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第23話 俺のライバル

 フユの買い物に付き合った日の晩。

 風呂上がりに部屋で髪を拭いている時だった。

 不意にベッドの上に放置していたスマホが、メッセージの到着を知らせる。

 表示されていたのは司からの短いメッセージ。

 それを見た瞬間、俺は慌てて部屋を飛び出す。

 そして階段を駆け下りてリビングへ。

 するとリビングでは親父が軽い晩酌をしていた。


「騒がしいぞ。少しは静かに階段の上り下りを――」

「親父に聞きたいことがある」


 乱れた息を整えて、俺は唾を呑み込んでから尋ねる。

 俺にとっては重要な1戦に関する質問を。


「永玲との練習試合。それが8月31日に決まったってのは本当か?」

「……一体誰からその話を聞いた」

「司が、中等部の顧問から聞いた」

「あのお喋り男が……」


 情報源を聞いて、親父は軽く頭を抱えていた。

 ウチの顧問と親父は学生時代からの先輩後輩らしい。

 今でも度々ウチに来るから俺からすれば親戚の叔父さん。

 そんな立ち位置にいる顧問だ。


「それで? 聞いたからどうだって言うんだ?」

「俺をその試合に出して――」

「断る。お前にウチのユニフォームはまだ重――」

「だとしても‼ 俺にはその試合に出る理由があるんだ」


 俺は親父の言葉を大声で遮り、スマホの画面を見せつけた。

 そこにはとあるバスケット選手の画像が映し出されている。

 背は2メートルを軽く超え、サラサラとした金色の髪。

 表情は無表情で何を考えているのかわからない。


「こいつの名前は小木冷。俺と同じ中学3年生だ。こいつも試合に出るんだろ?」


 司から送られてきたメッセージ。そこには冷の画像も貼られていた。

 理由は俺に確認を行うため。このプレイヤーを知っているかと。

 ああ、知ってるさ。こいつは紛れもない俺のライバルだからな。


「だとしてもお前には関係ない話だ。そもそもお前は彼のことを知って――」

「小木冷。中学3年生。姉が現在の永玲大学附属高校の監督で、中学3年間はバスケのためアメリカにある姉妹校ヘと留学。既に来年の永玲バスケ部特待生として確定している。これで満足かよ?」


 俺は俺が知っているだけの情報を親父に語った。

 だけど親父はどこか不満そうにグラスを傾ける。


「それだけか?」


 少量の酒で喉を潤した親父の声が、何故か俺の中に重く圧し掛かってくる。

 威圧感とでも言うべき重み。そしてその重みは親父に投げられた海外のスポーツ雑誌。

 それを見た瞬間に考えるまでもなく、頭が勝手に理解した。


「小木冷。彼は日本人プレイヤーとして、お前の同年代の中では最も完成された選手だ」


 スポーツ雑誌の表紙には力強いダンクで、相手のディフェンスを弾き飛ばす男の姿があった。それも無表情や鉄仮面じゃない。威勢に溢れた猛々しい表情で。これが冷の本当の姿。


「親父に聞きたい。小木冷はオフェンスとディフェンス、どっちが得意なんだ?」

「断然、オフェンスだ。それ故に弱点でもあるがな」

「どういう意味だよ」

「力自体はある。その代わりにまだ器が完成し切っていない」


 親父はさらに一口酒を口に含んだ。

 その間に俺がパラパラと雑誌を捲っていると、ようやく見つけた冷の記事を。

 そこにはこう書かれていた。『負傷により一時帰国』と。

 この記事は今から数ヶ月前のもの。でも今のあいつに怪我をしてる様子はなかった。


「小木冷の完成度は高い。だが体はまだその才能を支え切れるほど成長し切っていない。これはお前にも言えることだが、大き過ぎる才能は育成年代のお前たちの体を容易に蝕んでいく」


 親父の言葉を聞いて、俺が真っ先に思い浮かべたのは2段ドライブだった。

 あれは医者から正式に使用制限を施されている。

 原因はスピードの切り替えにまだ体がついて行かないため。

 冷のやつもそんな感じだって言うのか?

 でもそんな素振り今日は1度も――


「なんでも今はリハビリのため、ディフェンス以外の参加はさせないようにしているらしい。ディフェンスはオフェンス以上に疲れる動きはあるが、ある程度選手が想定した力しか出ないからな。力のコントロールが乱れるのは主に攻める気持ちが強いオフェンス時、よく考えたものだ。ディフェンスで体を鍛えて、さらに怪我防止のためのトレーニング。永玲の新監督は余程できた監督らしいな」


 親父が冷について色々な説明をしてくれた。

 だけど俺の耳はそれを左から右へ聞き逃している。

 無意識に両手に力を込めていた。

 手にした雑誌が少しだけクシャッとなる。

 だけど俺の意識はもうそんなところにはない。

 ただ今、頭にあるのは小さな怒りの炎だけだ。

 ……つまり万全の状態じゃなかった?

 ……攻める気にもさせられなかった?

 ……それで勝って俺は浮かれていた?


「――全然足りない」


 俺は雑誌をテーブルの上に放り投げる。

 それから静かに部屋を出ようとした。

 すると後ろから声が。


「こんな時間からまた自主練か?」

「ただ走りに行くだけだ。それよりも練習試合参加の件、まだ前向きに考えなくてもいい。俺がそいつと――小木冷と戦えると思った時、初めて使ってくれ。高等部の監督さん」


 俺は今、どうしようもなく自分に腹が立っていた。

 少なからず冷に勝利して浮かれていた自分に。

 それで対等なライバルになれたと勘違いしていた自分に。

 練習試合まであと3日。

 それまでに絶対認めさせてやる。

 俺が冷と肩を並べられる選手だってことを。


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