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第22話 二人の将来

 大型商業施設内に作られた全国チェーン店のファミレス。

 俺とフユはそこで昼飯にすることにした。

 そして注文が来るまでの短い間、俺たちの話題は先ほどの対決に移行する。


「それで結局、アンタが最後に打ったシュートは何だったのよ?」

「見てたんだろ?」

「見ても理解できなかったから聞いてるの」


 俺の返しにフユが不満気な顔を浮かべる。

 どうやらフユですら、よくわからないらしい。


「ヒント。流石のお前もあのシュートの原理は理解できてるよな?」

「シュートのループを高くして、ディフェンスがブロックしづらいようにしてること?」

「その通り。だからあのシュートは、ただシュートコースを塞ぐだけじゃ意味がない」

「それはわかってるわよ。それに私が聞きたいのはそこじゃなくて、ループを生み出してる方法よ。明らかにあのループの掛かり具合は異常だもの。明らかに何か仕掛けがあるでしょ」


 フユがズバズバと確信をついて来る。

 学校の成績だけでなく、バスケIQも高いフユのことだ。

 何となくその原理も把握してるんだろう。


「お前は知ってるだろ。俺が1日に最低でも500本はシューティングしてること」

「そうね。アンタには身長っていう弱点があるもの。それを補うためにはそれですら足りない……アンタ自身、昔からずっとそう思っているものね」

「相変わらずフユには敵わないな」


 フユの指摘は紛れもない事実だった。

 どれだけ周りから注目されようと、俺の身長が120センチってことは変わらない。

 その差を埋めるためにはひたすら練習するしかない。

 あの異様にループの高いシュートはその副産物だ。


「あのループの高いシュートはいわば、日常の反復練習の成果だよ。日常的にシュートを打ち続けたおかげで、知らず知らずのウチにああいうシュートが打てるようになってたんだ。そして俺はそれを応用して、オールコートスリーポイントシュートを使ってた。今回はそれを更に応用した感じだ」


 一言で言えば応用の応用。

 だけどフユは俺の言葉に首を捻る。

 どうもまだ飲み込めていないらしい。


「俺が時々使う自陣ゴール下からのスリーポイント。それぐらいのロングシュートともなれば、意識しなくてもボールの飛距離を出すために多少は山なりになるよな?」

「まああの距離でバスケットボールを片手投げして、ゴールできるわけないしね」

「簡単にいえば、俺は今日そのシュートをゴール下で使ったんだよ」


 俺はお冷の中に人差し指を入れ、濡れたその指でテーブルの上を軽くなぞる。

 俺が描いたのは2つの山なりの軌道。

 1つは距離があるもののごく普通の軌道。

 もう1つは距離がなく、着地地点がすごく近い。

 その代わりに先ほどの軌道と違い、ものすごく高い軌道を描いていた。


「これが普段、俺が打つシュートと今日のシュートの違いだ。ゴール下で前じゃなくて弧を描いてほぼ真っ直ぐ上に飛ぶ。瞬時にブロックなんてできないし、軌道にさえ乗れば相手が触れることは不可能。落ちてくるのはゴール直前。仮に触れることができたとしても、ゴールテンディングを取られてどっちみちこっちの点だ」

「アンタまた悪い顔してるわよ」


 こんなの悪い顔もしたくなる。

 自分よりも背の高い相手の上からバカスカとシュートを決める。

 これ以上の快感なんてあるはずがない。


「でもアンタにしては珍しく、リングにぶつかってたみたいだけど」

「それを言うなよ。まだ精度に多少の問題があるだけだ。直に完成させるさ」


 俺はお冷の水を一気に飲み干し、ボリボリと中に入っていた氷を咬み砕く。

 きっと俺は今も悪い顔を続けているんだろう。

 今日の試合で感覚自体は完全に掴めた。次に打ったら10本中半分は決められる。

 それにしても冷のやつ、結局最後までヘバッタ様子はなかったな。

 身長よりもむしろ、あいつの無尽蔵なスタミナの方が脅威だな。

 次に戦う時は恐らくちゃんとした試合形式。

 マッチアップしたとしても、流石に40分持つ自信はないぞ。

 しかもあいつ、アメリカで3年もバスケしてたらしいし。


「……アメリカか」


 ふと俺は窓の外を眺めながら呟いた。

 するとフユが目の前に座る俺を見て尋ねてくる。


「アンタでも興味あるわけ? アメリカのバスケ」

「当然だろ。こう見えて俺はプロを目指してるんだぞ」


 俺の返しにフユが沈黙した。

 店内には色々な声が響いてるのに、まるで俺たちの席だけ切り取られたように静かだ。

 でもフユの反応もわかる。身長が120センチぐらいしかないのにプロを目指してる。

 そんなのバスケを知る人間なら、呆れるかバカにするかのどっちかだ。

 フユの反応を見るに、きっと俺の発言に呆れ返って――


「ならアンタの場合、死ぬ気で英語を覚えないとね。どうせNBA志向なんでしょ?」


 その言葉に心が震えるのを感じた。

 絶対に否定されるって。そう思っていたから。

 だって俺自身、自分には難し過ぎると思っているから。

 それなのにウチの幼馴染は――


「良ければ私が教えましょうか? 英語に限らず勉強は全教科得意だもの」

「高校3年間バスケット生活を謳歌したらな」


 俺は震える手をテーブルの下に隠して、逆にフユへ尋ねてみる。

 今まで聞いたことのなかった彼女の進路について。


「お前はどうするんだ? 高校を卒業しても続けるんだろ、バス――」

「私はアンタと違うもの。才能なんてないし、それで食べて行ける力もないわ。だからちゃんと地に足の着いた人生を送るつもり」


 俺が世界で1番憧れているバスケット選手。

 その少女の弱音とも取れるべき言葉を耳にした。

 きっと本当なら、俺もさっきのお返しとして彼女の意見を尊重するべきなんだろう。

 尊重して違う世界ヘ送り出す心構えをしておくべきなんだ。


 それに無責任なことを言えるほど、俺はフユの人生に責任を取れない。

 フユが俺の背中を押したのは、俺ならプロになれると信じているから。

 でも俺はまだフユがプロになれる存在だとは思っていない。

 確かに俺の一生の憧れの選手だけど。プロの舞台に立ってる姿がまだ想像できないんだ。

 それなのに無責任に『プロを目指せよ』なんて言えない。

 せめて俺が言える言葉。言っても許されそうな言葉はただ一つ。


「でも俺は見てみたいよ。お前がプロの世界でバスケをする姿」


 絞り出すようにだった。

 絞り出すように俺は自分の素直な気持ちを吐き出した。

 これぐらいの言葉を紡ぐことぐらい許してくれるはずだ。

 これは願いでも期待でもない。単なる俺の希望でしかないんだから。


「何をそんな泣きそうな顔で言ってるのよ。もしかしてさっきの話、本気にしてる? 今のはあくまでも建前に決まってるじゃない」


 フユの大きな手がテーブルを挟んだ向かい側の席。

 そこにちょこんと座っていた俺の頭へ伸びてくる。

 するとその手は優しく俺の頭を撫でていた。

 普段なら全力で拒絶しているはずだ。

 それなのに今、俺にはそんな気は一切なくて。


「未来なんて誰にもわからないんだから。可能性があるなら、私だってプロを目指すわよ。でもね、アンタは絶対にならないとダメよ。アンタには才能もたくさんの努力もあるんだから。簡単に諦めたらダメよ。もしも簡単にプロを諦めたら絶交だから。それに背が低いぐらい何よ。いっそその背の低さを売りにして、自分から『リトルエース』とでも名乗りなさい。それで一杯勝ったら、皆が思うはずよ。バスケに身長差は関係ないんだってね」


 フユの言葉が胸の奥深くに響いていく。

 それだけで不思議と力が湧き出すのを感じた。

 正直冷からアメリカでプレーしていた話を聞いた時、俺は軽く嫉妬していた。

 でも日本にいたからこそ、俺はフユという色々な意味で最高の存在と出会えた。

 それはきっと、本場でバスケをする以上に価値ある出会いだ。

 少なくても俺にとってはそうだ。そしてただの出会いにしないためにもいつか……。


「どうしたの?」

「十年後ぐらいに大事な話をさせてくれ」

「何よ、当然。別に構わないけど、私忘れてるかもよ?」

「心配するな。お前が忘れても俺が忘れないから。まあかなり前倒しになるかもしれないけど」


 俺は遂にフユヘ思いを告げることに決めた。

 ただしそれはもう少し先の話だ。

 自分に課した3つのハードルの高い試験。

 それを全てクリアできた時、初めてフユに告白しようと思う。

 その試験とはズバリ――



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