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第13話 夜の公園に二人

 俺がゴリラに負けた日の晩。夕飯の席にて。


「俺も永玲との試合に出してくれよ」


 俺は向かい側に座る親父に頼み込んでいた。

 親父は高校教師。それもウチの高等部で国語を担当している。

 そして何よりもバスケ部監督を務めている男だ。


「今回は諦めろ」

「でも夏休みの練習には参加――」

「お前と神宮寺を1カ月近くも放置しておくのは勿体ないからな」

「ならそんな俺たちを試合に出さないのも勿体ないよな?」


 俺の問いかけを無視して、親父は黙々と白米を口に運ぶ。

 茶碗が空になるとすかさず母さんに渡し、おかわりを要求した。


「俺はお前のことを選手としてあまり高く評価していない」

「それは身長が低いからだろ。でも中学ではMVPに――」

「それを抜きにしても俺が選ぶ立場の人間なら、ウチの学校からは神宮寺を選ぶ」


 司? 確かに司は俺が最も信頼するポイントガードだ。

 でも俺は司よりもたくさん点を取ってる。シュートの成功率だって部では俺が一番だ。

 それなのになんで親父は司を選ぶんだ。

 俺だって十分、すごい選手のはずなのに。


「確かにお前のシュート成功率は目を見張るものがある。でも点を取ることだけがバスケじゃない。俺が言えるのはただ一つ――お前にシューティングガードは向いていない」


 親父の言葉に俺の箸が止まる。ワサビを大量につけていた刺身の味ももうわからない。

 ただ頭に強い衝撃だけが残り続けていた。

 まるで誰かに思い切り頭を殴られたみたいに。


   ***


 夕飯後。家をコッソリと抜け出して俺は近所の公園にいた。

 この公園にはバスケットコートがあり、昔から俺の遊び場の一つだ。


「アンタ、あの頃と全然変わらないわよね」


 俺が来てから1時間近くが経過した頃。

 コートを囲むフェンスの向こう側。

 そこに見慣れた短い黒髪の女の子が立っていた。

 公園の街灯に照らされた彼女の顔は明らかに不満顔。


「今日ぐらいは我慢しなさいよね。……アンタの気持ち、わからなくはないけど」


 あの後、保健室でフユには気絶するまでの経緯を説明した。

 ウチの学校にゴリラ――大樹比呂が来ていたこと。

 そのゴリラが高等部に練習試合の申し込みに来ていたこと。

 また永玲大付属の監督の命令により、俺を試すために大樹比呂と対決したこと。

 そして俺が手も足も出ないで負けたこと。

 その全てを赤裸々に語った。たぶん、相手がフユじゃなかったらしなかった話だ。


「だから今は体調を万全に整えて――」

「俺だって明日まではボールを触る気なんてなかったよ。でも親父の言葉を聞いたらな」

「叔父さん? 叔父さんに何か言われたの?」

「俺はシューティングガードに向いてないらしい」


 俺なりに中一の頃から拘りを持ってプレーしているポジションなのに。

 それを意図も容易く親父は否定してみせた。そのことに子供らしく腹を立てている。


「それよりもなんでお前、ここに俺がいるのが分かったんだよ?」


 自陣ゴール前から反対側のゴールへシュートを打ちながら尋ねる。

 するとフユは自身のスマホ画面を見せてきた。

 そこにはウチの母親とのメッセージのやり方が。

 内容的にどうやら、俺が家を抜け出したのがバレたらしい。


「アンタね。携帯ぐらい持って移動しなさいよ」

「だって練習中に落としたら嫌だろ」


 高弾道で放たれたボールが、リングにノータッチで吸い込まれるように落下した。


「……相変わらずふざけたシュートよね」

「これを買われてレギュラーに居ましたから」


 自陣から打っても揺るがない3ポイントの制度。

 それは紛れもない俺の武器だ。これがあるから身長に関係なく使ってもらえる。


「さっきの質問だけど。アンタがここにいることぐらいわかるわよ。叔母さんに晩御飯の時の会話内容を少し教えてもらったし。私だって自分のポジションに誇りを持ってるもの。それを大人からそれも自分に近しい人から『向いてない』って言われたら、普通にショックだもの。練習で頭の中を空っぽにしたいぐらいの気分にはなるわよ」


 相変わらず俺の思考をよく理解している幼馴染だと思った。

 概ねフユの言葉通りだ。今も頭の片隅では親父の言葉がグルグルしてる。


「お前はどう思う? やっぱり俺はシューティングガードに向いてないと思う――」

「思うわよ」


 まだ蝉の声を泣き止まない夏の夜。

 大合唱の中で放たれた言葉はすごく重かった。

 だけどフユが言うとなんと――


「よし。お前が言うなら別のポジションも考えてみるか」


 昔から妙な説得力があった。俺に関する事だけ限定だけど。


「いいの? そんなにあっさり認めちゃっても?」

「誰よりも俺のプレーを見てるやつの言葉だ。俺はそれを信じるよ」

「アンタって意外と単純よね」

「お前の言葉だから従うんだ。現に親父の言葉には反発してここまで来てるしな」


 親父に言われた時、俺は確かに頭をカチ割られた気分になった。

 だけどフユに言われたら、それもアリかななんて思えてしまう。

 やっぱり俺は根っこからフユを信頼しているんだな。


「それで俺の新しいポジションだけど。お前はどこがいいと――」

「フォワード。それ以外、アンタに似合うポジションなんてないわよ」


 それを口にした時、フユはややソワソワしていた。

 ずっと言いたくて仕方がなかったこと。

 それをようやく言えたような雰囲気だ。


「だってアンタ、シュートする時が一番輝いているんだもの」


 フユがキラキラとした表情をしていた。

 まるで昔の俺がフユに向けていた憧れの眼差し。

 それに類似するような顔だ。


「でも親父には点を取ることだけがバスケじゃないって言われたんだぞ?」

「そうよ。アンタのシュートは常にチームを奮い立たせるシュート。それには得点以上に大きな価値があるわ。例え負けている時だってね。誰よりも小さいクセに誰よりも諦めの悪いアンタの顔を思い浮かべたら、意外となんとかなるものなのよ。不思議なことにね」


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