午後の授業。俺はサボって一人、部室で考え事をしていた。
主に巨人から教えてもらったエースの『エゴ』について。
でも俺が共感できたのは『シュートを打つのが楽しい』って点だけ。
それ以外はあまりピーンと来ていない。
たぶん根本的に俺と巨人が試合に求めているもの。それが違うからだ。
究極的なことを言えば、俺はどちらかというと点よりも強い相手との勝負に拘って――
「あれ? だとするとあいつの言ってたエゴって……」
自分の中である感情が突如沸いた。
頭に浮かぶのはゴリラと女監督の言葉。
『一つのシュートに拘れ』
『シュートを打たない臆病者はウチのチームに不必要だ』
そして巨人が言っていた。
『シュートを打つのが楽しい』
それは俺と――俺の拘り『強いやつと1on1で戦いたい』と同じじゃないだろうか?
ゴリラも巨人もあの女監督ですら、自分の拘りっていうエゴを持っていた。
俺ならやっぱりそれしかエゴはない。
強いやつと試合中に1on1で勝って点を決める。
そういう拘りは常にあった。でもそれは点を意識したプレーじゃない。
ただ俺が楽しむため。それだけの完全な自己満足的プレーだ。
でもそれが入ると自然とチームも湧いて。急にこちらのチームに勢いが出る。
「もしかして無意識に大事な場面で決めてた?」
***
「それでなんの用よ?」
体育館でフユのクラスが授業を行っている最中。
俺はこっそりと授業中のフユを呼び出していた。
呼び出し方法はチラチラと顔を見せ、こちらへ招くというもの。
そのため恐らく『トイレ』などを理由に抜け出してきたフユは絶賛、トイレの長い人に。早く用件を済ませて、授業に戻ってもらわないと。フユのイメージが大変なことに。
「俺のシュートはチームを奮い立たせるんだよな。それってどういうシュートを打った時?」
「……そんなことを聞くために呼び出したの?」
「しょ、しょうがないだろ‼ すごく気になって授業にも出れてないんだから‼」
鬼の形相で俺を睨むフユに一瞬怯んだ。
だけど俺も引き下がるわけにはいかない。
フユの解答次第で俺の方向性が変わるから。
彼女が俺の想定通りの答えをしてくれれば何も問題は――
「アンタはさ。人の試合を見る時、どういう場面を目にするとドキドキする?」
「俺、あんまり人の試合とか見ないんだけど」
「私の試合は結構見に来てるじゃない。それとも私の試合如きじゃドキドキしないわけ」
「そ、そんなことはねぇよ‼」
確かにフユの試合を見てドキドキすることはある。
でも正直に言うとわからないんだ。
それが試合の展開を見てのドキドキなのか。
フユのプレーに見惚れてのドキドキなのか。
「私は強い人と強い人のぶつかり合い。俗にいうエース対決を見るのが大好きよ」
「いや、そんなの誰だって――」
「中でもアンタのは特別。だっていつでもアンタは身長っていうハンデを背負ってるじゃない。そのうえで最後には絶対に勝つんだもの。ドキドキしない方がおかしいわよ」
そんなの意識して試合を見たことはなかった。
珍しくフユ以外の試合を見た時、エース対決を前にしても思考はいつも。
――俺ならこうする。
そればかりが頭の中で展開されていた。
それで気づいたらいつも試合が終わってる。
だから俺の偵察はあまりチームメイトから評判が良くない。
偵察が偵察になってないんだから正当な評価だ。
でも今のフユの言葉を聞いて。
「なら俺は『1on1』に拘るエースになるしかないな」
「何それ? 拘るってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。巨人曰く、エースっていうのはエゴイストなんだと」
「私、エゴイストじゃないわよ」
「でも試合中、拘ってることぐらいあるだろ?」
「そ、それはまあ……キャプテンだし当然じゃない」
そういえばフユはキャプテンでエースだったな。
でもキャプテンとエースの違いってなんだろう。
どっちも味方を鼓舞する点では同じだよな。
「それにしてもアンタ、なんでいきなりそんなことを気にしだしたの?」
「エースを目指すことにしたからな。そのためにはエースについての理解を――」
「何言ってるのよ。アンタ、十分にエースの器じゃない」
「はい?」
予想外過ぎる言葉に首を傾げた。
少なくても自分ではまだ胸を張って、エースなんて言えないから。
現にゴリラも『まだ器じゃない』って。
あれはエースとしての俺を評したものじゃ――
「何を考えているか知らないけど。1試合に3ポイントを10回以上必ず決めて、ゴール下でもその身長でダンクとか、スクープショットで合計50点近く稼ぐ人。そういう人をエースと呼ばずなんて言うのよ。何度でも言うわ、アンタは十分エースの器よ」
心の中で反論を考えようとした。
でも反論の言葉が浮かばない。
得点だけ見れば実際にエースの働きをしているから。
でも昨日の1on1で今の俺を明確に否定された。
一人には『足りない』と言われ、もう一人には『臆病者』だと言われた。
そのうえでアドバイスされたのが、『一つのゴール』に拘れという言葉。
あれを俺的に捉えるなら、『一つの勝負』に拘れという意味だ。
確かにあの時の俺は攻めの勝負で勝ちに拘れなかった。だから負けた。きっとあの女監督の言葉もそれを諫めるもの。俺に隙が生まれて勝てる可能性をみすみす捨てた。だからあんな風に罵られたんだ。全て俺の推測だけど理にはかなってる。わかりにくいんだよ、永玲関係者はどいつもこいつも。言葉足らずにも程がある。
「なんか急にスッキリした顔になったわね」
「……バスケがしたくなったからだろ」