「俺、フォワードに転向することに決めたよ」
フユと夜の公園で密会した翌日。
俺は朝練の前、いの一番に司ヘ告げていた。
相棒としてそれが通すべき筋だと思ったから。
「そうか」
でも思った以上にあっさりとした返事で。
かなり拍子抜けした。もっと何か言われると思ったのに。
「どうした? 真面目な顔をしてそれだけか?」
「……俺はお前のそういうところが嫌いなんだよ。俺にとっては一大決心して――」
「永玲の大樹さんが言ってたよ。お前が目指すべきは点取り屋だって。『一つのシュートに拘れ』。昨日、お前が聞こうとしなかったあの人からの伝言だ」
やっぱりあのゴリラ、ただものじゃないな。
俺が親父に指摘される以前に、俺がそういうプレイヤーだって気づいてたのかよ。
でもきっとフユに言われて納得した今だからこそ、しっかりと胸に響いた。
これが昨日の保健室で目覚めたばかりの俺だったら、完全に拒絶していたところだ。
「それと永玲の監督からの試験結果だ」
『与えられたチャンスの中。シュートを打たない臆病者はウチのチームに不必要だ』
親父やゴリラの言葉よりも地味にその言葉が一番胸に響いた。
***
昼休み。俺は高等部を尋ねていた。
より具体的には高等部男子バスケ部キャプテン――盾島海斗の下を。
「俺にシュートの極意を教えろ」
中等部の体育館へ購買のパン十個で引きずってきた巨人。
その男は体育館の入口で焼きそばパンを食べながら立っていた。
「別に極意なんかない。シュッと投げたら、シュルって入る感じだ」
「相変わらず意味不明だな‼ そんなんで大丈夫なのかよ、高等部バスケ部」
「問題ない。ウチには優秀な先輩たちがいるからな。それに監督のメニューも楽しい」
「あのドS男のメニューを楽しいなんて感じるのはアンタだけだろ」
この夏、高等部の練習に混ざってみてスタミナ不足を痛感させられた。
それ以外にも明らかに熱気が違っていたと思う。
「ところでなんでいきなりシュートなんだ? シュートならお前も得意だろ?」
巨人が焼きそばパンを齧る中、俺は堅実にゴール下からシュートを放つ。
俺の手元を離れたボールはボードにぶつかりリングを潜る。
別にゴール下のシュートも苦手じゃない。ただネックになるのは身長だ。
ここで戦えるほどの身長を俺は持たない。相手に囲まれればその時点で終了だ。
だから外でのプレーが中心になるシューティングガードをやっていたわけで。
「俺はさ。試合で打つシュートはただの2点と3点のシュートとしか考えてなかった。シチュエーションや必ず決めたいシュート。そんなの考えずに決められる時に決める。それが俺のバスケスタイルだった。でもダメなんだよな。止められる可能性もあるけど、そこで勝ってシュートを決めなきゃいけない。それが皆の憧れるエースって存在なんだろ」
あの時、俺はゴリラに負けると思いシュートを打てなかった。
仮に1回目で決められなくても、次の攻撃チャンスで決めればいい。
そう考えてシュートを打つことを躊躇った。
でも俺に次の攻撃ターンは来なくて……。
もしもあの時、強引にでもシュートを打っていたら。
何かが変わっていたかもしれない。
「お前さ――」
俺が自分の見解を述べて、昨日の自分のプレーを反省している時だった。
さっきまでモリモリと焼きそばパンを食べていた巨人が、口の周りに青のりをつけて言う。
「そんなにゴチャゴチャ考えて楽しいのか?」
そして久々にイラっと来た。
この男、中等部に居た頃と何も変わっちゃいない。
思ったことをそのままあっさりと口にしてくる。
俺と出会った時なんて第一声が「お前、チビだな」だったし。
俺に言わせれば、アンタとあのゴリラがデカすぎるんだよ‼
「パスだ、夏陽。お前にエースというものを教えてやる」
「相変わらず唐突だな」
悪態をつきながらも素直にボールを渡した。
それぐらいには俺も巨人のことを認めてる。
今は素直に自分が下だと認めてもいいレベルで。
「俺はシュートを打つ時、常にチームの勝利だけを考えている」
「それは――」
当然だろ。と言い掛けた時だった。
抱えていたまだ封を切っていない焼きそばパンを床に捨て、巨人がパスを受け取る。
巨人はそのまま勢いよく駆け出して、ゴールへ向かって力強いダンクを決めてみせた。
「そんなことを言うようなやつにエースの資格はない」
ゴールを破壊するかと思った。
それぐらいの威力のダンクが炸裂――
「って本当に壊してるんじゃねぇよ‼」
「あれ?」
右手にゴールのリングを持って立つ姿。
まさしくゴリラと並びし二大怪獣だ。
***
「それで結局何が言いたかったんだよ?」
中等部に巨人を連れて来たこと。
ゴールをぶち壊したことを二人揃って散々職員室で怒られた後。
俺は職員室前の廊下で巨人に尋ねた。
すると巨人は真顔のまま顎に手を当てて。
「何が言いたかったんだろうな、俺」
「本当にシバくぞ‼」
プレイヤーとして認めてはいても好きにはなれない。
それぐらい俺と巨人の相性は最悪だ。
たぶん、先輩じゃなかったら蹴り飛ばしてる。
「そうだ。そうだ。エースの資格についてだったな」
「本当にしっかりしてくれよ。それでウィンターカップ大丈夫なのかよ?」
来年もこの人が部長だと思うと、本当に不安しかない。部長、変えてくれないかな。
「エースに必要なものは一つ。どこまでもエゴイストになることだ。俺はシュートを打つのが楽しい。だから試合でもいつもシュートばかりしてる。エースとか関係なしにな」
それはシンプル過ぎる答えだった。
それ故にあっさりと俺の中に響く。
というよりもむしろ共感したんだ。
大嫌いなはずの先輩の言葉に。