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第10話 チビとゴリラと巨人


「というわけで練習試合を申し込む‼」

「中等部だけど俺も参加させろ‼」

「俺はハルのお守役で来ました」


 高等部の教室。

 国語の教室を安眠マスク替わりにしていた大男。

 腕を組んだその男の威圧感は相変わらず凄くて。


「……断る」


 教科書の隙間から見えた眼力で俺たちを黙らせ――


「それぐらいでビビると思ってるのか‼」

「いいから俺もその試合に出せ‼」


 仁王立ちするゴリラと、その男――盾島海斗の体を揺らす俺。

 どちらも一歩も引こうとしなかった。

 しかし盾島海斗こと巨人は――


「今は大事なウィンターカップを控えた時期だ。練習試合などしている暇はない」

「それが正論だな。この時期に練習試合を申し込む、永玲の方が明らかにおかしい」


 司が俺たちのやり取りを冷静に解説する。

 た、確かにそれは俺も思うけどさ……。


「だとしても俺はお前らとやりたいんだよ‼」

「俺だって‼ 練習試合に参加して、このゴリラとお前をギャフンと言わせたいんだよ」

「「ギャフン」」

「お前ら、二人して俺に喧嘩売ってるだろ?」


 俺たち三人が初めて同じコートに立ったのは、俺が中学一年の全中。

 当時から俺たち三人は仲が悪かった。

 俺と巨人はチームメイト同士ながら、元々すこぶる仲が悪く。

 俺とゴリラは敵同士。さらにマッチアップ相手だったこともあり、さらに険悪だった。

 そしてその関係は今も変わらないらしく。


「流石は弱小の海桜バスケ部、練習試合の誘いも断るのか」

「今は時期じゃないだけだ。それに去年のウィンターカップ、ウチは本選の準決勝まで行ってるぞ。永玲は確か……一回戦負けだったか?」

「負けたのはあくまでも本選の一回戦だ‼ 語弊のある言い方をするな‼」

「ハハハ。どっちも結局負けてるんだな。ウチなんて全国制覇――」

「「中坊レベルで全国優勝したところでな」」


 それから掴み合いの喧嘩が始まるまで一分も掛からなかった。


   ***


「それでこれからどうするつもりだ?」


 中等部の校舎へ戻る途中、俺の両手をビニールロープで縛った司が尋ねてきた。

 両手を拘束されているのは、俺を逃がさないようにするため。

 仮にこのロープが無かったら、俺は今すぐにゴリラを探しに行っている。


「練習試合には意地でも出るさ」

「でも俺たちはまだ中学生だぞ。それに高等部には高等部のチームが――」

「お前はワクワクしないのかよ。現最強のチームと戦うチャンスなんだぞ‼」

「それはそうだが……」


 あの後、騒ぎを聞いて駆け付けた高等部のバスケ部顧問の男性教師。

 その先生は『前向きに検討させてもらいます』とゴリラに答えていた。

 つまり練習試合をやる可能性もあるんだ。

 それなら俺も絶対に出たい。


「やっぱりハルの目的はリベンジか?」

「バカ言うな。それをやるならインターハイか、ウィンターカップだ」

「つまりただ強い相手と戦いだけだと?」

「当然だろ。強いやつと戦うのが成長の近道だ」


 現に俺はそういう形で一気に成長してきた。

 子供の頃からフユに誘われ続けた1on1。

 中学1年の頃に味わった全国という大舞台での負け。

 それからは来る日も来る日も巨人にぶつかり、全中2連覇とMVP2連覇の名誉を獲得した。だからさらに強いやつと戦えれば、まだまだ俺の中にある力を引き出せるかもしれない。それを考えるだけでもすごいワクワクするんだ。


「練習試合なんだ。負けても構わないし、負けて得る答えにだって価値がある。中1の時の俺みたいにな。だから司も一緒に――」

「随分とウチの学校も舐められたもんだな」


 俺が司を悪巧みに誘うとしていると声が聞こえた。

 それもムカつくほど、頭に染みついた野太い声が。


「まさかそっちから来てくれるなんてな‼」


 後ろから聞こえた声。

 その声に振り返った時。

 そこにはパンパンに顔を腫らしたゴリラがいた。

 それも隣には見覚えのある若い女性が。


「久しぶりだな、夏陽ハル。それと神宮寺司……だったか?」


 ビシッとスーツを着込んだ二十代半ばぐらいの女性。

 そのキリッとした目が俺の姿を捉えていた。


「あなたは確か……」

「永玲付属中学バスケ部の監督さんですよね。以前、試合で見掛けたことがあります」


 俺が言い淀んでいる間に、司が女性のことを俺にもわかるように説明してくれた。

 そうだ。そうだ。確かに全中の決勝戦で見た覚えがある。


「それでその監督さんが俺に何の用ですか?」


 長い黒髪を後ろで結んだ大人っぽい女性。

 俺の好みとは全然違うけど、こういう雰囲気の女性が好きなやつは多そうだ。


「今日は君をテストしに来た」

「テスト? 何のテストですか?」

「無論。君がウチのバスケ部に相応しい人間かのだ」

「すみません。俺、そのゴリラとコンビを組むのは無理なので。行くぞ、司。授業が始まる」


 全く何度言えばわかるんだ。

 俺は本当に永玲バスケ部になんて興味が――


「テスト内容がこの『大樹比呂との1on1』だとしてもか?」

「ほ~う」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中でダイナマイトに火がついた。

 それはどうやら、ゴリラの方も同じだったみたいで。


「そのテストは初耳ですが。新監督命令なら仕方ありませんね。それに俺も知りたかったですから。あの日、俺に完敗したチビがどこまで成長したのかを」


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