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第24話 心配と信頼のオーバーワーク

「それでいつも以上に熱心なわけ」

「別にいつもと変わらないと思うぞ」


 今日の朝練はチーム練習じゃなくて自主練。

 俺は眠そうな目で緩んだバッシュの靴紐を結び直す。

 その様子をすぐ隣から眺めるフユはボールを抱えたまま、呆れたように呟いた。


「知ってる。アンタって昔から一つの勝負に囚われて、周りが見えなくなるってこと」

「そんなの普通だろ。目の前の勝負に全てを賭けられないやつが勝てるわけないからな」


 昨日の夜、俺が眠りに就いたのは深夜1時過ぎだった。

 20時ぐらいから0時ぐらいまで外で走り、アドレナリンの所為でなかなか眠れず。

 気づいたら布団の中で1時間近くが経過していたんだ。

 そして起きたのも結局朝の4時過ぎ。

 そこからまた軽いジョギングを1時間。


「だから心配なのよね。アンタの場合、それで本当に全部を投げ出しちゃいそうだから」

「1つの試合に燃えるのが、そんなに悪いことなのかよ」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。でもアンタの場合、度が過ぎてるって言ってるの。オーバーワークは体に毒だし、その練習試合に出たいなら体を休めることも必要でしょ」

「……別にオーバーワークって程じゃない。人よりも足りないものが多すぎるから。それを埋めるためにはなり振り構っていられないんだよ。特に俺にはバスケで必要な才能……身長が欠けているんだからな」


 俺の身長は誇張して120センチ。

 実際はそんなにないことを知ってる。

 対して小木冷の身長は目算で230センチほど。

 今まで対峙したことのある大樹比呂は220センチ。

 ウチの巨人――盾島海斗にしても225センチしかない。

 それよりも5センチも大きい巨体。それを相手に110センチ以上の差は厳しい。


 この前の1on1だって、たった10分の試合だったのに想像以上の疲労を味わった。

 身長差を補うため、いつも以上に走ったり高く跳んだのが原因だ。

 それでもあいつに得点をしたいと思わせられなかった。

 つまり俺はそれほどの相手じゃないということ。

 そのことが昨日から頭の片隅で引っ掛かり続けてる。


「だからどれだけ練習しても、俺が本当に埋めたい差は決して埋まることがないんだ」


 靴紐を結び直して俺はようやく立ち上がる。

 朝練の残り時間は既に10分を切っている。

 いつもなら仕方がなく、フユの1on1の相手をしている時間帯だ。

 だけど今日は――


「というわけで今日はお前の相手をする気はない」

「本当に不器用な生き方しかできないのね」

「器用に生きられるなら、初めからバスケなんてやってないだろ」


 俺はフユに預けていたボールを受け取り、ゴール下から昨日のシュートを再現する。

 高弾道のゴール下シュートを。

 それはノータッチでネットを潜り、体育館の床へ着弾する。

 それを見て、フユが何かを小声で呟いた気がした。


「でもアンタが器用な人間だったら、きっと私もアンタを好きになっていなかったわね」


 試合まで練習時間は今日と明日の2日間。絶対にこのシュートの精度を上げてやる。


   ***


 朝練が終わり、午前中の授業。気づいたら授業が全部終わっていた。

 俺の机の上には数学の教科書。

 はて? 午前の最後は現国のはず。なんで1時間目の数学の教科書が?

 まさか練習のし過ぎて疲れて寝てた? 4時間以上も?


「またオーバーワークか?」


 俺が口元の涎を拭いていると、すぐ隣に眼鏡を掛けた相棒が立っていた。

 司は未だに眠そうな俺の態度を見て、深い溜息を零す。


「お前は試合前になると、無駄にオーバーワークになるからな。まだ練習試合に出れると決まったわけでもないのに。相変わらずお前は無駄なことばかりする。試合前は体を休めるのがセオリーだ」

「いいんだよ。俺は昔からこの方がエンジンの掛かり具合がいいんだ」

「エンジンを掛けたと同時に故障しなければいいがな」


 一見すると冷たいもの言い。

 だけど3年近くも相棒をしていると、司の言葉の裏側が何となくわかってくる。


「お前にしては珍しく、俺のことを心配してくれてるのか?」

「ふざけるな。俺は一般論を口にしたまで。選手として自分の体調管理は大切だからな」

「本当にお前って素直じゃないよな」

「……俺はお前のそういうところが嫌いだ」


 俺がニタニタとした笑みをすると、司が心底嫌そうな顔をしていた。

 バスケ部入部当初、俺と司は何度も何度もぶつかり合っていた。

 今でこそ俺も司を相棒だと認めているけど、本当に1年生の入部仕立ての頃は最悪の関係性だったんだ。いつも互いを意識して張り合って、いつもバスケに対する考え方で喧嘩した。その度によく先輩や監督にゲンコツをもらったのを覚えてる。


 それが相棒に変わったのはいつからだろう?

 少なくても今はチーム内で最も信頼してる相手だ。

 その信頼は高等部にいる先輩たちよりも上。

 たぶん、コート上で誰よりも俺と心が通じ合っているからだ。


「お前ならどうする。決して届きそうにない相手を前にした時、どう戦う?」

「愚問だな。別に試合の中で俺個人が勝つ必要はない。確かにそういう場面も想定されるが、最終的に必要なのはチーム単位の勝利だ。個人の勝利を優先して、チームの勝利を後回しにするなど愚かな行為だ。まあ考え方が簡単に変わるとも思えないがな。少なくても俺はそういうバカとの付き合いが長いからな。そこはある程度割り切っている。それにそのバカがウチのエースなら、そいつには常に勝ってもらわないとチームの指揮に関わる」


 長々と自分の考えを述べる辺り。

 司の根本は何も昔と変わらない。

 でも昔みたいに嫌な気分はしない。

 今は司の考え方も理解できるから。


「なら俺はずっと勝ち続けないとダメだな」

「人の話を聞いていたのか。俺は一度たりともお前の話をした覚えはない」

「はいはい。本当、お前の方がかなり面倒くさい性格だよな」


 だけどその面倒くさい部分も含めて俺は司を信頼している。

 そしてそれはきっと司もそうなんだと思う……思っていたい。

 だから俺は時々、司の言葉を素直に受け入れることにしている。


「精々、壊れない程度にオーバーワークを続けるよ」


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