大型商業施設内に作られた全国チェーン店のファミレス。
俺とフユはそこで昼飯にすることにした。
そして注文が来るまでの短い間、俺たちの話題は先ほどの対決に移行する。
「それで結局、アンタが最後に打ったシュートは何だったのよ?」
「見てたんだろ?」
「見ても理解できなかったから聞いてるの」
俺の返しにフユが不満気な顔を浮かべる。
どうやらフユですら、よくわからないらしい。
「ヒント。流石のお前もあのシュートの原理は理解できてるよな?」
「シュートのループを高くして、ディフェンスがブロックしづらいようにしてること?」
「その通り。だからあのシュートは、ただシュートコースを塞ぐだけじゃ意味がない」
「それはわかってるわよ。それに私が聞きたいのはそこじゃなくて、ループを生み出してる方法よ。明らかにあのループの掛かり具合は異常だもの。明らかに何か仕掛けがあるでしょ」
フユがズバズバと確信をついて来る。
学校の成績だけでなく、バスケIQも高いフユのことだ。
何となくその原理も把握してるんだろう。
「お前は知ってるだろ。俺が1日に最低でも500本はシューティングしてること」
「そうね。アンタには身長っていう弱点があるもの。それを補うためにはそれですら足りない……アンタ自身、昔からずっとそう思っているものね」
「相変わらずフユには敵わないな」
フユの指摘は紛れもない事実だった。
どれだけ周りから注目されようと、俺の身長が120センチってことは変わらない。
その差を埋めるためにはひたすら練習するしかない。
あの異様にループの高いシュートはその副産物だ。
「あのループの高いシュートはいわば、日常の反復練習の成果だよ。日常的にシュートを打ち続けたおかげで、知らず知らずのウチにああいうシュートが打てるようになってたんだ。そして俺はそれを応用して、オールコートスリーポイントシュートを使ってた。今回はそれを更に応用した感じだ」
一言で言えば応用の応用。
だけどフユは俺の言葉に首を捻る。
どうもまだ飲み込めていないらしい。
「俺が時々使う自陣ゴール下からのスリーポイント。それぐらいのロングシュートともなれば、意識しなくてもボールの飛距離を出すために多少は山なりになるよな?」
「まああの距離でバスケットボールを片手投げして、ゴールできるわけないしね」
「簡単にいえば、俺は今日そのシュートをゴール下で使ったんだよ」
俺はお冷の中に人差し指を入れ、濡れたその指でテーブルの上を軽くなぞる。
俺が描いたのは2つの山なりの軌道。
1つは距離があるもののごく普通の軌道。
もう1つは距離がなく、着地地点がすごく近い。
その代わりに先ほどの軌道と違い、ものすごく高い軌道を描いていた。
「これが普段、俺が打つシュートと今日のシュートの違いだ。ゴール下で前じゃなくて弧を描いてほぼ真っ直ぐ上に飛ぶ。瞬時にブロックなんてできないし、軌道にさえ乗れば相手が触れることは不可能。落ちてくるのはゴール直前。仮に触れることができたとしても、ゴールテンディングを取られてどっちみちこっちの点だ」
「アンタまた悪い顔してるわよ」
こんなの悪い顔もしたくなる。
自分よりも背の高い相手の上からバカスカとシュートを決める。
これ以上の快感なんてあるはずがない。
「でもアンタにしては珍しく、リングにぶつかってたみたいだけど」
「それを言うなよ。まだ精度に多少の問題があるだけだ。直に完成させるさ」
俺はお冷の水を一気に飲み干し、ボリボリと中に入っていた氷を咬み砕く。
きっと俺は今も悪い顔を続けているんだろう。
今日の試合で感覚自体は完全に掴めた。次に打ったら10本中半分は決められる。
それにしても冷のやつ、結局最後までヘバッタ様子はなかったな。
身長よりもむしろ、あいつの無尽蔵なスタミナの方が脅威だな。
次に戦う時は恐らくちゃんとした試合形式。
マッチアップしたとしても、流石に40分持つ自信はないぞ。
しかもあいつ、アメリカで3年もバスケしてたらしいし。
「……アメリカか」
ふと俺は窓の外を眺めながら呟いた。
するとフユが目の前に座る俺を見て尋ねてくる。
「アンタでも興味あるわけ? アメリカのバスケ」
「当然だろ。こう見えて俺はプロを目指してるんだぞ」
俺の返しにフユが沈黙した。
店内には色々な声が響いてるのに、まるで俺たちの席だけ切り取られたように静かだ。
でもフユの反応もわかる。身長が120センチぐらいしかないのにプロを目指してる。
そんなのバスケを知る人間なら、呆れるかバカにするかのどっちかだ。
フユの反応を見るに、きっと俺の発言に呆れ返って――
「ならアンタの場合、死ぬ気で英語を覚えないとね。どうせNBA志向なんでしょ?」
その言葉に心が震えるのを感じた。
絶対に否定されるって。そう思っていたから。
だって俺自身、自分には難し過ぎると思っているから。
それなのにウチの幼馴染は――
「良ければ私が教えましょうか? 英語に限らず勉強は全教科得意だもの」
「高校3年間バスケット生活を謳歌したらな」
俺は震える手をテーブルの下に隠して、逆にフユへ尋ねてみる。
今まで聞いたことのなかった彼女の進路について。
「お前はどうするんだ? 高校を卒業しても続けるんだろ、バス――」
「私はアンタと違うもの。才能なんてないし、それで食べて行ける力もないわ。だからちゃんと地に足の着いた人生を送るつもり」
俺が世界で1番憧れているバスケット選手。
その少女の弱音とも取れるべき言葉を耳にした。
きっと本当なら、俺もさっきのお返しとして彼女の意見を尊重するべきなんだろう。
尊重して違う世界ヘ送り出す心構えをしておくべきなんだ。
それに無責任なことを言えるほど、俺はフユの人生に責任を取れない。
フユが俺の背中を押したのは、俺ならプロになれると信じているから。
でも俺はまだフユがプロになれる存在だとは思っていない。
確かに俺の一生の憧れの選手だけど。プロの舞台に立ってる姿がまだ想像できないんだ。
それなのに無責任に『プロを目指せよ』なんて言えない。
せめて俺が言える言葉。言っても許されそうな言葉はただ一つ。
「でも俺は見てみたいよ。お前がプロの世界でバスケをする姿」
絞り出すようにだった。
絞り出すように俺は自分の素直な気持ちを吐き出した。
これぐらいの言葉を紡ぐことぐらい許してくれるはずだ。
これは願いでも期待でもない。単なる俺の希望でしかないんだから。
「何をそんな泣きそうな顔で言ってるのよ。もしかしてさっきの話、本気にしてる? 今のはあくまでも建前に決まってるじゃない」
フユの大きな手がテーブルを挟んだ向かい側の席。
そこにちょこんと座っていた俺の頭へ伸びてくる。
するとその手は優しく俺の頭を撫でていた。
普段なら全力で拒絶しているはずだ。
それなのに今、俺にはそんな気は一切なくて。
「未来なんて誰にもわからないんだから。可能性があるなら、私だってプロを目指すわよ。でもね、アンタは絶対にならないとダメよ。アンタには才能もたくさんの努力もあるんだから。簡単に諦めたらダメよ。もしも簡単にプロを諦めたら絶交だから。それに背が低いぐらい何よ。いっそその背の低さを売りにして、自分から『リトルエース』とでも名乗りなさい。それで一杯勝ったら、皆が思うはずよ。バスケに身長差は関係ないんだってね」
フユの言葉が胸の奥深くに響いていく。
それだけで不思議と力が湧き出すのを感じた。
正直冷からアメリカでプレーしていた話を聞いた時、俺は軽く嫉妬していた。
でも日本にいたからこそ、俺はフユという色々な意味で最高の存在と出会えた。
それはきっと、本場でバスケをする以上に価値ある出会いだ。
少なくても俺にとってはそうだ。そしてただの出会いにしないためにもいつか……。
「どうしたの?」
「十年後ぐらいに大事な話をさせてくれ」
「何よ、当然。別に構わないけど、私忘れてるかもよ?」
「心配するな。お前が忘れても俺が忘れないから。まあかなり前倒しになるかもしれないけど」
俺は遂にフユヘ思いを告げることに決めた。
ただしそれはもう少し先の話だ。
自分に課した3つのハードルの高い試験。
それを全てクリアできた時、初めてフユに告白しようと思う。
その試験とはズバリ――