ランジェリーショップにて、俺は地獄を味わっていた。
体が小さいため、中学生だとバレないのが唯一の救いだ。
仮に俺が中学生だとバレれば、確実に店から追い出される。
それにしてもなんだって俺が、フユに似合う下着を選ばないといけないんだ。
確かにこの前見た白い下着。あれはあまりにも地味過ぎるとは思うけどさ。
それにしたってこれはないと思うんだ。
『ハル。ちょっと中に来て感想を聞かせなさいよ』
試着室のカテーンの中。そこからフユの声が聞こえた。
普通の女の子なら、どう考えてもしないはずの要求。
俺とフユの距離感だから許される注文をされた。
「言っておくけど。見たからって怒るなよ」
『当たり前じゃない。私の方が頼んでるのよ』
頼んでるって言う割にはすごく偉そうだった。
まあ約束だし、あくまでも感想を言うだけなら問題はないはず。
俺は少しだけカーテンを開けて、その隙間から顔を覗かせた。
すると思わず。
「どうかしら?」
見惚れてしまった。
何度も見ているはずのフユの下着姿に。
いつもとは違って、上下黒の下着姿に。
「……わ、悪くはない」
「よし」
俺の言葉にフユが軽くガッツポーズを見せる。
俺はまだ褒めた覚えは一切ないんだけどな。
それにしても黒か。スタイルもいいし、普通に似合ってると思う。
バスケをしているおかげかお腹周りは程よく引き締まっていて、フユ自身が着痩せするタイプなこともあり、普段とは違って胸のラインも如実に強調されていた。本当、他の男共には絶対に見せたくない姿だ。
「じゃあ次は――」
「ちょっと待て。俺が顔を出す前になんで下着を脱ごうとしてるんだよ」
「心配ないわよ。私、アンタになら見られても全然気にしないし」
「流石にこの歳になると、俺の方が気にするんだよ」
たぶん俺とフユが恋人同士にならないのは、この辺りの意識の差が原因なんだろう。
俺はフユの裸を見るのに照れがあるけど、フユは俺に見られても普通に平気そうだ。
俺なら耐えられないぞ。フユに全裸を見られるなんてこと。……少なくても今はまだ。
「わかったわよ。ならまた着替えたら呼ぶからすぐ近くで待って――」
『お客様。試着室を除く行為は原則禁止とさせてもらっています』
背後から聞こえた声。それにドクンッと胸が高鳴った。
でもわかる。これは単純に恐怖による胸の高鳴りだと。
「失礼しました‼」
『待ちなさい。このエロガキ‼』
店員さんの声を耳にした直後、俺は着ていたパーカーのフードを深々と被り店を飛び出した。フユを一人、店の中に置き去りにして。まあ置き去りにしなかったら、確実に俺の方が逮捕されていただろうけど。
***
フユをランジェリーショップに置き去りにしてきたけど、大丈夫だったかな。
いや、確実に今頃俺に対する怒りを露わにしているはずだ。
今日、俺とフユがやって来たのは大型商業施設。
買い物が終わり次第、この建物内にあるレストランで昼飯を食べる予定だったけど。
「……確実に俺の奢りだよな」
フードを脱いだ俺は、休憩スペースのベンチに腰を下ろして財布の中身を確認する。
現在の残高は5000円ちょっと。最新のバッシュを買うために貯めてたけど、フユのご機嫌取りも重要だ。さらばだ、俺の最後の樋口一葉。
「君も誰かを待ってるのかい?」
俺が財布の中身を眺めていた時だった。
隣からすごく物静かな声が聞こえてきたのは。
その声に視線を向けてみれば、そこには――
「僕も友達を待ってるんだ」
背の高い男が隣に座っていた。
それも座っているのに身長は、間違いなくゴリラや巨人級。
あれ、そういえばこいつ。
「でも買い物に付き合わされて良かったよ。君とは一度ゆっくりと話をしてみたかったからね」
俺は隣に座る男に見覚えがあった。
それもつい最近、見掛けたばかりの男だ。
「夏陽ハル君で合ってるよね、君の名前」
俺は男の言葉に声を出さず、ただ頷いて見せる。
すると男は初めて俺の方へ顔を向けた。
それも鉄仮面のように無表情な顔を。
「君のことは姉さん――監督に聞いて知ってるんだ。僕を落とすか君を落とすか。キャプテンは最後まで君を推したらしいけど。まああのキャプテンに1勝もできない相手なら、比べるまでもなくチームには必要ないよね。それに僕は君と違って勝った側の人間だからさ」
男の声がねっとりと俺の中に絡みついてくる。
それぐらいの不快感を俺は思わず抱いていた。
俺を挑発しているのは明白だ。丁寧に説明口調で語って来るのもそのため。
明らかに俺を敵視してるらしい。
それにしてもこいつ。さっきから一体なんの話を――
「初めましてとは言わないよ。だって君とはもう会ってるから」
男がベンチから立ち上がり、それに釣られるように俺の顔は上を見上げる。
改めてなんて高さだと思う。やっぱりトーテムポールというあだ名は適切だった。
いや、こいつの身長は恐らくそれ以上。
「さっき公園で僕らを見てたよね? 全中2連覇で2年連続MVPの夏陽ハル君」
「お前は――」
「僕の名前は
「永玲の……っていうことは、キャプテンっていうのはあのゴリラのこと――」
「そんなことより。暇なら僕と勝負しない? ちょうど、この施設の中にバスケットコートがあるらしいんだ。そこではっきりと教えてあげるよ。君みたいなチビにやれるほど、バスケは甘くないってことをね」