「というわけで練習試合を申し込む‼」
「中等部だけど俺も参加させろ‼」
「俺はハルのお守役で来ました」
高等部の教室。
国語の教室を安眠マスク替わりにしていた大男。
腕を組んだその男の威圧感は相変わらず凄くて。
「……断る」
教科書の隙間から見えた眼力で俺たちを黙らせ――
「それぐらいでビビると思ってるのか‼」
「いいから俺もその試合に出せ‼」
仁王立ちするゴリラと、その男――盾島海斗の体を揺らす俺。
どちらも一歩も引こうとしなかった。
しかし盾島海斗こと巨人は――
「今は大事なウィンターカップを控えた時期だ。練習試合などしている暇はない」
「それが正論だな。この時期に練習試合を申し込む、永玲の方が明らかにおかしい」
司が俺たちのやり取りを冷静に解説する。
た、確かにそれは俺も思うけどさ……。
「だとしても俺はお前らとやりたいんだよ‼」
「俺だって‼ 練習試合に参加して、このゴリラとお前をギャフンと言わせたいんだよ」
「「ギャフン」」
「お前ら、二人して俺に喧嘩売ってるだろ?」
俺たち三人が初めて同じコートに立ったのは、俺が中学一年の全中。
当時から俺たち三人は仲が悪かった。
俺と巨人はチームメイト同士ながら、元々すこぶる仲が悪く。
俺とゴリラは敵同士。さらにマッチアップ相手だったこともあり、さらに険悪だった。
そしてその関係は今も変わらないらしく。
「流石は弱小の海桜バスケ部、練習試合の誘いも断るのか」
「今は時期じゃないだけだ。それに去年のウィンターカップ、ウチは本選の準決勝まで行ってるぞ。永玲は確か……一回戦負けだったか?」
「負けたのはあくまでも本選の一回戦だ‼ 語弊のある言い方をするな‼」
「ハハハ。どっちも結局負けてるんだな。ウチなんて全国制覇――」
「「中坊レベルで全国優勝したところでな」」
それから掴み合いの喧嘩が始まるまで一分も掛からなかった。
***
「それでこれからどうするつもりだ?」
中等部の校舎へ戻る途中、俺の両手をビニールロープで縛った司が尋ねてきた。
両手を拘束されているのは、俺を逃がさないようにするため。
仮にこのロープが無かったら、俺は今すぐにゴリラを探しに行っている。
「練習試合には意地でも出るさ」
「でも俺たちはまだ中学生だぞ。それに高等部には高等部のチームが――」
「お前はワクワクしないのかよ。現最強のチームと戦うチャンスなんだぞ‼」
「それはそうだが……」
あの後、騒ぎを聞いて駆け付けた高等部のバスケ部顧問の男性教師。
その先生は『前向きに検討させてもらいます』とゴリラに答えていた。
つまり練習試合をやる可能性もあるんだ。
それなら俺も絶対に出たい。
「やっぱりハルの目的はリベンジか?」
「バカ言うな。それをやるならインターハイか、ウィンターカップだ」
「つまりただ強い相手と戦いだけだと?」
「当然だろ。強いやつと戦うのが成長の近道だ」
現に俺はそういう形で一気に成長してきた。
子供の頃からフユに誘われ続けた1on1。
中学1年の頃に味わった全国という大舞台での負け。
それからは来る日も来る日も巨人にぶつかり、全中2連覇とMVP2連覇の名誉を獲得した。だからさらに強いやつと戦えれば、まだまだ俺の中にある力を引き出せるかもしれない。それを考えるだけでもすごいワクワクするんだ。
「練習試合なんだ。負けても構わないし、負けて得る答えにだって価値がある。中1の時の俺みたいにな。だから司も一緒に――」
「随分とウチの学校も舐められたもんだな」
俺が司を悪巧みに誘うとしていると声が聞こえた。
それもムカつくほど、頭に染みついた野太い声が。
「まさかそっちから来てくれるなんてな‼」
後ろから聞こえた声。
その声に振り返った時。
そこにはパンパンに顔を腫らしたゴリラがいた。
それも隣には見覚えのある若い女性が。
「久しぶりだな、夏陽ハル。それと神宮寺司……だったか?」
ビシッとスーツを着込んだ二十代半ばぐらいの女性。
そのキリッとした目が俺の姿を捉えていた。
「あなたは確か……」
「永玲付属中学バスケ部の監督さんですよね。以前、試合で見掛けたことがあります」
俺が言い淀んでいる間に、司が女性のことを俺にもわかるように説明してくれた。
そうだ。そうだ。確かに全中の決勝戦で見た覚えがある。
「それでその監督さんが俺に何の用ですか?」
長い黒髪を後ろで結んだ大人っぽい女性。
俺の好みとは全然違うけど、こういう雰囲気の女性が好きなやつは多そうだ。
「今日は君をテストしに来た」
「テスト? 何のテストですか?」
「無論。君がウチのバスケ部に相応しい人間かのだ」
「すみません。俺、そのゴリラとコンビを組むのは無理なので。行くぞ、司。授業が始まる」
全く何度言えばわかるんだ。
俺は本当に永玲バスケ部になんて興味が――
「テスト内容がこの『大樹比呂との1on1』だとしてもか?」
「ほ~う」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中でダイナマイトに火がついた。
それはどうやら、ゴリラの方も同じだったみたいで。
「そのテストは初耳ですが。新監督命令なら仕方ありませんね。それに俺も知りたかったですから。あの日、俺に完敗したチビがどこまで成長したのかを」