俺がゴリラに負けた日から数日後。
今日はフユと出掛ける約束した日曜日。
買い物内容が『下着』じゃなきゃ最高なんだけどな。
待ち合わせ場所であるいつもの公園。
そこで俺はベンチに座り、ストリートバスケを眺めていた。
今使っているのは俺と同年代ぐらいの男が二人。
プレーを見るに恐らくバスケ経験者。
「あの連携。チームメイトか?」
俺みたいに1on1をしていた。
どちらも明らかに強い。でも不思議なことに攻守が入れ替わらない。
一人が常にオフェンスをし、もう一人常にディフェンス。
その熱気から見て、遊びでやっているようには見えない。
「何、見てるのよ?」
「ちょっとな……」
「…………」
俺が黙ってコートを眺めていると声が聞こえた。
でも俺は二人の勝負に夢中になって目が離せない。
それにしてもあのディフェンス、一体何センチあるんだ。
明らかにウチの巨人や永玲のゴリラレベルの体格。
一方で相手は小柄ながらもスピードを使い、インサイドをゴリゴリに攻めている。
今のところワンサイドゲームになることなく、二人の試合は続いて――
「あの二人、すごく上手いわね。特にあの小柄な方」
「うわっ⁉ お前、いつから隣に座ってたんだよ‼」
「さっきから来てたわよ、このバスケバカ」
俺が試合に夢中になっている間。
いつの間にか隣にフユが座っていた。
来たなら声ぐらい掛ければ……いや、確かに声を掛けられた気がする。
「もしかしてハル。あの二人と知り合い?」
「全然。今日初めて見た」
だからこそつい気になったんだ。
でもそれもここまでだな。
「しょうがない。まだ気になるけど行く――」
「少しぐらいならいいわよ。私もあの二人のこと少し気になるから」
「お前……俺のことバスケバカとか呼べないだろ」
フユの発言に白い目を向ける。
だけど俺としては少し助かる。
小柄な方はともかくとして、デカい方には強く引っ張られる気がした。
こんな感覚、巨人とゴリラ以外だと初めてだ。
一方でフユの視線は小柄な方。帽子を深く被った相手に釘付けだった。
2メートルを軽く超えたトーテムポールをターンで躱してからのジャンプシュート。
あれを躱すだけでも驚きだが、もっと驚くべき点はさっきから一度もシュートがリングに触れない。ただスッと綺麗にネットだけを潜っていた。俺もよくやるからわかるけど、狙ってああいうシュートを打てるのは積み重ねた練習があるからだ。それも1万や2万どころじゃない。恐らくそれ以上のシュート練習をしているはずだ。
それにしても何なんだ、あっちのデカい方。一歩も3ポイントラインから出てないぞ。
両手のリーチが明らかに長いんだ。両手を広げただけでシュートコースなんてないも同然。躱してインに入ってもすぐに追いついてくる。しかも俺が見始めてから今のところ、一度もジャンプをしてない。それなのに平然とシュートをブロックしてる。むしろ、それでもシュートを数回決めている方を褒めるべきだ。俺でも攻略できるかは微妙なところ。冗談抜きに強いぞ、あいつ。
「……似てる」
俺がトーテムポールのプレーに身震いしていると、小さな声でフユが呟いていた。
彼女の視線は未だに小柄なフォワードヘ釘付け。それにしても一体何似て――
「ずっとハルを見てきたからわかるの。あの子のプレー、ハルにそっくり……」
言われて目を凝らして見てみる。
シュートは中からも外からも打ち、ドライブなどでも切り込んでいる。
さらに時折見せる3ポイントは相手が悪すぎるだけだが、軌道的には確実に入ってる。
でも――
「似てねぇよ。俺なら真正面からぶつかりに行く。エースに逃げ場はないんだからな」
それでも心の中で思わず頷いた。
あれは明らかに俺のプレースタイルだったから。
小柄な体をハンデとして見せないためドライブとスリーを磨いて、最後にインも強化した俺と類似のプレースタイル。似てるどころじゃない。まるでもう一人の自分を見ている気分だった。
それにしてもヤバいな。このままここに居たら、デカい方に勝負を挑んじまいそうだ。
「そろそろ行くか」
俺がベンチから立ち上がると、フユが驚いた様子で俺に目線を合わせた。
ベンチに座ってる人間と目線が合うなんて。俺はどこまで背が低いんだよ。
「どうした? 行かなくていいのか、買い物」
「そ、そうじゃないけど。でもいいの? 声ぐらい掛けてみても――」
「無理。今声なんか掛けたら俺、間違いなく今日の予定をほっぽり出すぞ」
フユとの約束は確かに大事だ。
でもあのトーテムポールにはそれを凌駕する程の引力がある。
恐らく俺の本能があいつとの勝負を求めてるんだ。
「行くぞ。さっさと買い物を終わらせて昼飯だ」
「ちょっと待ってよ!」
俺はコートに背を向けて歩き出す。
置いてかれそうになったフユは慌てて追いかけてきた。
未だに俺が声を掛けなかったことに不満そうだけど。
まあそんな顔するなよ。焦らなくてもすぐ会えるさ。
俺とお前がバスケを続けていれば必ずな。
たぶん向こうも俺たちに気づいたはずだ。
俺が歩き出す直前。確かにコート内の二人と目が合った。
トーテムポールは無表情。小柄な方はすぐに俺から目を逸らして。それぞれ違った反応を見せてきた。強い相手同士、確かに惹かれる何かがあったんだろう。感謝するぜ、バスケの神様。おかげでバスケをやる楽しみがまた一つ増えたよ。