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第21.5話 ベンチでの誓いガールズ

 昔からよくハルのことを羨ましく思うことがある。

 あいつが本格的にバスケを初めてからは特に。

 私と違って全中に出場していることはもちろん。色々な学校から誘いを受けていることも。その全部が私からすればいつも眩しくて、見ているだけで心がザワついてくる。そして今日新しく、羨ましいと思う部分がまた1つ増えた。それは――


「認めてあげるよ、君のこと」

「ほらな。チビにも平等だろ」


 それは対等な関係のライバルがいること。

 大勢の観客で溢れた大型商業施設の屋上にあるバスケットコート。

 今の試合を見ていた全員が称賛の声を二人に送っていた。

 それぐらい最後まで目の離せない戦いだったから。


 私もいつか、これぐらい多くの人の心を動かせる試合ができるのかな。

 またハルが遠くに行ってしまう。心の奥底で確かにそんな気がしていた。


「やっぱりハルさんはすごいですね。あたし、いつもあのルールで冷君と戦ってますが、一度も勝ったことがないんですよ」

「もしかしてあの大きい方ってアンタの知り合い?」

「はい。さっきも話した幼馴染の冷君です」


 私と一緒にここまで来た大樹陽菜さん。彼女が笑って答えてくる。

 そう言われて不意に頭の中に、今日見た公園のワンシーンが浮かんだ。


 ハルが握手をしている相手。彼には見覚えがあった。今日私たちがここへ来る前、公園のコートでバスケをしていた男の子。だとすると、あの公園で戦っていた帽子姿の小柄な方って。


「もしかして今日、公園のコートでバスケしてたのって――」

「今更気づいたんですか? あたしは視線であんなに敵意を送ってたのに」

「ごめんなさい。私、昔から勘とかそういうのあまり鋭くない方で」

「やっぱりハルさんの隣には、フユさんじゃなくてあたしの方が相応しそうですね」


 敵意に満ちた視線だった。

 それもバスケじゃなくて、恋愛面における敵意の眼差し。

 でもそんなの余計なお世話よ。


「し、心配ないわ‼ ハルのことならなんでもわかるもの‼ あいつが昔、足の怪我を庇いながら試合に出た時だって。唯一気づいたのは私なんだから。あいつはね、いつもそうやって簡単に無茶なことをするのよ。だからあいつの隣には私が必要なの‼」

「さっきも叫んでましたもんね。『ハル‼』って大声で」

「ブッー‼」


 大樹さんの言葉に思わず吹き出す。

 あれは自分でも完全に無意識だったから。

 だってあいつ、明らかに疲れてたし。あそこで一発喝を入れなかったら、たぶん勝てなかったもの。試合だって私が見に行ったやつはいつも勝ってるし。逆に私が見に行かなかった中一の全中トーナメント予選一回戦なんてボロ負け。言うなれば勝利の女神的な……自分で言ってて少し恥ずかしいけど。


「どうしたんですか、フユさん。顔が真っ赤ですよ?」

「にゃ、にゃんでもにゃい‼ それよりもあの冷っていう人、すごいわね」

「惚れたのなら紹介しますよ。その代わりにハルさんをもらい――」

「残念だけど私、背の小さいバカなバスケットマンにしか興味がないから。それに……」


 私があの人のことを凄いと言った理由。

 それは今、私たちの前に広がる光景だ。

 だってずっと近くに居て初めて見たから。

 ハルが自分よりも圧倒的に背の高い人を前にして、その人を名前で呼ぶ姿なんて。


 昔からハルは嫌いな相手に変なあだ名をつける癖がある。それも高身長の相手に多い。

 でも今初めて、ハルが嫌いなはずの相手と友好的に会話を交わしている。

 きっとあれがライバルって関係なんだ。私にはまだいない存在。


 それ故にやっぱり少しだけ嫉妬しちゃうな。

 私の方が先にバスケを始めたのに。ハルは一人でドンドン前に進んで行って。

 喧騒に包まれるコート周辺。私はその中で一人、モヤモヤとした感情を抱いていた。


   ***


 屋上の騒ぎを聞きつけてやってきた施設のスタッフさん。

 その人たちに騒ぎの中心人物としてハル達は連行されて行った。


 とりあえず二人が解放されるまでに買い物を終わらせた私と大樹さん。

 私たちは二人並んでランジェリーショップ近くのベンチに座っていた。


「あたしとフユさんが直接対決するとしたら、インターハイになりそうですね」

「……そうよね。確か永玲大付属って神奈川の学校だものね」

「今日はたまたま買い物で来ただけですから」


 足元に置いた紙袋。その持ち手を眺めながら、私は大樹さんと会話をする。

 だけど心は少しだけ体を離れているような気分で。どこか落ち着かない。


「あたしは行きますよ、インターハイ。そこでエースとして活躍してハルさんに告白します」

「こ、告白ってアンタね……」

「別に構いませんよね。まだ誰もハルさんと付き合ってないんですから」


 ニッコリと、大樹さんがどこか影を帯びた笑顔を向けてくる。

 明らかにバスケと恋。その両方における私への宣戦布告だ。

 なら私だって黙って聞いてるつもりなんてない。


「無理ね。だってインターハイで優勝するのはウチの学校だもの」


 今まではインターハイに出ることが目標だったけど、そっちの方が明確だもの。

 あいつだって目指すなら、1番を目指そうぜとか簡単に言ってきそうだし。

 ……本当、昔から一緒にいる所為ですっかり毒されちゃってるわよね。

 まあそれも嫌なわけじゃないけど。


「それでアンタはどうなの? ただ活躍して終わり?」

「も、もちろん‼ あたしだって優勝してそのインタビューの中で告白するつもりですよ‼」


 まるで一本取られたという雰囲気で、大樹さんが慌てて目的を訂正する。

 彼女と会って、初めて大樹さんの上を行けた気がした。


「もう行きますね‼ たぶんもう冷君も解放された頃だと思うので」

「ハルには会って行かないの?」

「言っておきますけどあたし、ミーハーじゃないので。それにハルさんとは近々会える気がするんです。その勘が外れても夏にはインターハイで会えるはずですから。それまでなら我慢できます」


 自分の荷物を持ってベンチを離れていく大樹陽菜。

 軽く手を振りながら、私はあることに気づいてしまった。


 ……あれ? ひょっとして今のって私もインターハイで優勝したら、ハルに告白するってこと? ……無理だよ‼ 無理‼ 絶対に無理‼ インターハイ優勝はまだ現実的……かもしれないけど。ハルに告白なんて絶対に無理よ‼


「そもそもハルのやつ、絶対に興味ないだろうし」

「――俺が何に興味がないって?」

「は、ハル‼ アンタいつからそこに‼」


 気がつくとベンチのすぐ隣にハルの姿が。

 相変わらず小さすぎて、よその子供と見間違えちゃったじゃない。

 それにしても本当にいつから? もしかして私たちの話聞かれてた?


「それよりも聞いてくれよ。冷のやつ羨ましいんだぞ。中学三年間ずっとアメリカでバスケしてたんだと‼ あ~俺も本場でバスケがしたい‼」


 な、なんか大丈夫そうね。

 良かったわ。こいつがバカで。


「話なら聞くわよ。ご飯でも食べながらね」


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