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第21話 決着

 地面に尻から倒れ込んだ小木が俺を睨んでいた。

 それもゲームを始める前とは違い、明確な悔しさからくる視線だと思う。


「振り出し? 君は何もわかってないようだね。これでもう引き分けはないってことだ」

「そんな結末、こっちから願い下げだ。白黒はっきりさせようぜ」


 残り時間は1分。否が応でも次の1ゲームで勝者と敗者が決まる。


   ***


 最終ゲームが開始して数十秒。

 今回の1on1ではバイオレーションを設けてない。

 そのため、時間の使い方は攻める俺がやや有利だ。

 でも俺の中に攻めないという選択肢はない。ドリブルをした状態で気を窺っていた。

 新たに身につけようとしている新技。それを炸裂させるタイミングを見計らうために。


 明らかに空気が張り詰めている。コート上の空気だけじゃない。俺たちを見ているギャラリーの空気も似たような感じだ。こんな空気、全中で味わったのが最後かもしれない。あのゴリラと試験という名目でやり合った日。あの時もこんな空気は味わえなかった。


 ヤバい、楽し過ぎて鼓動が早くなる。体はヘトヘトなのに、心がずっと叫んでるんだ。

 まだ終わらせたくないって。


「ハル‼」


 大勢の観衆の中、確かにその声を聞いた。俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声を。

 大丈夫だよ。俺は絶対負けたりしないから。終わったら昼飯にしようぜ。当然、俺の勝ちを祝う祝勝会として。

 俺は無言で小木を睨む。その視線に小木の瞳が小さく揺れたような気がした。

 でも臆したのとは違う。気を引き締めたみたいだ。俺が攻めることを確信して。


「来なよ。君をここで止めてゲームオーバーだ」

「簡単には終わらせねぇよ。こんな面白い勝負」


 俺の顔を流れる汗。それが俺の頬を伝い、コート上へ静かに降り注ぐ。

 直後、俺は得意のドライブで一気に切り込む。

 スリーポイントとインサイドヘ切り込むドライブは俺の十八番だ。

 そして俺の中には今、シュートを決めるイメージが完璧に出来上がっていた。あとは実践あるのみ。まあ新技の成功率は10本中1本とかなり低いわけだけど。


 ドライブで抜く時、俺の視線は常にゴールへ向いていた。

 いつでもシュートに切り替えられる。そう印象付けるために。

 案の定。小木は俺のシュートを警戒して、俺とゴールの間に立つように心掛けている。


 もしも今、さっきみたいに顔面へ向かって投げても、小木が避けることはもうないだろう。敢えて顔面で受けて俺のシュートを完全に塞ぐはずだ。さっきは単純に不意を突いたから成功しただけ。警戒された今だと、もうあの手は使えない。

 だから俺は今、ゴール下を目指していた。

 チビにとっては勝てるはずもないゴール下を。


「なんの真似か知らないけど。君のフィジルで僕に勝てると思うのかい?」


 俺の視線をフェイクだと確信した小木が、俺の行動を責める発言をする。

 だけどそれは小木の勘違いだ。俺は最初からパワーで戦うつもりはない。

 パワー勝負ができないこともないけど、あのゴリラとの敗戦から相手を選ぶことを俺は学んだ。相手の得意分野で挑んで勝てないのなら、それに対する対策を練ればいい。そのためにこの3日間、練習時間も居残り練習も全部そのために利用した。


 おかげで母さんには帰りが遅いと怒られて、練習に付き合わせた司にも文句を言われた。でも完成の足掛かりは確かに掴んだ。

 ゴール前のディフェンスを躱すために練習したフェイダーウェイやスクープショット、フックに続く新たなる選択肢。この新技が俺を更に強くする。


 ドリブルをする手に吸い付くようにボールが収まる。

 ドリブルをする時、これ以上の快感はない。

 深呼吸同様。こういう感覚も俺のモチベーションを上げてくれる。

 勝負しようぜ、俺のライバル。


 眼前に立つ小木から覇気が溢れ出しているのを感じた。

 全力で俺を止めに来ている。最初は俺をバカにしていたトーテムポール様がだ。

 正真正銘、俺を止めるべき敵だと見据えて。


「行くぞ」


 体制を低くして、高身長の小木ではより取りづらい低めのドリブルを意識する。

 けれど伸びる小木の手は俺を一切逃がさない。またフットワークで俺事体も追い詰めてくる。並みの選手なら、この時点であっさりとボールを奪われていたはずだ。俺だってギアを上げていなかったら、この時点で奪われて負けが確定していた。


 中学3年生にしてこの完成度、あのゴリラを倒したのも頷ける。ゴリラに1on1で負ける前の俺だったら、相手にもならなかったかもしれない。でも今の俺なら届く。そして越えられる。


 ペネトレートで突き進む俺に押され、小木はゴール下まで追い込まれていた。

 小木からすれば俺はコバエもいいところ。だけどそれぐらい小さいからこそ小回りが利く。相手の視界にチラチラと入って冷静さを失わせることができる。そのうえ目的地はもう目の前。あと一歩前に進めば、高確率で新技が成功――


「彼女が見てるんだ。僕が勝って彼女の目を覚まさせてやる」


 俺に押されていたはずの小木の足。

 それがコートに縫い付けられたように止まった。

 それも俺が立ちたかったポジションで。


「そもそもその体型でゴール下に立ったところで何ができる?」


 小木の言葉に一瞬心の中がざわついた。

 実際問題、俺はゴール下の得点力に関しては並みの選手よりも下だ。ディフェンスが二人以上いた場合、俺の得点力はほとんど皆無。そんなこと俺が一番よくわかってる。それでも俺はエースだから。常にこう言わないといけない。


「お前に勝てる」


 今のポジションからだと、新技の成功率は格段に下がる。

 でもあの日、ゴリラに負けた時にエースなら挑戦するべきだと知った。

 だから俺は賭けに出る。失敗するにしろ、成功するにしろこれで最後なのだから。


「何を……」


 ゴール目前。ゴールと俺の間に2メートルを超える小木が立つ状況。

 俺はその場で全力のスーパージャンプをした。高さは小木の頭を少し超えるぐらい。

 我ながらふざけたジャンプ力だと思う。

 だけどこの高さが必要なんだ、俺の新技には。

 この高さがあれば……。


「それぐらいのジャンプをしたところで‼」


 俺のジャンプを見て、慌ててブロックしようとした小木。

 だけどもう――


「遅い」


 俺はボールを空高くリリースした。

 それも高弾道になる軌道で。

 超空中での高弾道シュート。

 それが俺の編み出したゴール下でブロックを躱すための新技だ。

 縦でも横でもない。上の――三次元に躱す技を俺は身につけ――ガッシャン‼

 ……まだ成功率が低くて、技名すら付けられない状態だけど。


「入れ‼」


 リングにぶつかり垂直に飛び跳ねたボール。

 それは不安定ながら、そのまま落下してくる。

 このまま入らなければ俺の負け。

 このまま入れば俺の勝ち。


 その場にいた全員が静かにボールの行方を見守っていた。ただ一人、俺の前に着地した小木だけを除いて。

 小木が一人何かをわかった様子で俺の方をジッと見たまま、静かにこちらへ右手を差し出してくる。最初はその意図を汲み取れなかった俺だけど、小木の背後にあるゴールネット。それが確かに揺れた直後、小木の行動の意味をなんとなく理解した。


「認めてあげるよ、君のこと」

「ほらな。チビにも平等なスポーツだろ?」


 俺と小木は生意気な言葉と一緒に握手を交わす。

 こうして俺たちは正真正銘のライバルになった。

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