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第14話 破壊巨人


「俺、フォワードに転向することに決めたよ」


 フユと夜の公園で密会した翌日。

 俺は朝練の前、いの一番に司ヘ告げていた。

 相棒としてそれが通すべき筋だと思ったから。


「そうか」


 でも思った以上にあっさりとした返事で。

 かなり拍子抜けした。もっと何か言われると思ったのに。


「どうした? 真面目な顔をしてそれだけか?」

「……俺はお前のそういうところが嫌いなんだよ。俺にとっては一大決心して――」

「永玲の大樹さんが言ってたよ。お前が目指すべきは点取り屋だって。『一つのシュートに拘れ』。昨日、お前が聞こうとしなかったあの人からの伝言だ」


 やっぱりあのゴリラ、ただものじゃないな。

 俺が親父に指摘される以前に、俺がそういうプレイヤーだって気づいてたのかよ。

 でもきっとフユに言われて納得した今だからこそ、しっかりと胸に響いた。

 これが昨日の保健室で目覚めたばかりの俺だったら、完全に拒絶していたところだ。


「それと永玲の監督からの試験結果だ」

『与えられたチャンスの中。シュートを打たない臆病者はウチのチームに不必要だ』


 親父やゴリラの言葉よりも地味にその言葉が一番胸に響いた。


   ***


 昼休み。俺は高等部を尋ねていた。

 より具体的には高等部男子バスケ部キャプテン――盾島海斗の下を。


「俺にシュートの極意を教えろ」


 中等部の体育館へ購買のパン十個で引きずってきた巨人。

 その男は体育館の入口で焼きそばパンを食べながら立っていた。


「別に極意なんかない。シュッと投げたら、シュルって入る感じだ」

「相変わらず意味不明だな‼ そんなんで大丈夫なのかよ、高等部バスケ部」

「問題ない。ウチには優秀な先輩たちがいるからな。それに監督のメニューも楽しい」

「あのドS男のメニューを楽しいなんて感じるのはアンタだけだろ」


 この夏、高等部の練習に混ざってみてスタミナ不足を痛感させられた。

 それ以外にも明らかに熱気が違っていたと思う。


「ところでなんでいきなりシュートなんだ? シュートならお前も得意だろ?」


 巨人が焼きそばパンを齧る中、俺は堅実にゴール下からシュートを放つ。

 俺の手元を離れたボールはボードにぶつかりリングを潜る。

 別にゴール下のシュートも苦手じゃない。ただネックになるのは身長だ。

 ここで戦えるほどの身長を俺は持たない。相手に囲まれればその時点で終了だ。

 だから外でのプレーが中心になるシューティングガードをやっていたわけで。


「俺はさ。試合で打つシュートはただの2点と3点のシュートとしか考えてなかった。シチュエーションや必ず決めたいシュート。そんなの考えずに決められる時に決める。それが俺のバスケスタイルだった。でもダメなんだよな。止められる可能性もあるけど、そこで勝ってシュートを決めなきゃいけない。それが皆の憧れるエースって存在なんだろ」


 あの時、俺はゴリラに負けると思いシュートを打てなかった。

 仮に1回目で決められなくても、次の攻撃チャンスで決めればいい。

 そう考えてシュートを打つことを躊躇った。

 でも俺に次の攻撃ターンは来なくて……。

 もしもあの時、強引にでもシュートを打っていたら。

 何かが変わっていたかもしれない。


「お前さ――」


 俺が自分の見解を述べて、昨日の自分のプレーを反省している時だった。

 さっきまでモリモリと焼きそばパンを食べていた巨人が、口の周りに青のりをつけて言う。


「そんなにゴチャゴチャ考えて楽しいのか?」


 そして久々にイラっと来た。

 この男、中等部に居た頃と何も変わっちゃいない。

 思ったことをそのままあっさりと口にしてくる。

 俺と出会った時なんて第一声が「お前、チビだな」だったし。

 俺に言わせれば、アンタとあのゴリラがデカすぎるんだよ‼


「パスだ、夏陽。お前にエースというものを教えてやる」

「相変わらず唐突だな」


 悪態をつきながらも素直にボールを渡した。

 それぐらいには俺も巨人のことを認めてる。

 今は素直に自分が下だと認めてもいいレベルで。


「俺はシュートを打つ時、常にチームの勝利だけを考えている」

「それは――」


 当然だろ。と言い掛けた時だった。

 抱えていたまだ封を切っていない焼きそばパンを床に捨て、巨人がパスを受け取る。

 巨人はそのまま勢いよく駆け出して、ゴールへ向かって力強いダンクを決めてみせた。


「そんなことを言うようなやつにエースの資格はない」


 ゴールを破壊するかと思った。

 それぐらいの威力のダンクが炸裂――


「って本当に壊してるんじゃねぇよ‼」

「あれ?」


 右手にゴールのリングを持って立つ姿。

 まさしくゴリラと並びし二大怪獣だ。


   ***


「それで結局何が言いたかったんだよ?」


 中等部に巨人を連れて来たこと。

 ゴールをぶち壊したことを二人揃って散々職員室で怒られた後。

 俺は職員室前の廊下で巨人に尋ねた。

 すると巨人は真顔のまま顎に手を当てて。


「何が言いたかったんだろうな、俺」

「本当にシバくぞ‼」


 プレイヤーとして認めてはいても好きにはなれない。

 それぐらい俺と巨人の相性は最悪だ。

 たぶん、先輩じゃなかったら蹴り飛ばしてる。


「そうだ。そうだ。エースの資格についてだったな」

「本当にしっかりしてくれよ。それでウィンターカップ大丈夫なのかよ?」


 来年もこの人が部長だと思うと、本当に不安しかない。部長、変えてくれないかな。


「エースに必要なものは一つ。どこまでもエゴイストになることだ。俺はシュートを打つのが楽しい。だから試合でもいつもシュートばかりしてる。エースとか関係なしにな」


 それはシンプル過ぎる答えだった。

 それ故にあっさりと俺の中に響く。

 というよりもむしろ共感したんだ。

 大嫌いなはずの先輩の言葉に。


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