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第18話 ベンチで再会トーテムポール

 ランジェリーショップにて、俺は地獄を味わっていた。

 体が小さいため、中学生だとバレないのが唯一の救いだ。

 仮に俺が中学生だとバレれば、確実に店から追い出される。

 それにしてもなんだって俺が、フユに似合う下着を選ばないといけないんだ。

 確かにこの前見た白い下着。あれはあまりにも地味過ぎるとは思うけどさ。

 それにしたってこれはないと思うんだ。


『ハル。ちょっと中に来て感想を聞かせなさいよ』


 試着室のカテーンの中。そこからフユの声が聞こえた。

 普通の女の子なら、どう考えてもしないはずの要求。

 俺とフユの距離感だから許される注文をされた。


「言っておくけど。見たからって怒るなよ」

『当たり前じゃない。私の方が頼んでるのよ』


 頼んでるって言う割にはすごく偉そうだった。

 まあ約束だし、あくまでも感想を言うだけなら問題はないはず。

 俺は少しだけカーテンを開けて、その隙間から顔を覗かせた。

 すると思わず。


「どうかしら?」


 見惚れてしまった。

 何度も見ているはずのフユの下着姿に。

 いつもとは違って、上下黒の下着姿に。


「……わ、悪くはない」

「よし」


 俺の言葉にフユが軽くガッツポーズを見せる。

 俺はまだ褒めた覚えは一切ないんだけどな。

 それにしても黒か。スタイルもいいし、普通に似合ってると思う。

 バスケをしているおかげかお腹周りは程よく引き締まっていて、フユ自身が着痩せするタイプなこともあり、普段とは違って胸のラインも如実に強調されていた。本当、他の男共には絶対に見せたくない姿だ。


「じゃあ次は――」

「ちょっと待て。俺が顔を出す前になんで下着を脱ごうとしてるんだよ」

「心配ないわよ。私、アンタになら見られても全然気にしないし」

「流石にこの歳になると、俺の方が気にするんだよ」


 たぶん俺とフユが恋人同士にならないのは、この辺りの意識の差が原因なんだろう。

 俺はフユの裸を見るのに照れがあるけど、フユは俺に見られても普通に平気そうだ。

 俺なら耐えられないぞ。フユに全裸を見られるなんてこと。……少なくても今はまだ。


「わかったわよ。ならまた着替えたら呼ぶからすぐ近くで待って――」

『お客様。試着室を除く行為は原則禁止とさせてもらっています』


 背後から聞こえた声。それにドクンッと胸が高鳴った。

 でもわかる。これは単純に恐怖による胸の高鳴りだと。


「失礼しました‼」

『待ちなさい。このエロガキ‼』


 店員さんの声を耳にした直後、俺は着ていたパーカーのフードを深々と被り店を飛び出した。フユを一人、店の中に置き去りにして。まあ置き去りにしなかったら、確実に俺の方が逮捕されていただろうけど。


   ***


 フユをランジェリーショップに置き去りにしてきたけど、大丈夫だったかな。

 いや、確実に今頃俺に対する怒りを露わにしているはずだ。

 今日、俺とフユがやって来たのは大型商業施設。

 買い物が終わり次第、この建物内にあるレストランで昼飯を食べる予定だったけど。


「……確実に俺の奢りだよな」


 フードを脱いだ俺は、休憩スペースのベンチに腰を下ろして財布の中身を確認する。

 現在の残高は5000円ちょっと。最新のバッシュを買うために貯めてたけど、フユのご機嫌取りも重要だ。さらばだ、俺の最後の樋口一葉。


「君も誰かを待ってるのかい?」


 俺が財布の中身を眺めていた時だった。

 隣からすごく物静かな声が聞こえてきたのは。

 その声に視線を向けてみれば、そこには――


「僕も友達を待ってるんだ」


 背の高い男が隣に座っていた。

 それも座っているのに身長は、間違いなくゴリラや巨人級。

 あれ、そういえばこいつ。


「でも買い物に付き合わされて良かったよ。君とは一度ゆっくりと話をしてみたかったからね」


 俺は隣に座る男に見覚えがあった。

 それもつい最近、見掛けたばかりの男だ。


「夏陽ハル君で合ってるよね、君の名前」


 俺は男の言葉に声を出さず、ただ頷いて見せる。

 すると男は初めて俺の方へ顔を向けた。

 それも鉄仮面のように無表情な顔を。


「君のことは姉さん――監督に聞いて知ってるんだ。僕を落とすか君を落とすか。キャプテンは最後まで君を推したらしいけど。まああのキャプテンに1勝もできない相手なら、比べるまでもなくチームには必要ないよね。それに僕は君と違って勝った側の人間だからさ」


 男の声がねっとりと俺の中に絡みついてくる。

 それぐらいの不快感を俺は思わず抱いていた。

 俺を挑発しているのは明白だ。丁寧に説明口調で語って来るのもそのため。

 明らかに俺を敵視してるらしい。

 それにしてもこいつ。さっきから一体なんの話を――


「初めましてとは言わないよ。だって君とはもう会ってるから」


 男がベンチから立ち上がり、それに釣られるように俺の顔は上を見上げる。

 改めてなんて高さだと思う。やっぱりトーテムポールというあだ名は適切だった。

 いや、こいつの身長は恐らくそれ以上。


「さっき公園で僕らを見てたよね? 全中2連覇で2年連続MVPの夏陽ハル君」

「お前は――」

「僕の名前は小木冷おぎれい。君の代わりに永玲のスカウトに受かった。来年の特待生さ」

「永玲の……っていうことは、キャプテンっていうのはあのゴリラのこと――」

「そんなことより。暇なら僕と勝負しない? ちょうど、この施設の中にバスケットコートがあるらしいんだ。そこではっきりと教えてあげるよ。君みたいなチビにやれるほど、バスケは甘くないってことをね」


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