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第12話 二人だけの保健室

 目を覚ますと、消毒液の匂いが広がっていた。

 眼前には見慣れない天井が広がっていて。

 寝ている場所は家のベッドよりも硬い。

 ここは一体――


「目が覚めたか?」


 聞こえたのは司の声だった。

 ということはまだ学校にいるのか?

 そもそも俺はなんで眠って……思い出した。


「落ち方に失敗して気絶したんだな」

「保険の先生が言うには軽い脳震盪だと。それで試験の結果だが――」

「どうせ元から永玲に行く気はないんだ。聞く必要はないだろ」


 司の言い掛けた言葉を強引に飲み込ませた。

 今のは半分だけ本音だ。でも残りの半分は違う。


「それでゴリラたちは?」

「授業を抜け出して来てたらしいからな。試合が終わってすぐに帰った」

「……そうか」

「俺もこれから授業だ」

「悪いな。お前の勉強の邪魔をして」

「相棒だからな。これぐらいのアシストはするさ。それと別のアシストもな」


 司がそう言った直後。廊下からドタドタと激しい足音が聞こえた。

 足音の人物は保健室の扉の前へ立つと、軽い深呼吸をして息を整える。

 その様子を見ながら、司が一言呟く。


「どうせ俺には話してくれないだろうからな。別のカウンセラーを用意した」

「何を言って……」

『失礼します。倒れた夏陽ハルの保護者として来ました』


 廊下から聞こえた声。

 その声に俺は目を丸くした。


   ***


「何があったのよ」

「別に何もねぇよ」


 保健室のベッドに寝転がったまま、部屋には俺とフユの二人だけ。

 司はすぐに授業へ赴き、先生は職員室に行っているらしい。

 司曰く、当分は俺とフユの二人きりとのこと。


「つうか司からは何も聞いてないのか?」

「神宮寺君? 私はマナから連絡をもらったんだけど?」


 白いワンピースを着たフユのキョトンとした顔。

 余計なことを口走ったかもしれない。


「何? もしかして神宮寺君と喧嘩でもしたの?」

「してねぇよ。それに喧嘩は喧嘩でもバスケの喧嘩だ」

「ふ~ん。それで負けて不貞腐れてるんだ」

「……なんで俺が負けたと思うんだよ?」


 俺はベッドの近くに置かれた椅子。

 そこに座るフユから顔を背けた。

 するとフユが笑って答える。


「だってアンタ、あの時と同じ顔してるじゃない」

「あの時?」

「中1の全中で負けた時。あの夜と全く同じ顔じゃない」


 そう言われて思い出すのは夜の体育館だった。

 全中から期間後、俺は家にも帰らずに学校の体育館に入り浸っていた。

 それも手も足も出なかった悔しさを紛らわすため、ただひたすら練習に打ち込むため。


「実はね私、偶然アンタが夜の体育館で練習してる姿を見掛けたのよ」


 あれは深夜の時間帯だ。偶然見かけることなんてまずありえない。

 それなのにフユは俺を見掛けた。

 もしかして探してくれていた?


「それであの時、初めてアンタのことを格好いいと思ったのよね」


 フユの言葉に息が止まりそうになった。

 だっていつものフユなら決して、そんなこと言わないから。

 俺が驚いている間もフユの言葉は続く。


「私なら全国に行けた時点で終ってたはずだもの。全国で負けても仕方ない。そういう気持ちでいたはずだもの。だけどアンタは違った。そういうところ、素直にすごいと思っちゃったのよね。だからあの夜はずっとアンタのことを眺めてたの。だからわかっちゃうんだ。アンタが今、負けてすごく悔しいってことが」


 たぶん、それがわかるのはフユだからだ。

 ずっと一緒にフユだからこそわかる違い。

 それにまさかあの場面を見られていたなんて。

 俺としては格好悪くて思い出したくもないのに。

 それでもフユはその姿を『格好いい』と口にしてくれた。


「俺はお前が思ってるほど、格好良くないぞ」

「知ってる。バスケ以外はダメダメな私の幼馴染だもん」

「でもそのバスケでも今日、完敗したんだ。何もできなかった」

「ならまた上手くなるしかないよね。上手くなって今度はちゃんと勝とう」

「それから……それから……」

「いくらでも聞くわよ。今日の私はハルの保護者なんだから」


 思わず泣き出しそうだった。

 負けた悔しさが原因じゃない。

 確かに追い越したと思っていた相手。

 その相手に手も足も出なくて負けたのは素直に悔しい。


 でも初めてだったから。

 負けた試合がトラウマじゃなくて、希望の象徴になるなんてこと。


 それに2年もの時間を掛けて、ようやくあの日の自分が救われた気がした。

 ただ黙々とゴールにシュートを打ち続けたり、コート上をドリブルでガムシャラに走り続けたあの夜の自分。ただ誰かが見ていてくれたというだけなのに。たったそれだけのことで救われた気がした。


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