」

「「変な嘘で嘘を誤魔化そうとするな」」


 フユママの意味のない嘘に親子でダブルツッコミを入れる。

 相変わらず追いつめられると、何をするかわからない人だ。

 なんで今、そんな嘘を吐く必要があったんだよ。

 おかげでフユのやつ、驚きで若干の放心状態だし。


「もう母さんから説明した方が早いんじゃないの?」

「それもそうだね。このままツーちゃんに説明を任せたら、纏まる話も纏まらないさね」


 呆れた様子で母は野菜を切る手を止めて、鍋に掛けていた火も止める。

 そしてそのまま、秋月一家と一緒にダイニングヘ座った。

 場所はフユと向かい合って座るフユママの隣。

 母さんなら、良くも悪くも話が早く進むはずだ。

 昔から遠慮というものがないからな。


「フユちゃんにはウチに住んでもらうから」

「なんでピンポイントでそこから話すんだよ」


 俺はロウのケツを母さんの頭の上に乗せ、仕方がなく会話に混ざる決心をする。

 混乱していたフユが更に混乱状態だ。

 どう考えても先に話すべきは――


「お前の母ちゃん。長期出張でお前の高校卒業まで帰って来ないんだと」

「それ……本当?」


 フユがやや不安そうな顔をする。

 目線はしっかりと、眼前の母親へ向けられていた。

 フユママはぎこちなく、首肯してみせる。

 どうやらようやく観念したらしい。


「でも安心して。フーちゃんが日本で部活を続けられるように、サンちゃんに頼んであるから」

「ウチには年頃のバカ息子はいるけど、心配する必要はないよ。現に昨日はフユちゃんに手を出さなかったみたいだしね。それに正式にウチへ住むことになったら、ちゃんと部屋を貸すつもりだよ。一日、二日ならハルと同じ部屋でも問題ないけど。流石に三年となると、女の子にとっては大変だからね」


 一日、二日も十分問題だと思う。

 そもそもなぜ、未だに中学生の男女を同じ部屋で寝泊まりさせているのか。

 その辺りには疑問しかない。元々一部屋空いてるんだから、そこを使えばいいのに。


「というわけだ。これがお前の母ちゃんが隠してた秘密な。本当、とんでもない秘密を抱えてたもんだよな。お前が気づかなかったら、このままウチへ預けるつもりだったらしいぞ」


 俺はフユの隣に座りつつ、フユママを軽く睨んだ。

 するとフユは自身の母親ではなく、たった今隣へ座った俺の方を見る。


「は、ハルは知ってたの?」

「バカ言うな。俺もついさっき聞いたところだ」

「ふ~ん。それでハルからしたら、私が一緒に住むのって――」

「そりゃあ迷惑だろ。いつも通りの泊まりと違って3年だぞ、3年」


 俺は指を三本立てて示す。

 もちろん、バスケ的に親指、人差し指、中指を立てて。


「そりゃあそうよね。アンタだって部活で忙しくなるだろうし。できるだけ生活リズムは崩したく――」

「でも嫌じゃない。迷惑だけど別にいいよ。お前がこのウチに住んでも」


 あくまでもフユがウチへ住むのはバスケのため。

 そう割り切れば、嫌なことなんて何もない。

 そもそも俺の場合、フユと同居することになっても調子は崩さないと思う。

 いや、恐らく気にするだろうフユのために、調子なんて崩せないが正解だ。


「な、なによ、それ‼ いつも上から目線で‼」

「上とか下とか関係ないだろ、居候。それに叔母さんと一緒に海外へ行くっていう道もあるけど、その時はお前の『インターハイ』って夢は捨てざるを得ない。どちらを取るかなんだよ」


 フユの足元にロウが擦り寄る。

 俺は目を細めてその様子を見ていた。

 だけどフユは茫然としたままで気づかない。


「夢か、ウチに迷惑を掛けないようにするか。ちなみに一人暮らしはたぶん、お前んちの親父が許さないと思うぞ。それも仕事先の海外から帰ってくるほどな。つまりお前に選択肢はないんだよ」


 幼馴染として、俺は秋月フユの性格をそれなりに理解してる。

 少なくても俺が知る彼女は、自分の目標を放置して進めるほど器用な人間じゃない。

 他人には気づかれないように、迷いも悩みもする。

 そういう時、背中を押すのは決まって俺の役割だ。


「夢を叶えろよ。行きたいんだろ、インターハイ」


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