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第9話 ゴリラ襲来


「それで今日は秋月がいないのか」

「そう。大々的な引っ越し作業中」


 朝の体育館。今日はチーム練習の日。

 俺たち3年は別メニューで柔軟の最中。


「ハルは手伝わなくてもいいのか?」

「その必要はないだろ。業者も呼ぶらしいし。それよりも練習だ」

「とは言っても。今は新人戦を控えた1、2年がメインの練習だろ」


 コートに立ち、朝からミニゲームを行う下級生たち。

 内心その試合にウズウズしていた。


「ダメだからな。お前が混ざったら試合にならなくなる」

「バッ……下級生相手に本気なんて出さねぇよ‼」

「お前の場合、楽しくなるとすぐに手加減を忘れるだろうが」

「否定はしない」


 昔から散々ペース配分って言われるけど、楽しくなると我を忘れて全力で戦う。

 俺の本当に悪いクセだ。おかげで全中の決勝戦では早々に体力切れを起こしたし。


「でもいくら何でもこのままだと実践感覚が鈍るだろ」

「それはそうだが……」


 俺も司は高等部でもバスケを続けるつもりだ。

 それなのに実践の場が半年もなかったら、確実に弱くなる。

 時々下級生相手にミニゲームもするけど、やっぱり物足りないんだ。


「というわけで。キャプテンの権限で高等部の部活に混ざれるように――」

「ウィンターカップを控えた上級生たちが、俺たちを仲間に入れてくれると思うか?」


 それは最もな意見だった。

 中等部と違って、向こうとしてはウィンターカップが全ての集大成。

 仮にインターハイを逃していても、そちらで十分にリベンジできる。

 だけど俺としては。


「よし。なら俺自ら殴り込みに――」

「待て。待て。お前が出ると纏まる話も纏まらなくなる」

「なら高等部の男バスに頼んでくれるのか?」

「顧問を通してならな」


 渋々という感じだった。

 表情は心底嫌そうだけど、俺を野放しにするよりはマシだと考えたんだろう。

 流石は俺の相棒。俺の性格を十分わかってる。

 確かにこのまま否定されたら、間違いなく俺は放課後にでも高等部へ乗り込んでいた。


「でも期待はするなよ。向こうも忙しい時期ではあるんだから」

「わかってるよ。仮にダメだとしても、中等部でやる練習試合に出してくれれば充分だ」

「……それも下級生中心のメンバーになると思うがな」


   ***


 朝練を終えて教室へ着くと。

 教室の入口が物凄く騒がしかった。


「どうしたんだ?」


 背が低くて気づかれない俺に代わり、司が入口を囲んでいた一団の一人に尋ねる。

 するとその男子生徒は慌てた様子で答えた。


「ゴリラだよ。ゴリラみたいな顔をした長身の男が教室に居座ってるんだ」

「「ゴリラ?」」


 俺と司は顔を思わず見合わせた。

 長身のゴリラと言われて、頭に浮かぶのは一人の怪物。

 今年の高校バスケを席巻する名門『永玲えいれい大学付属高校』。

 二年生ながら、そのキャプテンを務める男の顔だった。


「あの人だとしたら、目的はお前の勧誘だな」

「バカ言うな。あの巨人が勧誘しに来たとしたら、俺は迷わずあいつに蹴り入れるぞ」


 俺と司は恐る恐る教室の中を伺おうとした。

 しかし俺たちが覗くよりも早く、答えの方からやってくる。


「遅い‼ 遅すぎる‼ 部活が終わったら教室に直行する。バスケットマンの常識だ‼」


 教室から聞こえる野太い声。

 聞いているだけで暑苦しくなる。


「やっぱり俺、フユの引っ越しの手伝いに行ってくるな」

「諦めろ。もう見つかった」


 司の呆れたような物言いが俺の鼓膜を叩く。

 だけど俺は諦めることなく、慌てて教室を離れようとした。

 それなのに。


「うぉい‼」


 教室の入口を囲んでいた人混み。

 そのすぐ近くから聞き覚えのある声が。


「ようやく来たか、夏陽ハル‼」

「うるせぇよ‼ 朝からよその学校で何してるんだよ‼」

「ハハハ‼ 年上に対してその生意気な態度、3年前と何も変わってないようだな」

「当然だ。俺はアンタのことが大嫌いだからな」


 永玲大学付属高校バスケ部キャプテン――大樹比呂たいじゅひろ

 俺とは俺が中学一年生の頃に一度だけ対戦経験がある。

 ポジションは2メートルを超える長身を生かせるセンターガード。

 憎らしいことに、パワーだけじゃなくてテクニックもあるゴリラだ。


「それで。なんで今日はウチの学校に来てるんだよ?」

「決まってる。お前をウチの学校へ勧誘しに来た」

「俺が・お前の・高校に・行くわけが・ないだろうが」


 俺は他校の制服を着たゴリラに近づいて、そのデカいケツに五回の蹴りを食らわせる。

 もちろん、ある程度力加減をした蹴りを。


「それは困る。俺はお前が欲しい」

「相変わらず自分勝手なやつだな。そういうところ、あの巨人と変わりゃしない」

「何を言う。俺は盾島のアホよりはまともだぞ」

「あの巨人を引き合いに出す時点で、十分ロクでもねぇやつだよ」


 盾島海斗たてじまかいと。それはウチのバスケ部のOBにして、現高等部バスケ部の1年生部長だ。

 このゴリラと同じセンターガードで。平然と俺に無茶難題を押し付けてくる。

 確か身長もゴリラと変わらず2メートル越え。

 つまり俺にとっての敵だ。


「それで用が終わりなら、さっさと帰れよ。アンタも自分の学校が――」

「実は今日、他にも用事があってきた。高等部に練習試合の申し込みをしにな」

「……詳しく聞かせろ、バカゴリラ」



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