「もうどこに行ったのよ」
ランジェリーショップで下着を選び終わった後。
そこにはもうハルの姿はなかった。
どうやら本当に店を出て行ったみたいね。
それにしても何よ、人の下着姿を見てあの反応は。
もう少し照れたりすればいいのに、相変わらず真顔で「悪くはない」ですって?
少しはこっちの気持ちに気づけって言うのよ‼
まあ。あいつの「悪くない」は、私に対する最大の褒め言葉なのはわかってるけどさ。
「全く冷君には困ったものです。珍しく買い物に付き合ってくれるかと思えば、またフラ~っと消えて。おまけに下着を買いに行くと言ったら『君には不要だよね』だなんて。どうしてあんなにもあの人と大違いなんですか」
私がハルの行動を嘆くすぐ前。
そこには私と同じでレジが開くのを待っている小さな女の子がいた。
どうやらその子も私と似たような理由で怒ってるみたいで。
それにしてもハルのやつ。また携帯を忘れてきたみたいね。
『急にバスケをやることになったら大変だろ』
なんて言ってたけど、そんなこと滅多にないわよ。
こういう時不便だから、いつもちゃんと持ち歩くように言ってあるのに。
そもそもあいつ、滅多に携帯の充電をしないからいつもバッテリーが切れてるのよね。
「本当にあいつ、どこに行ったのよ」
携帯の時計で時刻を確認する。
10時30分ぐらいに来たはずなのに、いつの間にかもう12時前。
まさかお腹が空き過ぎて一人でお昼ご飯に行ったとか?
……ハルなら十分にあり得るわよね。
この近くにバスケットコートがあったら、一発で居場所がわか――
「おい‼ 屋上にあるバスケットスペース。そこですごい1on1をしてるらしいぞ」
「マジかよ‼ 急いで行かないと見逃しちまうよ」
通路の方から聞こえてきた男の人たちの声。
それを聞いて私はある核心を持つ。
「「間違いなくそこだ」」
……え?
私の声と前に立つ茶髪の女の子。
その子の声とセリフが重なった。
「あ、あのう。もしかしてあなたの連れの人もバスケマニ――もしかして秋月フユさんですか‼」
私の声を聞いてこちらを振り向いた女の子。
彼女は私の顔を見るなり、慌てた様子で周囲を見渡していた。
「え、ええ。私の名前は秋月フユだけど。あなたは一体――」
「あたし、永玲大学附属中学の大樹陽菜です。ポジションはハルさんと同じシューティングガ―ドです。ところでフユさんに質問なんですが……」
「な、何かしら?」
ハルほどではないにしろ、背が低い癖にグイグイ来る女の子。
その姿がなぜかハルとダブルのを感じた。
おまけに前までのあいつと同じポジションなんて、明らかに何かあるわね。
「あいつなら今別行動よ。それよりもなんでハルのことを探して――」
「あたしの憧れなんです‼ すごいですよね。あたしよりも背が低いのに一年生の時からレギュラーで。去年と今年なんてMVPですよ。あたし、いつかハルさんとお近づきになってお付き合いするのが夢なんです。とは言ってもまだ、直接話したことはないんですがね」
照れたように頬を掻きながら言う女の子――大樹陽菜。
今私の中で彼女のことが静かに敵項目に追加された。
そもそもハルは私のものだもん‼
絶対に誰にもあげないんだもん‼
「それとフユさんにも言っておきたいことがあったんです」
「私に? バスケで教えて欲しいことがあるなら、高等部の先輩に聞いた方が――」
「私、あなたのことが嫌いです。幼馴染だからって無条件にハルさんに隣に居られると思っているところが特に」
笑顔で敵意に満ちたことを言われた。
今ならわかる気がする。ハルが嫌いな相手にすぐ変なあだ名をつける気持ちが。
私もこの女に今すぐピッタリなあだ名をつけたい気分だもの。
「というわけで今後、ハルさんの隣で彼女面しないでくださいね」
「だ、誰がいつ彼女面なんてしたのよ‼」
そもそもこっちは告白だってまだしてないのよ。
それどころかあいつ、絶対に私のこと嫌いだし。
いつもあいつに理不尽なことばかり言って、いつもあいつを怒鳴ってばかりいる。
彼女面なんてしたくてもできないわよ。
「あたしの見立てだと、ハルさんは明らかにフユさんのことが――」
「ふ~んだ。そんなこと言って私を動揺させよとしても無駄よ。私とハルはただの幼馴染でしかないんだから。それよりもアンタ、さっきバスケットコートって聞いて何か気にしてなかった?」
「問題ありません。冷君なら後で回収すればいいだけですから」
「冷君?」
「単なるあたしの幼馴染ですよ。なぜかハルさんを敵視してるんですよね」
もしかしてそいつ、この子のことが好きなんじゃないかしら。
それでハルのことを敵視してるとか。
ハル、ああ見えてそういうトラブル多いし。
この前だってハルと私が付き合ってるって噂を流さなかったら、間違いなく酷い目に遭ってたはずだし。それにしても私が相手と知って引き下がるなんて、その女の子たちは本当に殊勝ね。目の前にいるこの子と違って。
「ところでフユさん。お二人はどこまでの関係なんですか?」
「どこまでって何がよ?」
「ズバリ。小さい頃にハルさんと結婚の約束を交わしたとか――」
「け、結婚⁉ そんなことあるわけないじゃない‼ バカ‼」
そもそもあの男にそんな発想あるもんですか。
基本頭がバスケ中心なのよ。寝る食うバスケの三連コンボで、私なんて入る余地もないんだから。そ、そうよね。そんなところにこの子が入ってきたところで、ハルが靡くわけがないわよ。私ってば一体何を心配していたのかしら。
「「お次のお客様、どうぞ前へ」」
私が心の中でホッと胸を撫で下ろしていると、ちょうどレジが二つ空いた。
よし。さっさと買い物を終わらせてハルを迎えに――
「おい、喧嘩だ喧嘩だ‼ 屋上のバスケットコートで喧嘩だとよ」
「一人はなんでもあの夏陽ハルらしいな」
「それってあの滅茶苦茶小さいシューターだよな?」
また店の外から聞こえた不穏な会話。
それを聞いた私はお会計を済ませることなく店員さんに笑顔で言った。
「「あとからちゃんと買いに来ますから。そのまま取っておいてください」」
私と大樹陽菜は同時にお店を飛び出した。
それにしてもあのバカ、なんでまたいきなりそんな状況になってるのよ。