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第5話 未知の快感

  性癖の目覚めというのは、突然である。


 俺もそうだった。「歳下」や「低身長」、「後輩」なんてジャンルは、気づいたら好きになっていた。


 あ、ただし歳下といってもロリが好きというわけではなくーーーーいや、細かく語るのはここではよしておこう。ようはお姉さんタイプよりも可愛らしい感じの子の方が好きだというくらいに認識してもらえればいい。


 そしてフィオにとってのそれは、俺に語った「脚攣り失禁事件」だったらしい。


(……なるほどな)


 最後まで聞いて、ようやく全ての辻褄が合った。


 そして、そんな今だからこそ。声高々に言わせてもらおう。


「やっぱり、ド変態なんじゃねえか!!!」


「えぇっ!?」


 バンッ! 俺は木製のテーブルに強く平手を叩きつけながら、叫んだ。


 先ほどまでの話を短く要約すると、こうだ。


 ーーーー私は脚を攣った衝撃でお漏らししてしまいました。そしてそれによって、ド変態的思考に目覚めたのです。


 ものの見事に、俺の仮説は当たってしまっていた。


 だから当たってほしくないと言ったのに。こんな最悪な内容、嘘だと思いたかった。


「うぅ。やっぱりそう、なんでしょうか?」


「疑う余地無く、な! 話を聞いて尚、というかむしろ! お前はただのド変態だよ!!」


「っ……! そ、そこまで言わなくても……お゛っ♡」


 説明をさせて欲しい。外でおしっこをしてしまうのには、理由があるから。


 そう言われた時、俺は少し嬉しかったのだ。この子がただのド変態ではない可能性が、ゼロではなくなったから。ーーーーそうであってほしいと、強く望んでいたから。


 けれど、現実はこうだ。俺はものの見事に裏切られた。


 結局のところ、俺が聞かされたのは″性癖の目覚め″の話であって。弁明どころか、フィオがド変態であることの裏付けに他ならない。


 俺からすれば、どん底から一度希望をチラ見せされて、再びどん底に突き落とされたようなものなのである。そりゃあこれくらい言いもするだろう。


 いきなり慣れない大声を上げたせいで、若干息が切れる。はあ、はあっ、と。


 だが、俺の向かいに座っていたコイツ……その元凶からもまた、乱れた吐息が漏れていた。


 ……違うな。表記を間違えた。


「はぁ……っ♡ あ、あれ? おかしいです。酷いこと、言われたのに……。私の身体、熱く……?♡」


「んぬおぉっ!?」


 ーーーー淫れた吐息が、漏れていた。


 ド変態にも、色々いる。


 ドS、ドM、単純にエロい、いき過ぎたフェチズムがある、おかしな格好をしている……エトセトラエトセトラ。


 その中でもどうやら、コイツは……


(ドM……なのかっ!?)


 改めて、フィオの発言を思い返す。


『わ、私の身体は……ち、恥辱と痛みを欲しがってしまう身体に、変わってしまったんです……っ!!』


 加えて、俺に″罵倒″ともとれる言葉を浴びせられた今の、彼女の様子。まるでそのことを″悦んでいる″かのように頬を紅潮させ、甘い息を吐いて。そのうえ下腹部を両手で押さえながら身体を火照らせている……と。


 ーーーー役満である。


「か、カイトさんっ」


「ななな、なんだよっ!?」


 ずいっ。荒い息づかいはそのままに。フィオは身を乗り出すと、急かすように言う。


「もう……一度っ!」


「へっ?」


「もう一度! 私を罵ってもらえませんか!? できればもっと強く! 激しく!!」


「嫌だが!?」


「いいじゃないですか減るものでもないんですから!」


「ちょっ、やめ、やめろっ! 来るなド変態ッ!!」


「ひう゛っ!?♡」


「しまった!?」


 あまりの気迫に。俺は咄嗟に、言い放つ。


 そして言い終わってから気づいた。フィオに、″飴″を与えてしまったと。


 普通の人間相手であれば、こんな拒絶のされ方をすれば少なからず凹む。少なくとも俺がフィオに同じことを言われれば間違いなくショックで心を病むことだろう。


 だが、今俺の目の前にいる少女にはその″普通″が通用しない。


「お、お腹の奥が……跳ねっ……♡ こ、こんなの……おもらし、しちゃいましゅ……っ♡」


「するな!? 絶対するなよ!?」


「……フリ、ですか?」


「ちげえよバカ!!」


「バカっ♡」


「ああもう、このドM面倒くせぇ!!」


「はひゃぅっ♡♡」


 髪をくしゃくしゃにし、頭を掻きながら。叫ぶ。


 しかしそんな痛恨の叫びは、フィオには刺さってくれない。いやまあ、ある意味では刺さっているとも言えるが。


 ともかく、一度スイッチの入った彼女を止めることは、今の俺には不可能だった。


「な、なんでしょう、これ。未知の快感でしゅっ♡」


 十七歳の少女と二十二歳の青年が一つ、屋根の下。少女は恍惚とした表情で罵倒をおねだりしながら甘い声を上げており、青年はそれに頭を抱えている。


 何とも奇怪で、訳の分からない絵面である。


 ただ確かに言えることは、この瞬間。二人の間の歯車は歪な形でありながらも噛み合い、動き出したということ。


 そして、やがてこんな光景も、二人の″日常″へと変わっていくということ。


(なんで、こんなことに……)



 まあそんなことは……この時の俺はまだ、知る由もないけれど。

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