大勢の生徒が朝のHRを行う時間帯。
ガラガラの体育館に、俺と司とゴリラ、そして女監督の四人は集まっていた。
「ジャンプボールはいらないよな?」
パシッとゴリラに投げられたボールを受け取り、俺は審判である女監督に確認を行う。
「先に点を入れた方が勝ちでいいんですよね?」
「無論だ。実際の試合でも必ず決めなければいけない場面はあるし、必ず決めさせてはいけない場面もある。それに君では、大樹から一回目の攻撃でゴールを奪うのは不可能だ」
「そんなのやってみなければ……」
ボールを持ってゴリラと向かい合う。
腰を低く落として、リーチの長い手を広げて。
相変わらずなんてプレッシャーなんだろう。
この構図、昔やった時と何一つ変わらない。
俺が成長していなければの話だけど。
「では始めろ」
女性監督の静かな合図が聞こえた直後。
俺は早くもシュートの構えを取る。
電光石火の3ポイントシュート。
俺のシュートの精度を知る人間なら、誰もがドキッとするプレーだ。
例えそれがフェイクだとわかっていても、反応しないなんてことはまずありえない。
少なからず体のどこかが反応してしまう。それはゴリラだって変わらないはずだ。
ほらな。俺のシュート体勢を見て……嘘だろ。
「ふぅ~」
ゴリラは確かに動いた。
でもそれは体の一部じゃない。
バックステップで後方に下がったんだ。
3ポイントの体勢に入っていた俺を無視して。
体育館にボールが弾む音が響き渡る。
俺はシュートフォームを解除して、ドリブルを始めた。
今のはあくまでもフェイク。それでも電光石火の3ポイントに見せるため、動作をとにかく素早くしただけ。あのまま投げても、入る確率は7割程度しかない。俺が賭けに出るのはあくまでも大事な試合の終盤。勝つか負けるかの状況だけだ。最初から冒険する必要はない。それに嫌な予感がした。あのままボールを放っていたら、あっさりブロックされていたかもしれないという予感が。ここは堅実なゲームメイクを目指そう。
「どうした? 昔みたいに切り込んで来ないのか?」
「勇気と無謀は違うだろ。それよりも油断してると……あっさりと抜くぞ」
ダックイン。俺は深く潜り込む。
俺とゴリラの身長差はちょうど100センチぐらい。
低い軌道のドリブルには手も足も出ないはずだ。
「悪くないドリブルだ。だけどまだフェイクは混ぜられないようだな」
ゴリラを抜いた直後だった。
俺がドリブルで向かう先。
そこには既に巨大な肉の壁が立っていた。
それも両手を左右に広げて、明らかにシュートコースを塞ぐ形で。
……これは一度、バックしてシュートを打つしか――
「バックジャンプからのシュート。だけど俺なら確実に届くぞ」
「……ッ」
考えていたことを読まれた。
それどころか、ゴリラが今言ったセリフ。
それが嘘には思えなかった。
ボールが床を叩く音が遠くに聞こえる。
不思議なほど攻める気になれない。
心が勝手に理解しているんだ。
今、攻めたところで止められると。
俺はシュートを放つこともできないまま――
「そこまでだ」
一回目の攻撃を棒に振った。
***
「俺が決めれば俺の勝ちだな」
「俺が簡単に入れさせると思うのか?」
攻守が逆転して、攻めがゴリラ。守りが俺。
普通なら誰が見てもゴリラ優勢だ。
圧倒的な身長差。それを簡単に覆す方法なんてないんだから。
「俺はアウトサイドが苦手だからな。直接ブチ込ませてもらうぞ」
「いきなりのダンク宣言なんて。俺も甘く見られたもんだな」
「悔しかったら俺を止めて、ゲームを終わらせないことだな」
「言われなくたって……」
力強いドリブルの音が体育館に響いた。
それもさっきの俺のドリブルとは段違い。
まるで釘を打ち付けるような力強さだ。
「言っておくが気をつけろ。下手に俺からボールを奪おうとすると、指の骨が折れるぞ」
声音だけで、脅しじゃないとわかる。
本当にあった出来事なんだと。
そうして俺が一瞬緊張した隙。
ものすごいスピードでゴリラが俺の隣を堂々と駆け抜けようとした。
ゴリラは図体がデカいわりに早く、中1の頃の全中もそこを甘く見て負けた。
でもあの時のスピードなら、俺ももう越してるはずだ。
それなのに――
「なんて早さだよ」
思わず口角が上がるのが分かった。
あっさりと自分の中での負けを自覚する中、強い相手に会えたことにワクワクした。
改めて理解した。俺は根っからの挑戦者なんだと。
「でも俺はもう二度と負けるかよ‼」
中1の時の敗戦が脳裏にふと浮かぶ。
その間も引き離されまいと、俺はゴリラを追いかける。
するとギリギリのところで回り込めた。
ゴールまでの距離はほとんどない。
ゴリラの宣言通り、ダンクすら可能な位置だ。
でもその間には俺が立っている。
ゴリラだって覚えてるはずだ。
散々俺にダンクをブロックされたことを。
俺がジャンプ力だけで、身長のハンデをカバーできると証明した日のことを。
だから迂闊には飛べないはずだ。
「相変わらずいい目をしているな」
「お褒めにあずかり光栄だよ。大人しく次のゲームに賭けろ」
「残念だがそれはない。今のお前じゃ圧倒的に足りないからだ」
その言葉を皮切りにゴリラが膝を曲げて跳躍する。
助走無しの純粋なジャンプ力勝負。
そういうのがお望みなら、こっちだって乗ってやる。
「勝つのは俺だ‼」
ジャンプした俺の手がボールに触れる。
けれど勢いよく振り下ろされた手は止まらない。
なんなんだ、このパワーは。
いくら俺が軽いからって、こんなにあっさり押されるわけが――
「お前はまだその器じゃない」
軽々と吹っ飛ばされた。
それも硬い壁にぶつかったみたいに。
吹っ飛ばされたのはブロックしに行った俺の手。
だけど俺の体は全身で感じていた。
ぶつかった壁の堅さを。