「それで今日は秋月がいないのか」
「そう。大々的な引っ越し作業中」
朝の体育館。今日はチーム練習の日。
俺たち3年は別メニューで柔軟の最中。
「ハルは手伝わなくてもいいのか?」
「その必要はないだろ。業者も呼ぶらしいし。それよりも練習だ」
「とは言っても。今は新人戦を控えた1、2年がメインの練習だろ」
コートに立ち、朝からミニゲームを行う下級生たち。
内心その試合にウズウズしていた。
「ダメだからな。お前が混ざったら試合にならなくなる」
「バッ……下級生相手に本気なんて出さねぇよ‼」
「お前の場合、楽しくなるとすぐに手加減を忘れるだろうが」
「否定はしない」
昔から散々ペース配分って言われるけど、楽しくなると我を忘れて全力で戦う。
俺の本当に悪いクセだ。おかげで全中の決勝戦では早々に体力切れを起こしたし。
「でもいくら何でもこのままだと実践感覚が鈍るだろ」
「それはそうだが……」
俺も司は高等部でもバスケを続けるつもりだ。
それなのに実践の場が半年もなかったら、確実に弱くなる。
時々下級生相手にミニゲームもするけど、やっぱり物足りないんだ。
「というわけで。キャプテンの権限で高等部の部活に混ざれるように――」
「ウィンターカップを控えた上級生たちが、俺たちを仲間に入れてくれると思うか?」
それは最もな意見だった。
中等部と違って、向こうとしてはウィンターカップが全ての集大成。
仮にインターハイを逃していても、そちらで十分にリベンジできる。
だけど俺としては。
「よし。なら俺自ら殴り込みに――」
「待て。待て。お前が出ると纏まる話も纏まらなくなる」
「なら高等部の男バスに頼んでくれるのか?」
「顧問を通してならな」
渋々という感じだった。
表情は心底嫌そうだけど、俺を野放しにするよりはマシだと考えたんだろう。
流石は俺の相棒。俺の性格を十分わかってる。
確かにこのまま否定されたら、間違いなく俺は放課後にでも高等部へ乗り込んでいた。
「でも期待はするなよ。向こうも忙しい時期ではあるんだから」
「わかってるよ。仮にダメだとしても、中等部でやる練習試合に出してくれれば充分だ」
「……それも下級生中心のメンバーになると思うがな」
***
朝練を終えて教室へ着くと。
教室の入口が物凄く騒がしかった。
「どうしたんだ?」
背が低くて気づかれない俺に代わり、司が入口を囲んでいた一団の一人に尋ねる。
するとその男子生徒は慌てた様子で答えた。
「ゴリラだよ。ゴリラみたいな顔をした長身の男が教室に居座ってるんだ」
「「ゴリラ?」」
俺と司は顔を思わず見合わせた。
長身のゴリラと言われて、頭に浮かぶのは一人の怪物。
今年の高校バスケを席巻する名門『
二年生ながら、そのキャプテンを務める男の顔だった。
「あの人だとしたら、目的はお前の勧誘だな」
「バカ言うな。あの巨人が勧誘しに来たとしたら、俺は迷わずあいつに蹴り入れるぞ」
俺と司は恐る恐る教室の中を伺おうとした。
しかし俺たちが覗くよりも早く、答えの方からやってくる。
「遅い‼ 遅すぎる‼ 部活が終わったら教室に直行する。バスケットマンの常識だ‼」
教室から聞こえる野太い声。
聞いているだけで暑苦しくなる。
「やっぱり俺、フユの引っ越しの手伝いに行ってくるな」
「諦めろ。もう見つかった」
司の呆れたような物言いが俺の鼓膜を叩く。
だけど俺は諦めることなく、慌てて教室を離れようとした。
それなのに。
「うぉい‼」
教室の入口を囲んでいた人混み。
そのすぐ近くから聞き覚えのある声が。
「ようやく来たか、夏陽ハル‼」
「うるせぇよ‼ 朝からよその学校で何してるんだよ‼」
「ハハハ‼ 年上に対してその生意気な態度、3年前と何も変わってないようだな」
「当然だ。俺はアンタのことが大嫌いだからな」
永玲大学付属高校バスケ部キャプテン――
俺とは俺が中学一年生の頃に一度だけ対戦経験がある。
ポジションは2メートルを超える長身を生かせるセンターガード。
憎らしいことに、パワーだけじゃなくてテクニックもあるゴリラだ。
「それで。なんで今日はウチの学校に来てるんだよ?」
「決まってる。お前をウチの学校へ勧誘しに来た」
「俺が・お前の・高校に・行くわけが・ないだろうが」
俺は他校の制服を着たゴリラに近づいて、そのデカいケツに五回の蹴りを食らわせる。
もちろん、ある程度力加減をした蹴りを。
「それは困る。俺はお前が欲しい」
「相変わらず自分勝手なやつだな。そういうところ、あの巨人と変わりゃしない」
「何を言う。俺は盾島のアホよりはまともだぞ」
「あの巨人を引き合いに出す時点で、十分ロクでもねぇやつだよ」
このゴリラと同じセンターガードで。平然と俺に無茶難題を押し付けてくる。
確か身長もゴリラと変わらず2メートル越え。
つまり俺にとっての敵だ。
「それで用が終わりなら、さっさと帰れよ。アンタも自分の学校が――」
「実は今日、他にも用事があってきた。高等部に練習試合の申し込みをしにな」
「……詳しく聞かせろ、バカゴリラ」