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第11話 壁

 大勢の生徒が朝のHRを行う時間帯。

 ガラガラの体育館に、俺と司とゴリラ、そして女監督の四人は集まっていた。


「ジャンプボールはいらないよな?」


 パシッとゴリラに投げられたボールを受け取り、俺は審判である女監督に確認を行う。


「先に点を入れた方が勝ちでいいんですよね?」

「無論だ。実際の試合でも必ず決めなければいけない場面はあるし、必ず決めさせてはいけない場面もある。それに君では、大樹から一回目の攻撃でゴールを奪うのは不可能だ」

「そんなのやってみなければ……」


 ボールを持ってゴリラと向かい合う。

 腰を低く落として、リーチの長い手を広げて。

 相変わらずなんてプレッシャーなんだろう。

 この構図、昔やった時と何一つ変わらない。

 俺が成長していなければの話だけど。


「では始めろ」


 女性監督の静かな合図が聞こえた直後。

 俺は早くもシュートの構えを取る。

 電光石火の3ポイントシュート。

 俺のシュートの精度を知る人間なら、誰もがドキッとするプレーだ。

 例えそれがフェイクだとわかっていても、反応しないなんてことはまずありえない。

 少なからず体のどこかが反応してしまう。それはゴリラだって変わらないはずだ。

 ほらな。俺のシュート体勢を見て……嘘だろ。


「ふぅ~」


 ゴリラは確かに動いた。

 でもそれは体の一部じゃない。

 バックステップで後方に下がったんだ。

 3ポイントの体勢に入っていた俺を無視して。


 体育館にボールが弾む音が響き渡る。

 俺はシュートフォームを解除して、ドリブルを始めた。


 今のはあくまでもフェイク。それでも電光石火の3ポイントに見せるため、動作をとにかく素早くしただけ。あのまま投げても、入る確率は7割程度しかない。俺が賭けに出るのはあくまでも大事な試合の終盤。勝つか負けるかの状況だけだ。最初から冒険する必要はない。それに嫌な予感がした。あのままボールを放っていたら、あっさりブロックされていたかもしれないという予感が。ここは堅実なゲームメイクを目指そう。


「どうした? 昔みたいに切り込んで来ないのか?」

「勇気と無謀は違うだろ。それよりも油断してると……あっさりと抜くぞ」


 ダックイン。俺は深く潜り込む。

 俺とゴリラの身長差はちょうど100センチぐらい。

 低い軌道のドリブルには手も足も出ないはずだ。


「悪くないドリブルだ。だけどまだフェイクは混ぜられないようだな」


 ゴリラを抜いた直後だった。

 俺がドリブルで向かう先。

 そこには既に巨大な肉の壁が立っていた。

 それも両手を左右に広げて、明らかにシュートコースを塞ぐ形で。

 ……これは一度、バックしてシュートを打つしか――


「バックジャンプからのシュート。だけど俺なら確実に届くぞ」

「……ッ」


 考えていたことを読まれた。

 それどころか、ゴリラが今言ったセリフ。

 それが嘘には思えなかった。

 ボールが床を叩く音が遠くに聞こえる。

 不思議なほど攻める気になれない。

 心が勝手に理解しているんだ。

 今、攻めたところで止められると。

 俺はシュートを放つこともできないまま――


「そこまでだ」


 一回目の攻撃を棒に振った。


   ***


「俺が決めれば俺の勝ちだな」

「俺が簡単に入れさせると思うのか?」


 攻守が逆転して、攻めがゴリラ。守りが俺。

 普通なら誰が見てもゴリラ優勢だ。

 圧倒的な身長差。それを簡単に覆す方法なんてないんだから。


「俺はアウトサイドが苦手だからな。直接ブチ込ませてもらうぞ」

「いきなりのダンク宣言なんて。俺も甘く見られたもんだな」

「悔しかったら俺を止めて、ゲームを終わらせないことだな」

「言われなくたって……」


 力強いドリブルの音が体育館に響いた。

 それもさっきの俺のドリブルとは段違い。

 まるで釘を打ち付けるような力強さだ。


「言っておくが気をつけろ。下手に俺からボールを奪おうとすると、指の骨が折れるぞ」


 声音だけで、脅しじゃないとわかる。

 本当にあった出来事なんだと。

 そうして俺が一瞬緊張した隙。

 ものすごいスピードでゴリラが俺の隣を堂々と駆け抜けようとした。

 ゴリラは図体がデカいわりに早く、中1の頃の全中もそこを甘く見て負けた。

 でもあの時のスピードなら、俺ももう越してるはずだ。

 それなのに――


「なんて早さだよ」


 思わず口角が上がるのが分かった。

 あっさりと自分の中での負けを自覚する中、強い相手に会えたことにワクワクした。

 改めて理解した。俺は根っからの挑戦者なんだと。


「でも俺はもう二度と負けるかよ‼」


 中1の時の敗戦が脳裏にふと浮かぶ。

 その間も引き離されまいと、俺はゴリラを追いかける。

 するとギリギリのところで回り込めた。

 ゴールまでの距離はほとんどない。

 ゴリラの宣言通り、ダンクすら可能な位置だ。

 でもその間には俺が立っている。


 ゴリラだって覚えてるはずだ。

 散々俺にダンクをブロックされたことを。

 俺がジャンプ力だけで、身長のハンデをカバーできると証明した日のことを。

 だから迂闊には飛べないはずだ。


「相変わらずいい目をしているな」

「お褒めにあずかり光栄だよ。大人しく次のゲームに賭けろ」

「残念だがそれはない。今のお前じゃ圧倒的に足りないからだ」


 その言葉を皮切りにゴリラが膝を曲げて跳躍する。

 助走無しの純粋なジャンプ力勝負。

 そういうのがお望みなら、こっちだって乗ってやる。


「勝つのは俺だ‼」


 ジャンプした俺の手がボールに触れる。

 けれど勢いよく振り下ろされた手は止まらない。

 なんなんだ、このパワーは。

 いくら俺が軽いからって、こんなにあっさり押されるわけが――


「お前はまだその器じゃない」


 軽々と吹っ飛ばされた。

 それも硬い壁にぶつかったみたいに。

 吹っ飛ばされたのはブロックしに行った俺の手。

 だけど俺の体は全身で感じていた。

 ぶつかった壁の堅さを。


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